勇んだコロナ対策 国民をなめていたらこうなった

 「おまえら何か知恵はないのか!東大出てもさっぱり役に立たないな、ボンクラ頭ばかり揃えやがって」


 感染症対策大臣の部屋に並んだ課長クラスの官僚たちは顔を下げるだけで無言なまま立っていた。

 怒鳴っているには大臣、当人も東大を出ているので後輩を指導するつもりで言っているのだが、いい大人が説教をくらっているのははた目にもおかしな光景、彼らの他に室内には総理大臣と秘書が数人いるだけなので誰も止める者はいなかった。

 

 「大臣、それくらいでいいだろう」


 叫び疲れて息を整えている大臣の後ろから声をかけたのは総理だった。


 「感染拡大して1年半、緊急事態宣言も次で6回目になる。五輪までにはどうにかしなければと何度となくやってきたが、蓋をしてもすぐに溢れることを繰り返してきたにすぎない。

 東京都の財源も五輪で底をついて給付金がほとんど出せないことを手続きの遅れで誤魔化すのも限界なようだし、国からもこれ以上援助しようにも他の自治体との兼ね合いで五輪だからといって大幅に優遇してしまえば五輪中止に向かってしまう。

 だからといて国としてロックダウンをすれば給付額は来年度以降の予算編成に支障が大きすぎる。

 本来なら五輪で莫大な利益が見込めるのが投資過剰なままコロナに巻き込まれてしまった。 

 コロナも悪いことばかりじゃないがね、高齢者が多く亡くなっていることで年金も余裕が生まれるし、自粛宣言下で感染するような若い輩は勤勉な日本人として相応しくないから淘汰できるしな。

 飲食店も多すぎる、それも個人事業のやつならが。税金を誤魔化しているに違いない。

 エンタメと文化とか言っている輩も風紀を乱しているだけじゃないか。

 さすがに経済に影響するが、それも終息後に時間が解決してくれるだろう。

 インバウンドや日本より影響が大きいアジアから出稼ぎが増えるだろうからな。 

 口ばっかり文句しか言わない若者に金を払うくらいなら少ない賃金でも有難がってくれる方がいいだろう。

 それでも国がなんとかやっているということを示さなければならないんだな、それも今までと異なる新しい政策でないと期待感が生まれない。

 緊急事態宣言のように手垢の付いた政策では国民は納得しないし効果がないのは自明だ。

 だからといって金を使うことは出来ないからな、ここは君たち優秀な官僚の知恵が頼りなんだよ。

 布マスクも君たち誰かが考えたんだろう、あれは賛否両論だったが感染対策を意識させるには効果があったと個人的には評価しているんだよ。

 だから今回も素晴らしいアイデアを期待しているんだ」


 総理は居並ぶ関係省庁の官僚を見据えながら話すが、彼らは目を合わすことはしなかった。

 しばらくの沈黙を破るように一人の官僚が手を挙げた。


 「実は総理、部下の一人から相談という形で提案がありまして、正式な稟議もしておらず内々の話でしかないのですが、この際に議論のきっかけとしてのアイデアがあるのですがいかがでしょうか」


 総理と大臣が顔を見合わせた。


 「それはどんなアイデアだ?」


 

 50歳前後と思われる禿頭の官僚はハンカチで額と思われるところを拭きながら説明を始めた。


 「えーとですね、緊急事態宣言では飲食店の酒類提供を制限する要請をしていますが、摘発するための人員も不足していますので店の判断に任せているのが現状になります。

 でもそれですと守っている店としていない店との関係で正直者がバカを見ることとなっています。

 それなら川の上流を堰き止めればいいだけのことでないかと。

 つまり酒税を利用して販売店に圧力をかける、店には銀行から融資がらみでということです。

 けっして命令ではない各事業所ごとの案件ですから通常の取引となります。

 いかがでしょうか」


 「なるほど、それは新しいやりかたですね。ちょうど私は経済担当でもありますから」


 「そうだな、財務大臣には私から伝えておこう。特に閣議にかけるような法改正でもない、ただの取引関係への指導くらいだ、記者会見でよかろう」


 こうして雑談レベルの政策が実行されようとしたが、さすがに国民は騙されることなく逆風が吹き荒れることになった。

 発案の元となったヒラの官僚がその後どうなったかを知る者はいなかった。

 

 

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