第20話 魔物襲来

「んんー。なんだか外が騒がしいの」

「そ、そっすねー」


 そんなことより、俺、ルミリアさんの抱き枕にされてる。

 ベッドをルミリアさんに譲り、床で寝ていたはずなのに、ベッドで抱き枕にされてる。

 俺は抱き枕じゃないんだが。

 それにしても、聖獣っていいにおい。じゃない!


 俺はガッツリルミリアさんの目を見た。


「な、なんじゃ」

「行ってみましょう!」

「うむ。そうじゃな。何か起きてるやもしれん。余もお供するのじゃ。ルカラ殿の長としての初仕事じゃな」

「そうだなー」


 原因は、屋敷を出てすぐにわかった。

 魔王の使いである魔物が発生していたのだ。


 魔物。それは、さまざまな理由でモンスターや動物が魔王の使いへと変わり果てた存在。


「こんなところに魔物は出ないはずじゃが……?」


 そりゃそうだ。ここは魔王城から遠く離れた土地。魔王から攻めらる可能性が少ないからこそ、デグリアス邸が居を構えているのだ。

 そして、そのことはルカラのキャラ説明でも示されていた。

 確か、こんな風に書かれていた。


 魔王城から離れたネルングの森、近くに住む少年。魔王からの侵攻を直に体感せず、魔物を一度も見ることなく育った。そのため、初めて敗北した時の怒りは、魔王ではなく主人公に向かってしまった。


 そう、ルカラは物語が始まる十五歳になるまで、魔物を見ることなく育つはず。それなのに、どうして……?


「……やはり、ルカラを警戒しておるのか……?」

「ん? いや、今は理由なんてどうでもいいですよ。目の前に魔物が出ているんです。犠牲が出る前に僕達で止めましょう」

「そうじゃな」




 暴れていたのはストーム・スネーク。ストーリー中盤に出てくる魔物だ。

 名前の割に攻撃力が低いのだが、代わりに攻撃が当たりにくくなる技を使用してくる厄介な存在。

 たいてい遭遇すると戦闘が長引いて、パーティが疲弊する面倒な相手。


 だが、魔王城から遠いだけあり、ストーム・スネークと戦えるような人間はいないらしい。

 一人、見慣れた老人が傷だらけになりながら立ち向かっていた。


「ツリーさん!」

「ルカラ様、お逃げください。ここは私が」

「もう傷だらけじゃないですか」


 ストーム・スネークはあのツリーさんが傷だらけになるような相手。

 相手はまともに傷ついた様子はない。

 やはり、ここらにストーム・スネークと戦えるような人間はいない。


「このおいぼれ、ルカラ様のために命を使い果たせるのなら本望でございます」

「命大事にですよ」

「何をおっしゃいますか。それはルカラ様の方でしょう」


 頭でも打ったのだろう。冷静な判断ができていない。

 ここらのモンスターでは、聖獣や魔獣でもない限りステータスが低すぎる。

 ツリーさん本人の戦闘能力も全盛期から下がっているんだ。すでに毒が回っているようだし、ツリーさんにできるのはもう時間稼ぎくらいか。


「『ハビット・ジェイル』」

「な! ルカラ様」

「気持ちはありがたいですけど、実力を測れないツリーさんじゃないはずです」

「……」


 やはり、わかっていて俺を逃すことを優先してくれていたのか。


「その気持ちだけで十分です。これまでの償いができたのだと確認できました。ですから、ここは俺たちに任せてください。そしてそこで見ていてください」

「ですが」

「師匠は弟子の活躍を、わしが育てたって言いながら見ていればいいんですよ」

「……。わかりました。そうさせてもらいましょう」

「ありがとうございます。行くぞタロ! ジロー!」

「アオン!」

「ニャ!」


 かっこつけて一歩踏み出したところで、俺は袖をくいくいと引っ張られ振り返った。


「余は?」


 自分を指しながらルミリアさんが聞いてくる。


「ルミリアさんが出るほどの相手じゃないですよ。行け、タロ、ジロー!」


 ストーム・スネークはあくまでもストーリー中盤の魔物。

 ツリーさんや近くの住民では対処が難しいだけで、今のタロとジローなら十分勝てる。

 俺はまだ使えないが、タロやジローは魔法を使えるようだし、聖獣、魔獣は相手に攻撃を確実に当てることができる魔法もいくつか覚えている。

 厄介な部分が問題にならない以上、ルミリアさんはいなくても大丈夫。


 なのだが、ルミリアさんが離してくれないせいで、俺はいつまでも加勢に行けない。


「あの。任せてくれません?」

「余とあれを使ってもよいのだぞ? 今のような時に出し惜しみはよくないと思うのじゃ」


 急にもじもじしだすルミリアさん。

 あれって、オーラ・エンチャントのことか?


「確かに、一撃で倒した方が、事は早く収まりますが、その代わりルミリアさんに負荷が」

「構わん。望むところじゃ。ルカラ殿が余に気を使う必要なぞないのじゃぞ?」


 いや、そういうわけにもいかないのだが、

「わかりました。やりましょう」


 人嫌いの聖獣。その長だったルミリアさんがここまで言ってくれているのだ。

 やらないのはむしろ失礼というもの。


「いきますよ」

「こい!」

「『オーラ・エンチャント』!」


 前回試した時の木剣とは違い、今回はしっかりと刃のついた実戦用の剣。


 前回より一際大きな衝撃波に、一瞬俺が吹き飛ばされそうになる。


 なんだこれ。力がみなぎる。結構ゲームはやりこんでいたはずだが、主人公をお膳立てしても、こんなにステータスは上がらなかったはず。

 実際に見えるわけじゃないが、確実に抜いている確信がある。


 それに、タロの時以上に剣に力を与えるだけじゃなく、視野が広まった感覚がある。それだけじゃない。急に時間の流れが緩やかになったような、世界が静かになったような感覚になっている。

 自分だけ、他人よりも多くのことができるような全能感。


「ゆくのじゃルカラ殿!」

「任せてください!」


「シャー!」


 ストーム・スネークは俺の動きに気づいたようだが、威嚇した状態のまま動いていないように見える。

 そして、ただ走っているだけなのに相手の弱点が手に取るようにわかる。しかも、タロやジローに当てずに最短経路が見える。


「うおおおおお!」


 あ、やべっ。早すぎた。

 まだ感覚に慣れず、剣を振るのが早過ぎた。

 と思ったのだが、俺はいつの間にかストーム・スネークを通り過ぎていた。


 明らかに手前で振った感覚があったのだが、振り返ると、血の雨とともにストーム・スネークが地面に真っ二つになって横たわっていた。


 たった一撃。軽く振っただけの一撃で、紙を切るよりあっさりと切れてしまった。

 そして、ストーム・スネークは跡形もなく消えた。


「すっげ……」


 戦闘終了と同時、俺はオーラ・エンチャントを解除した。


「やった。やったぞ。ルカラ殿! ふふ、ふふふ!」


 俺が剣を鞘に収めると、ルミリアさんが抱きついてきた。

 まさかの距離のつめ方! 近い!


「褒めてくれ」

「ありがとうございま、え?」

 なんて?

「褒めてほしいのじゃ」


 俺から離れるとルミリアさんはタロのように頭を突き出してきた。


「えーと。ありがとうございます……?」

「よくやったがいいのじゃ」

「え? えーと。ルミリアさんのおかげです」

「まあ、いいのじゃ。ほれ、撫でよ」

「はい」

「ふわぁー」

 頭を撫でるとルミリアさんは気持ち良さそうに目を細めた。

 気に入ったのだろうか。


 まあ、死者が出る前に倒せたようだし、よしとするか。

 と、思ったのだが、血まみれの何かが勢いよく接近してきていた。


「うおおおお! ルカラ様! 私、私は猛烈に感動しておりますううううう!」


 傷ついたのが嘘のように、血まみれのツリーさんが泣きながら走ってきた!

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