第46話 魔王の間を守る者
アカリは道中を危なげなく突破し、魔王の間へ続く通路までたどり着いた。
「ここまでなんとかなりましたね」
「余裕そうだったじゃないか」
「それは、師匠の前ですし、ヘタな真似はできませんから」
「師匠にいいところ見せたいんだろ?」
「アカトカ! 別に、そんなんじゃないから」
「ははは」
まあ、実際余裕そうだった。
ここまではしっかりアイテムもあれば苦戦するようなところはない。
だが、目の前に現れた道を塞ぐ、明らかに守護者然とした大男はこれまでと同じようにはいかない。道中の防衛や門番とは比べ物にならない強者感。
四つ腕青肌の大男。それぞれの手に異なる武器を持ち、筋骨隆々の体は鍛え上げられた戦士の証。魔王を抜きにすれば魔王城で遭遇する中で最も警戒すべき相手。
城内でさえアカトカがドラゴンになれるほどの広さだったが、ここは目の前にいる大男のためにさらなる広さをもつ通路になっている。
「侵入者がもはやここまで来ようとは……」
やけに見られている。
全員の姿をじっくり観察しているようだ。
「師匠。油断している間に叩きます」
「わかった。ルミリアさん、デレアーデさん。下がりましょう」
「あやつは見るからに強いぞ?」
「アカリなら大丈夫です」
そうじゃないと魔王には勝てない。
油断はしていないだろうが、今が一番警戒もしていないだろうしな。
「ルカラくんがこう言ってるんだし、大丈夫ですよルミリアさん」
「うむ。気をつけるのじゃぞ、アカリ」
「ありがとうございます」
俺たちはアカリたちから十分に距離を取る。
離れていても聞こえるほど深く息を吐くと、アカリはほほを叩いた。
気合を入れてるようだ。
「アカトカ。全力でいこう」
「ああ、そうだな」
「油断。つい先ほど、私の態度を油断と言ったな」
「え」
「それは失礼した。敬意を欠く発言を詫びよう。あいにくここまでのやつらは行動も足りていなかったのだろう。だが、私はそいつらと違い、見た目で手を抜くような趣味はないのでね」
大男の全力の殺気が放たれた。
明らかに殺そうという意志を言葉でなく威圧で感じる。
こいつは武人。
ここへたどり着いた者全てに敬意を払い、全力で戦ってくる大男、名を、
「我が名はグラデヴィン! 魔王の間を守りし者! この名を知って跡形もなく散れ!」
「私はアカリ。こっちはアカトカ。私たちはこんなところで負けるわけにはいかない!」
「グオオオオ!」
気圧されていない。
やはり、戦力としては十分。
「アカリ、立派に育ったな」
こんなにたくましくなるなんて。主人公してるじゃないか。
「そうじゃな。余も嬉しいぞ」
「そういえばあたしがルカラくんに教えて、ルカラくんが教えたんだもんね」
「デレアーデ、それはもう話したぞ」
「え?」
「ぼけぼけしてると巻き添えをくらいますよ」
アカトカが返信したところで俺たちはさらに戦線から距離をとった。後ろにもう敵影はないが、一応後方警戒ってことで。
「ドラゴンか。それもただのドラゴンではないな。そいつはクリムゾンレッドドラゴン。そうか人の姿になれるほどの個体。この広さを存分に生かせる日が来ようとは!」
大男グラデヴィンは巨体でありながら俊敏にアカトカの攻撃をかわす。
だが、アカトカもグラデヴィンの攻撃をものともせず、両者の力は拮抗しているように見える。
「グラデヴィン。強い。私が攻撃に参加するスキはない。でも、負けない。私にできることはきっとあるはず」
「グルルルルル! グアアアアア!」
「凄まじいまでのパワー。熱量。さすがドラゴン。だが!」
グラデヴィンは二本の腕でアカトカの体をがっしりと押さえると、残る二本の腕を大きく振り上げた。
キラリと光る巨大なオノに刀剣。
「これで動けまい。そして、散れえええええい!」
グラデヴィンの両腕は勢いよく振り下ろされた。
しかし、両の腕、そこに握られた武器がアカトカに当たることはなく、地面に突き立ち、大きな地響きを発生させるだけとなった。
「なっ。消えた?」
「私は姿をいつでも変えられる。アカリ、打開策があるのだろう?」
「うん! 私ので効くかどうかわからないけど、『ハビット・ジェイル』!」
いい目の付け所だ!
グラデヴィンはストーリー上、先手を取れる最後の敵。
アカリの力なら十分だ。
「う、動けないっ。いや、こんなもの!」
抵抗しているようが、巨体のわりに俊敏な動きが、カタツムリのようにのろのろとした動きに変わった。
「よしっ! でも、すぐに解除されるかもしれない」
「そうなると、私も再度龍の姿になる時間はないかもしれない。連続変身は普段より時間がかかる」
「じゃあ、ここまで?」
「なに、大丈夫だよアカリ。この姿で使ったことはないだけさ。少し離れておくんだ」
「アカトカならやれるよ」
「ありがとう。その言葉だけで、私はまだ戦える」
アカトカから離れるアカリ。
アカトカの喉元は人の姿をしながらあり得ないほど赤く染まっていく。
「『インフェルノ・ブレス』!」
レーザーのようなブレスが勢いよくアカトカの口から放たれる。
一瞬にしてブレスが通った部分が大きく燃え上がる。
その攻撃の勢いでグラデヴィンの体は真っ二つに焼き切られた。
「見事……」
安らかな表情と共にグラデヴィンは灰となって消えた。
「さすがに、無茶だったか……」
苦しそうな表情のアカトカ。反動によるダメージだろうか。
だが、
「お疲れ様、二人とも。ほれ、きのみだ」
俺のきのみがあれば、全回復まで持っていける。今日は大盤振る舞い。ここまでもそうだが出し惜しみはなしだ。
「ありがとう。もらおう」
「ありがとうございます」
「なっ。もう喉が、治ってる!?」
「嘘っ!」
反動も回復できるんだなーこれが。単純に体力消費なだけだからな。
「でも、結構食べてるはずなんですけど、不思議と食べられちゃうんですよね」
「ああ。体力が回復するまではいくらでも食べていられる。といっても一度に食べるのは一、二個なのだが」
「ってことは俺もまだまだだな」
「私がやったらこうはなりませんよ!」
「いずれできるさ」
「そうですかね? でも、回復しましたし、ここで無駄話している場合じゃありません」
「だな」
「行きましょう師匠。この先が魔王のはずです」
「ああ」
アカトカのブレスですら傷つけられなかった魔王の間へ続く扉。
その重々しい扉を俺たちはゆっくりと押し開けた。
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