第22話 デレアーデさんと本契約

 魔法についても獣使いや剣術と同じく一年かけてみっちりと特訓することになった。

 こう、何かを学び能力の高まりを感じるのは何度やろうとも楽しい。こりゃ、努力がやみつきになるというものだ。


 最初は発動しようと思ってから、実際に魔法を使えるまで少しだけラグがあったが、デレアーデさんのおかげで流れるように意図した場所に発動できるようになった。


 そこからは、さらに魔法を高速で使うための練習が始まった。

 まずはデレアーデさんが落とす物を落としてから、ファントム・ソードを出し、切るというものだった。

 初めは高い位置からだった。


「葉っぱを落とすから切ってね」

「魔法で出してたら間に合わないですよ」

 木剣ならいけるかもしれるけど。


「はーい」


 それでも意識を集中して魔法発動。剣を振るも葉っぱはすでに地面に落ちていた。


「まだまだだね」

「やっと自由に出せるようになったばかりなんですから」


 そう、思っていた。もしかしたら、魔法で作る剣は剣術とはまた違うのかもしれないと。

 しかしそれも、


「はーい」

「ふっはあ!」


 数日も続けていれば、出してから間に合うようになった。


 次はデレアーデさんとの早打ち勝負だった。


「いたっ!」

「まだ早いね。あたしの方が」


 落ちてくる葉っぱを切ることが問題なくできるようになり、頭の高さでも間に合うようになっていたため、自信があったが、デレアーデさんにはまだ勝てなかった。


 だが、速さだけを突き詰める方向へ考え、多少の威力や正確さを諦めることで、


「はっ」

「痛い! 嘘っ!」


 と今ではデレアーデさんよりも速く魔法を使えるようになった。


 そこからは、練習の内容が速さから変わった。


「あそこの標的に当ててみて」

「見えないですって」


 超遠距離、それには聖属性の魔法による空間把握。そしてビーム。


「じゃあ、あそこ」

「もう少し伸ばしてもいいんですよ?」


 狙い撃ちも今ではお手のものだ。


 他には目をつぶり、感覚で魔法が来る方向を当てる。

 聖属性と魔属性の同時発動。

 魔法同士の合体。デレアーデさんが言っていたことは俺のできる限り全て応えるようにした。




 一年経った今となっては、魔法を学んだことで、魔素さえあれば壁と剣はどこでも出せるようになった。

 これで、剣を持たずとも野盗に襲われても怖くない。まあ、そもそも気づかれないようにもできるから、戦う必要はないのだが。

 特訓の成果が大きく感じられたのは発動の高速化、即戦闘への切り替え、そして、優秀な遠距離攻撃だろうか。

 やりたいことを実現できるこの体。やはり、どこのうまの骨ともわからない主人公に敗北したのはルカラにとって大きかったのだろう。

 俺は形は違えど敗北を経験できたのがよかったのかもな。


 ちなみにひっそりとジローを魔法にオーラ・エンチャントしてみたが、できてしまった。

 ルカラが使わなかっただけで、できるようだ。


「すごいね。ルミリアさんの魔法も一緒に使われちゃうと応用まであたしを超えちゃったな」

「まだまだですって」

「ねえ、お願いがあるんだけどさ」

「なんですか?」

「魔法の早打ちであたしが勝ったらさ、言うことなんでも一つ聞いてくれない? 負けたらルカラくんの言うことなんでも聞くから」

「なんでもですか?」

「そう。なんでも」


 なんでもって。なんでもか?


「あー、赤くなったー」

「なってないです。デレアーデさんの頼みですし、いいですよ」

「やったー。ありがと」


 ここにきて、死んでくれる? はないだろうし、お願いくらいいいだろう。


 さて、戦いに切り替えよう。

 ルールはいたってシンプル。ルミリアさんの声に合わせてできるだけ早く、魔属性の初級魔法、ダークネス・ボールを発動させること。

 これまでが全力なら、俺がデレアーデさんに負けることはない。

 俺はが勝ってしまうが、なんの考えもなしに勝負を挑むデレアーデさんじゃないはず。どう出る。


「なるほど」


 デレアーデさんの隠し球。ルミリアさんの時と同じく、魔獣としての本来の姿。

 これで本当に全力ってことか。


「初め!」

「ふっ!」

「はっ!」


 くっ。速い。だが!


 俺より先にデレアーデさんが後ろへはじかれた。


「勝者! ルカラ殿!」


「あーあ。負けちゃった。じゃあルカラくんこのあたしに何を願う?」


 どうしても頼みたかったことではないのだろうか。

 こんなにあっさり、それとも、俺が頼む内容を試そうと?

 こういう時は聞いてみるか。


「じゃあ、僕に聞かせたかったことを教えてくれませんか?」

「それでいいの?」

「はい。僕にできることなら願いの一つくらい聞きますよ? 魔法を教えてもらいましたし」

「いいの?」

「もちろんですよ」


 デレアーデさんは一度、大きく跳び上がったものの、視線をさまよわせて迷った様子でいる。

 そんなに難しいことなのか? もしかして、遠回しで殺す。いやいや、ないない。

 じゃあ何だ?


「あ、あたしと、本契約してくれないかな?」

「あー。ちょっと、それは……え、本契約?」

「そ、ダメ? もう、タロちゃん、ジローちゃん。ルミリアさんで手一杯かな? なら、いいんだ。無理しなくて……」

「いやいやいや。僕はいいですよ? そんな、遠慮しないでください」

「本当に!?」


 明らかに嬉しそう。無理をしているのはデレアーデさんの方じゃないか。


「本当です。聞くって言ったんですから」


「じゃ、早速お願い!」


 デレアーデさんは目を閉じて無防備になった。


 しかし、どうしてこうも向こうから求めてくるんだ?

 本契約って俺も強くなってしまうし、俺の得が大きすぎるような……。


 ええい!


 俺は本契約の詠唱をすみやかに終え、目を開いた。


「デレアーデ」

「はい!」


 俺の呼びかけにデレアーデさんが応えてくれたことで、本契約は完了した。

 よかった。うまくいった。

 でも、うまくいったはずなのに、なんだかデレアーデさんは俺に魔法を教える前のようにほほをふくらませている。


「なーんかあたしの時だけささーっと終わらせようとしてない?」

「そんなことしてないですよ。しっかりやりました。できてますから。できてますよね?」

「うん。ルカラくんを感じる」


 よかった。魔法が得意らしいから、俺の知らない本契約を成功させたと見せかける何かがあるのかと思った。


「あれですよ。きっと、慣れですよ」

「そっか。何度もやってるもんね」

「はい」


「あのさ」

「なんですか?」


「ありがと。あたしの願いを聞き入れてくれて」

「いえ」


 これでデレアーデさんがよかったなら、俺もこれでよかった。


 魔法を修め、転生からはや三年が経過した。

 順調すぎるほどに俺は力を強め、媚びを売ることもできている。

 タロと遭遇してしまった時はできれば会いたくないと思った。それに、本契約までできるとは思っていなかった。だが、ここまでうまくいくとは。

 いや、こんなところで満足してはいけない。媚びは一生売るものだからな。


 しかし、物事はいつもとんとん拍子に進むとは限らないもので、全く知らない三つの強い反応が近づいているのを、俺はなんとはなしに察知していた。

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