異世界に転生したら究極の力を手に入れたけれどそれがバレたら即終了な件
えす
降臨編
第1話 復活
この世界に救いなんてない。
誰も手を差し伸べてくれないこの世界で、オレが生きる道は一つしかなかった。
オレの手は真っ赤に染まっている。この手でどれだけの命を奪ったのか、どれだけの罪を犯したのか、もうわからない。
罪の意識? そんなものはない。自分が生きるために必死だった。
生きるために奪う。それだけだ。
しかし、泥水を啜るような、この人生もようやく終わる。
もう、寒くない。激しい雨の冷たさも、もう感じない。
救いのない、このくそったれな世界に、さようならだ。
訪れた眠気に抗うことなく、俺は目を閉じた。
「お目覚めですか、マザードラゴン様」
──意味がわからない単語が飛んできた。
オレは……生きているのか。そんな馬鹿な。あの傷で助かるわけがない。
「あの程度の傷であなたさまが死ぬわけがございません。いや~、それにしてもお久しぶりですな。まさかあなたさまが別の世界に転生しておいでだとは……」
「ね、ボクに任せておいて正解だったでしょ」
「はいはい、さすがは聖女サマですぞ。すごいすごい」
「……うわ。全然すごいって思ってないでしょ、それ」
声はするが、姿が見えない。何か2つの球体みたいなものがぼんやりと光っているだけだ。
「マザードラゴン様? まさか!? わたくしめのことをお忘れに!? そもそもわたくしめの姿が見えておいででない!?」
「あー。ものすごーく穢れがこびりついてるからねー……」
「なんですと! たった1万年の間に、マザードラゴン様の身に一体何が!」
「……いくつの世界を渡り歩いてきたかわからないけど、そりゃあ、人間として1万年もの間転生を繰り返せばこれくらいの穢れは溜まるもんでしょ。馬鹿なの? 天使サマは馬鹿なの?」
うるさい。耳障りな声がぎゃーぎゃーと響き渡ってくる。
「ううむ。これは困りましたぞ。これでは世界の救済が!」
「いや、大した問題ないんじゃない? マザードラゴン様の力は衰えていないみたいだし、まあ時間はかかるけど地道に……」
「しかし、何かあってこれ以上の穢れが溜まればマザードラゴン様は無数の世界を巻き込むほどの大爆発を起こしかねないですぞ」
「そりゃ困ったねー。あはは!」
「……笑いごとじゃないのですぞ……」
「いい加減にしてくれ。何なんだ、あんたたちは。ここはどこなんだ。何なんだ、マザードラゴンサマって」
「こ、これは失礼いたしました、マザードラゴン様!」
光の球体の一つが慌てふためいた様子で語り出す。
なんでもオレは『この世界』での神様的な存在で、おぞましい『闇』が生まれたとき世界を救うため、この世界の人間たちに『神託』を授ける役割を持つのだという。直接その闇とやらをやっつければいいじゃないかと思ったが、そうすると神としての存在が剥奪されて消滅してしまうとかなんとか。よくわからないルールに縛られているらしい。
「全然思い出せないみたいだねー、過去の記憶」
あるのは地獄のような日々の記憶。血塗られた、苦しみの過去しかない。
「ふぅん。そんなことがあったんだ。それはつらかったね」
こいつ。オレの記憶を読んだな。そう感じたオレは、目の前の球体に怒りをぶつけた。すると光がはじけ飛んだ。
「うわー、あぶないあぶない、死ぬところだった。失礼いたしました、マザードラゴン様」
緊張感のない声が飛んでくる。
「でもマザードラゴン様、気をつけてくださいね。今みたいにカッとなって下界の人間を殺してしまったら、この世界のすべてが終わります。大爆発によって」
そんなわけがあるか。そう言おうとしたその時、オレの頭にある映像が浮かんだ。
すべてが炎に包まれていた。
焼き焦げた子供の亡骸を腕に抱き、泣き叫ぶ母親の姿があった。至るところで苦しみの絶叫が響き渡る。赤く、すべてが紅く染まっていく。
炎は世界のすべてを焼き尽くすまでは消えることがなく。すべてを灰に変え、そして世界は──終焉した。
あの子の泣き声が……聞こえた。
やけにリアルな感覚に、全身から汗が噴き出したかのようだった。
地獄だ。オレがよく悪夢で見ていた、あの地獄が現実のものとなるのだ。
世界のことなんてどうだっていい。くだらない世界なんて壊れてしまえばいい。
でも、オレはまた救えないのか? あの子を見殺しにするしかないのか?
「マザードラゴン様。提案があります」
はじけた球体がまた一つに。そして人の姿を象る。が、やはりはっきりとは見えない。
「こちらの世界の人間として転生して、困っている人々を救い、あなた様の魂に宿った穢れを掃ってください。しかし、救うとはいえ、そのために一人でも殺してはなりません。その瞬間世界は終わります」
「聖女サマ!? 何を……」
「天使サマは黙ってて。それと、その強大な力を直接行使してもダメです。世界の意思的なやーつにバレたら消滅させられます。せいぜい誰かをサポートするとか、それくらいに留めておいてください。線引きは曖昧ですけど、目立たなければ目立たないだけよいでしょう」
「そうやって……オレに世界を救えというのか。オレは人殺し、犯罪者だぞ」
「救うのはあなた様自身。そうでしょう? でもそれでいいのです」
こいつ……何もかも見透かしたようにいいやがって。
「いいだろう。乗ってやるよ。誰も殺さずイイコトして、しょうもねえ連中を助けてやればいいんだろ。それが世界を救うことにつながる」
そうすれば、あの光景は回避できる。
救えなかったあの子を……救うんだ。今度こそ。
「さっすがマザードラゴン様♪ 話しが早くて助かりますぅ。ま、しばらくはワタシもお供しますので、気楽にいきましょ」
「ちょ、ちょちょちょちょ聖女サマ! 何、話しを勝手に進めているのですか!」
「それじゃ天使サマ、まったねー」
「あーーーーーっ!!!!」
そしてオレの意識は途切れた。
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