第59話 城を出る準備:プレンズ視点
人生初めての苦しみ。
ワタクシは王族として様々なことをこなし、乗り越えてきた。また、様々な耐性を持って生まれたことで、今まで毒や麻痺といった状態異常に苦しまされたことはなかった。
だからこそ、邪神の呪いによって、味わったことのない苦しみを経験した。
暗くて、寒くて、怖くて、辛い。
水の中で一人になってしまったような、体もうまく動かせずよく見えなくて聞こえない状況。
そんな孤独の底からワタクシを救い上げてくださったのはルカラ様だった。
ルカラ様の手を取ると、不思議とお父様に抱きついた時よりも安心できた。いつも、怖い時は一緒にいてくれたお父様やディンスよりも、今はルカラ様と一緒にいたいと思う。
そんな時、これは一生をかけて恩を返していかなくてはと思った。
「姫様、そんなに急がれても、早く明日になることはありませんよ。ですから、余裕を持って準備されればよろしいのではないですか?」
「い、急いでなんていないわ」
ワタクシは今、人生で初めて城を出るための準備をしていた。
初めは、毎日の勉強が嫌ということで、ルカラ様を利用しようとしていただけだけれど、ルカラ様に助けていただいたことで、ルカラ様の力になりたいと感じてしまった。
だからこそ、邪神を倒さないといけない。と思った。
きっと、ルカラ様はワタクシを助け、この道に進むよう示してくれる存在だったのだ。
王族であるなら民を導かなくてはいけないけれど、ワタクシにはまだ荷が重い。だからせめて、もうすでに立派な方の力になることから始めたい。
『お父様、ワタクシ! 決めました。ルカラ様に命を助けていただいたのです。ワタクシはこの命をルカラ様のため、ひいては邪神を倒すために使い、邪神を打ち倒して見せます』
気づいたらそう思ったままのことを口走っていた。
本当ならルカラ様との結婚についてお父様にご報告しようとしていたはずなのに、ワタクシはルカラ様と邪神を倒すことを誓っていた。ルカラ様についていくということを。
『うむ。そうか。とうとうプレンズも己が行く道を見つけたか。では、王として第三王女プレンズに命じる。勇者ルカラとともに邪神を討ち倒し、この国に平和をもたらすのだ』
と、お父様は反対されなかった。
むしろ、王として命じてくださった。
少し、自分からということが気恥ずかしくもある。
初対面でありながら、自分の力と地位に驕って尊大な態度をとってしまったことも申し訳なく、思う。
「んー!」
「姫様!? どうされたんですか? 先ほどから情緒が不安定ですよ? 邪神討伐、やはり不安ですか?」
「そ、そうではないわ!」
いきなりベッドに飛び移り枕に顔を埋めて暴れだしたワタクシを見て、ディンスを取り乱したように声を上げた。
きっと混乱させてしまったに違いない。
でも、でも、思い出しただけで恥ずかしい。
恩人であるルカラ様に、ワタクシは、感謝なさいなどと、一方的に結婚を決めつけてしまうなどと、そして、先ほどは……。
「んー!」
「姫様!? 本当に大丈夫ですか? 城を出る日を伸ばしていただいてもよいかと思いますが」
「だ、大丈夫よ!」
すぐに出て大丈夫。
でも、ダメ。思い出しただけで耐えられない。ワタクシはなんてことをしてしまったのでしょう。
せめてこれからは、少しでも恥ずかしくない淑女として見ていただけるよう気をつけなくては。
「……大丈夫、大丈夫よ。ルカラ様はきっと寛大なお方。あれくらい、きっと」
「しかし、姫様も積極的でしたね。本当にご結婚を考えられているのだと、私としてはしみじみしました」
「んー!」
「姫様!?」
ルカラ様の腕に体を寄せたその感覚が、今もまだ残っている。
少し、驚いたような困ったようなお顔をされているルカラ様のことも鮮明に思い出せる。
とても魔王を倒した勇者様には見えない、その普通の男の子のようなお姿。
それでいて、他の貴族と違い、ワタクシを利用しようという気概のまったく見えない紳士的なお方。とても信頼できるお方。
「……考えただけで、胸が」
これはでも、呪いの苦しさとは違う。なんともいえない温かさと一緒に感じる不思議な苦しさ。
お父様に似合うと言われた時も恥ずかしさと嬉しさが一緒だった。
パーティが終わり、時間があるとはいえ、速やかに身支度を進めなくてはいけないのに、なかなか思うように進められない。
ルカラ様につき何かを成すため、今までの勉強でお力になるため、心を整理し必要なものを選ぶことはとても大変だった。
「ところで、なのですが、その、姫様は誰かメイドを連れて行かれるのですか?」
突然、ディンスが不安そうに、そわそわと落ち着きなく聞いてきた。
「当たり前じゃない」
「そうですよね。やはり、メイド長のマチシャさんでしょうか。実績もありますし、誰よりも手際がいいですしね。それとも、一番姫様とお歳の近い、ヨーマリさんでしょうか。やはり、年が近い方が向こうでも馴染めるでしょうしね」
「何を言ってるのよ。一緒に行くのはあなたに決まってるじゃない」
「え」
ワタクシの言葉に固まるディンス。
まぶたをぱちぱちとさせてなんともぎこちない変な動きをしている。
「ほ、本気ですか? 姫様」
「本気よ」
「私でいいのですか?」
「何を言っているのかしら? あなた以外にワタクシの面倒を見る適任者はいないでしょう? ずっとワタクシのことを見てきてくれたのは、他でもないあなたなんだから。それに、あなたはうちのメイドで誰よりも頼りになるのだし」
「姫様……。この、ディンス。姫様に一生ついてきます!」
「大袈裟ね」
でも、とても安心できる。ディンスから断られたらどうしようかと思っていた。
新しい場所はワタクシでも少し不安。
先ほどの呪いの感覚を思い出すと自然と体が震えてしまう。
でも、ルカラ様やディンスがいてくれるなら、大丈夫だと思える。
「ですが、私が頼りになるというのは過信しすぎだと思いますよ」
「そんなことないわよ」
ディンスは自虐が過ぎるところが玉にキズね。
ああ、明日からはここを出るのね。
やはり、助けてもらってから何だか胸が苦しくてドキドキしている。
あの呪いの苦しさとは違う苦しさ。ルカラ様をお思うと胸を締め付けられる。
これが、恋……?
――――――――――――――――――――
【あとがき】
読んでくださりありがとうございます!
新作を書きました。
「猫耳美少女にTS転生したけど、異世界でも変わらず名刺芸ばかりやっている
」
https://kakuyomu.jp/works/16818093077006770563
よろしければ読んでみてください。
よろしくお願いします!
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