コロナ様様選挙

 ここはとある国のとある県庁の一室。

 50階建ての庁舎の10階にある知事室に一人の男が向かって行った。

 男は県の保健衛生担当部長。

 今年の2月から感染が広がっている新型感染症を担当して4か月が経ち、毎日知事への報告が朝一番の業務になっている。

 最初の頃は次第に広がる感染者数に戸惑い、自粛期間に入り落ち着き数字が下がって自分たちの仕事が報われていると感じ、ようやく自粛解除となり1か月通常業務に戻りつつあった。

 しかし先週から感染者数が2桁になり週明けからは50人を超えはじめていた。

 知事室に入ると白いスーツを身に着けている執務中の知事が書類に目を落としていた。

 

「おはようございます大沼知事、昨日の感染者数の報告になります。検査数が125人、陽性が64人になります。高止まりの数字が続いておりますが本日の会見は予定通りに行いますでしょうか」


 知事は書類から目を外し笑顔をたたえ答えた。


「ええそうねいつもの時間にいつのも場所でいつものメディアを呼んでください。

 それと夕方には退庁するからそのつもりで」


 2週間前から知事選挙が始まった。本来の仕事以外に現職知事としていろいろあるということだ。

 担当部長は知事の落ち着いた受け答えに戸惑っていた。揺らぎのない態度は自信の表れか、それとも長く続いて感染者数が3桁が続いた時期に比べ少ないゆえの余裕なのか、それともまさかと思うが自粛解除後の経済回復だけに関心があって多少のことに気にも留めていないのか。それとも、選挙のことだけか・・・。


 担当部長が帰った後の知事室に待っていたかのように違う男が入っていった。知事の政策秘書の一人で選挙対策の責任者。

「知事いかがでした、感染者数は」

「そうね、まあいい数字だと思いますよ。緊急事態発令するほどないし、先日にこれからは自己防衛ですと告知していますから、巷の人たちは自己責任論だとしていますしね。まあこの選挙の終盤には数字が落ちる予定ですから、ねえそうでしょう?」


「まあそうですね、告示前に自粛解除をして候補者が乱立しましたが、この状態だとまともな選挙活動はできませんからね。集会や討論会は密になりますから、例え催したとしても集客は期待できませんから。」


「現職である私は危機感をあらわにして毎日メディアに出れますし、終盤に数字が落ちれば実績になりますから。しかしあなたもアイデアマンね、こんなシナリオを早めに用意していたとは。」

「そりゃ今年が選挙ですし、しかも6月ということを考えながらですよ。実はだいぶ前から国のほうとも情報をやりとりしながら双方に都合のいい流れを一緒に考えていたんですよ。

向こうは国際的催しの是非があり、しかも来年は国政選挙が控えていますから。」


「しかし感染者数ををコントロールするというのは為政者としてはどうかなと思ったけど、案外うまく進んで良かったわね。」

「いやいや現実に対応するのは無数にある病院であり、保健所でさえ対応に苦慮して細かいことまでは把握していない混乱に乗じただけで、決して患者を意図的に増やしたわけではありませんから。

正確な数字を出そうが出さないまでも増えるものは増えるし減るときは減るもんです。

こちらは国の政策にそって緊急事態宣言を出し、給付をしていますから問題はありません。

それよりも、このような危機に対応して頑張っている知事が落選したりしたら私は責任を取って死んでも死にきれませんから」

「そうよね、減ってきた感染者数を増やすためにわざわざ繁華街をターゲットにして、しかもホスト限定という誰にも同情されにくいところで集中的にまとめて検査をしたのだから」

「そうですねホステスなどは社会的弱者になりますし、一般の飲食店だと経済に影響が出ますから。その点チャラい連中だと自己責任だと言われるだけで済みますから。まあ今回は役に立ってもらいましょう。それが民のためにもなることですから」

「そうそう私以外にこの大都会を治めることのできる人間はいないわよ。さて今日は夜に補佐官と会うことになっていたわね」

「はい、すでに整っております。あとは開票され当確が出るまで知事ご自身が動かれる必要はないかと思われます。現職知事として粛々と公務をお願いいたします」

「そんなこと言われなくてもわかっているわよ、それよりもお互い健康には注意して感染しないように気をつけなきゃね」

「さようでございます」


 2人は笑顔をかわし男は静かに部屋を出て行った。

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