プロトタイプ
しろた
1.この手では救えない
触れたものを無作為にダイヤモンドにしてしまう。これは生まれながらにして身に付けていた、不思議な能力だ。
幼いころの俺は、この力はなんのためにあるのかといつも考えていた。出所が不明のダイヤモンドは売るにも捨てるにも、処分に両親が苦労していたのを見ていると、家を裕福にするためには役立てない。そして触れたものは、無機物であればただのダイヤモンドに、生物であれば死んだも同然になる。いや、元に戻す方法がわからないため、実質的には死ぬのだろう。
発動条件がわからないため、俺は素手で何かに触れることが恐ろしく、常にワンクッションになるようにと手袋をつけていた。せめてものこのあがきは役に立たず、俺は自身の不注意から両親を殺してしまった。違う、殺してはいない、ダイヤモンドにしてしまっただけだ。二人があのあとどうなったのかは、子供のころの俺は覚えていない。けれどもこの日から、ただ自分の能力に怯えて生きるだけの日々が始まったことだけは覚えている。幼いながらに、地獄の底を見たような気分だった。
そんな俺の世界を変えてくれたのは、一人のヒーローだった。
子供を守ってくれるような家族がいなくなった俺は、どこから能力の情報が漏れたのかいわゆる悪い奴らに誘拐された。助けてくれる人はいないことぐらいわかっていた俺は、殺されないように、と言われるがままに差し出されたものに触れ、ランダムに触れたものをダイヤモンドに変えていた。救いの手を待つことも、助けを求めることもできなかった。そう言うよりも、俺はきっと諦めていたのだろう。俺の価値なんてダイヤモンドを作ることしかなく、大切に思ってくれる人も、無条件に助けてくれる人もいないんだ、そう思っていた。しかし、攫われてから何日経った頃だろうか、ヒーローが俺の前に現れた。
ヒーローは自身に襲い掛かってきた誘拐犯を颯爽と制圧し、そんなことする必要なんてないのに俺を保護して警察にまで届けてくれた。そしてそのあと——やはりどうやって知ったのかという疑問は残るが——俺の能力を知り、特別な手袋と、適切な施設へと俺を入れてくれた。こうして俺は人生最大のピンチを救われ、その後の人生まで良い方向へと導いてもらえたのだった。あとで施設の関係者から聞いた話によると、そのヒーローは俺のような能力を持った人間による犯罪が発生したときに動く『執行部』というという組織の者であった。どうやら、誘拐犯の中に能力を持った者がいて執行部は出動し、偶然にも同じ能力者である俺がいて、保護をしたようだ。
しかし偶然がなんだというのだろうか。この事実を知ったとき、俺は彼のようなヒーローになりたいと憧れを持った。夢という人生の目標を抱いてからの行動は早かった。
あらゆる伝手を使って調べたところ、執行部という組織は毎年新入部員を求人募集のような形で求めていた。だから俺は努力した。勉強も運動も、清く正しい生活を送ることも、誰よりも努力した。努力のおかげで、俺は人から天才と呼ばれるようになった。無論、能力のことは誰にも話さず、隠し続けたままだ。この力は、誰にも知られてはいけない。
そして大学四年生のとき、念願の執行部の試験を受けた。結果だけ言うと、俺は落ちた。試験は、自己採点した筆記試験は満点だったし、体力測定といった実技も順位として見たら参加者の中で一位で全力を出せた。けれど、ダメだった。俺は憧れていたヒーローになることはできなかった。
「この能力じゃ、ダメだったか」
特別な手袋に包まれた手を見る。そうだろう、こんな能力で救える人なんて一握りで、できることだって財を与えることだけだ。
「落ちて当然だ。そうだ、仕方ないんだ」
それでも、と諦めきれない自分を納得させるために、泣きながらひたすら「仕方ない」と言い続ける。
泣くだけ泣いたら、気持ちを切り替えなければ。次は警察官の試験が控えている。ヒーローにはなれなくても、誰かを救えなくても、この手でも誰かを助けることはできるのだから。
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