第2話 これからのために
「ごめんなざい。ごべんなざい。ごべんなざいぃ」
俺はひたすら小さな女の子に謝られている。
壊れた機械のように同じ言葉を繰り返している。
何をしたらこんなことになるのか。
もう泣きすぎて何を言ってるのかわからないくらいに、ひどく泣いている。
今は多分、同い年のはずなのだが……。ルカラ、本当に何したんだよ。
ひとまず記憶を探りつつ状況を整理しよう。この子は見覚えがある。物語が始まる前なせいで俺の知っている見た目じゃないが、きっとゲームにも出てくる人物のはずだ。
少し記憶を探っただけで思い当たる人物が見つかった。
「もしかして、ユイシャか?」
「ごべんなさ……はい。そうですけど……まさか、わたしのせいで、わたしのこともわからなくなってしまったんですか? どこかを悪くされたんですか? さ、さっきの……」
「い、いや、そうじゃない」
慣れていないたどたどしい敬語で話すユイシャに俺は首を横に振った。
やはり目の前の女の子はユイシャ・ロレデアらしい。
栗色の肩より長い髪の毛に、同じくの栗色の瞳をした女の子。今はルカラからの暴力の後らしく頬がはれ、あちこちにあざが目立つ。
ルカラの屋敷近くに住む子どもで、こっそり抜け出しては会うような関係だった。記憶では、出会った当初は普通の子どものように仲良く遊ぶだけだったようだが、いつしかルカラが一方的に痛ぶるようになったみたいだ。
ゲームでは詳しい描写されていないルカラが様々なスキルに覚醒したあたりのことらしい。
ゲーム内のユイシャはルカラに心酔していた女の子という印象だ。おそらく、このままの関係が続いた結果、暴力や暴言によって無能感を植え付けられることで完全にルカラに依存してしまうのだろう。
しかし、それもストーリー中盤までだ。ストーリーの途中でユイシャは、主人公に感化され、ルカラを大切に思うからこそ主人公の仲間となり、ルカラに真っ当な道へ進むよう説得するのだ。
だが、ルカラはそんなユイシャのことを、
「俺の理解者だと思っていたが残念だ」
とこれまでの非道を悪びれることもなく、悪態をついて徹底的に殺そうとする。
そのせいで最終的には肉塊として見つかっても何も思われないほど見限られてしまう。
そんな俺の知るユイシャよりルカラと同じく五歳幼いが、今目の前にいる女の子にはその面影がある。
それにしてもこれはひどいな。
ルカラ、話が始まる前からクズで女の子にも手をあげていたなんてな。そして、言いなりにさせるとは……。
そりゃ、結末にスカッとしても同情する人間が現れないわけだ。
ここの件に関してのネットでの評価も、
「死んで清々した」「もっと地獄を見ろ」「邪魔だから消してくれ」
と散々だった。
この様子だと、まともに生きていくには、聖獣、魔獣に媚びを売る以前に周りの人間関係からだろうな。
あくまで俺はルカラ。表面はルカラのようにしつつ、少しずつスライドしていこう。
怪しまれて話がおかしな方向に進まれても困る。
しかし、ルカラを再現しすぎないように、だ。
「わ、わたしはどうすれば……?」
ユイシャは震えながら俺に聞いてくる。
これまでのルカラだったら、
「ひざまずいて靴を舐めろ。泣いて俺への不敬を詫びろ」
とか言うのだろうか。
こいつ本当に十歳か?
いやいや、俺はそんなことしない。
「まずはユイシャの怪我を治すことからだ」
「えっ!?」
ユイシャが大きな目をさらに大きく開いた。
このまま時間が進んでも、ユイシャは生きられるだろう。ゲームのシナリオがそれを物語っている。
だが、これまでルカラに散々罵詈雑言を浴びせられながら、暴力を振るわれたユイシャには怪我を治してもらわないといけない。
ユイシャには悪いが、俺は何も怪我をしていることが可哀想だから治すのではない。
俺が俺として生きていくためだ。俺は他の人間よりも自分や動物を大切にする。
ユイシャに対し雑な扱いを続け、主人公と関わるきっかけになられては困るのだ。
「しかし、ルカラ様の手をわたしのせいで煩わせるなど」
「反論するな。これは俺の命令だ」
「わ、わかりました……」
確か、俺の頭に当たったきのみ。あれは体力を回復する効果があったはずだ。それに、今の俺は獣使いとして素質のあるルカラ。獣使いならそのクラススキルとして、熟練度に応じて使用した道具の効果を高めることができる。
ゲームでは主人公が使う場合と他のキャラクターが使う場合で終盤で効果に雲泥の差があったが、今の俺ならどうか。
もし、効果がなくても放置よりはいいはず、最悪ルカラの屋敷から何か持ってくればいい。
「食え」
「そんな、わたしには」
「命令だと言ったろ、いいから食え」
ユイシャはきのみと俺を何度も見比べた。
俺がじっと見つめていると、意を決したように手ずから食べてくれた。
なんだか幼女に食べさせる絵面に目を背けてしまいたくなったが、これは別に変なことじゃない。与えているのもきのみだ。スキルを発動するために必要なのだ。
そんなふうに自分の中で勝手に葛藤していると、ユイシャの体がかすかに光った。
きのみを食べた効果はすぐに現れ、傷だらけだったユイシャの肌は生まれたての赤ん坊のような傷ひとつない綺麗な肌へと変わってしまった。
……。いや、嘘だろ? そもそもの効果はHP20回復とかだったはず、才能があるにしても実際に傷が治るとこんななのか?
ゲームではHPゲージが一瞬で回復する様子しか見ていなかったせいでどんなものなのかわからなかったが、すげぇなこれ。
「うわぁ」
ユイシャも感激の声を漏らしている。
いや、俺もルカラじゃなかったらそれ言いたかった。
いやそうじゃない。この関係はただ傷を治すだけではダメだ。
「ユイシャ。俺のことは昔のように様を付けずにルカラと呼んでくれないか? そして、昔のように話してくれ。昔のように接してくれ」
「え、え!? ルカラ様」
「ルカラだ」
「ルカラ、い、いいの?」
「もちろんだ」
「でも、どうして急に」
「今ユイシャが食べたきのみが特別だったのかもな。あれが当たってから目が覚めたんだ」
「……そんなはずは……でも、うん! ありがとうルカラ」
「おう」
「……」
ん?
「おっ!?」
急にユイシャが首に抱きついてきて、俺は驚き目が泳いだ。
急に積極的だ。
いやそれより、一瞬黙った時のユイシャの目がなんだかおかしかった。
傷は治したはずだし関係もいい方向へ進んでるはずなのに、ゲームでの初登場時のとろんとした目で見ていたのだが、これ、ミスったか?
大丈夫、だよな!?
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