第48話 テント一張りは紙一重
――仕切り直し。
そう形容するしかないほど、私たちへ『部屋キャンプ』の未知なる魔力に呑まれつつあったのをリセットするかのように、お昼用のお肉の買い物へと出かけた。
行くのは学校最寄りのスーパーマーケット。バレンタインの時にも行ったお店である。
「寮暮らししているとスーパーってあまり行かないよねえ、ひなのさん」
「……そうかな? 実家に居る時と大体同じくらいは行ってると思うけど……」
……。
そうだった。ひなのさんの地元ってスーパーマーケットは住んでいる町には無くて、遠出して行く所って認識だった。昔ながらの商店みたいなのはあったっぽいが。
地味にカルチャーギャップを感じる。
「あ、でも明菜。冷蔵庫の中身が飲み物以外ほとんど空っぽなのは、寮暮らし感がある」
「基本ご飯は食堂で食べるもんね」
それもあって、今日のお昼の分の食材を余らせるわけにはいかない。
スーパーの店内に入ると、さり気なくひなのさんが先手を取ってカゴを持つ。
「……ありがとね、ひなのさん」
「なんのことかなー? それより、青果コーナーが目の前にあるけど、先にお肉見よう!」
どうやら、ひなのさんは順序通り回らず、必要なものから先に見ていくタイプのようだ。
「ひなのさんは何が食べたいの?」
「うーん、ベーコンかなあ。それも薄切りじゃなくてブロックのやつ!
……明菜は?」
「私はどうせなら長めのソーセージとかかなあ。ホットドッグに入っているやつみたいなの」
「おーいいねえ」
小さめのブロックベーコンと、4本入りのロングソーセージ、後は野菜やらチーズやらパンとか紙皿紙コップなどいろいろ、今回以外いつ使うか分からないバーベキューソースとかも買い込んで帰宅する。実家に居た頃じゃあり得ない少量パック買いの連続だ。
卵とかサラダ売り場に置いてあったゆで卵の1個買いである。
「じゃーん! ホットサンドメーカー!」
「おおー、実物ははじめて見た……」
食材を私に任せたひなのさんは、自分の部屋からホットサンドメーカーとカセットコンロを持ってきた。屋内でバーナーはなんか危なそうだったので、カセットコンロで妥協するとのこと。まあ、お互いキャンプ素人なのに部屋でやっているのだから、無理は禁物だもんね。
どうせなので、お互い去年の家庭基礎の調理実習やバレンタイン以降使っていなかったエプロンを取り出して着てみる。無地の茶色のエプロンだ。ひなのさんは緑色。
「やっぱりエプロン姿の明菜良いよねえ……」
「キャンプ感はむしろ下がってる気がする」
「もうちょい照れてよー」
「バレンタインで同じくだりやったし……」
そんな話をしながらひなのさんは厚切りで買ってきたはずのベーコンを、パン用に薄く切って焼き。焼けたベーコンをホットサンドメーカーにセットした食パンの上に乗せて、そこにチーズとみじん切りにしたゆで卵を乗せて、テントが待つ部屋の方へ行って、カセットコンロを駆使して焼き始めた。
その間、私はキッチンで野菜の下ごしらえをして、お肉とともにフライパンで焼く流れとなる。塩コショウはひなのさんが何故か常備していたので部屋から持ってきてもらった。
「やっぱりカセットコンロじゃ雰囲気出ないっ!」
「ひなのさん、こっちは普通にキッチンで調理しているから、もっとただの料理なんだけど……」
「キャンプ用品がテントだけじゃ、やっぱり限界あるかー」
根本的にアイテムが足りていないし、キャンプ経験不足もあって、気を抜くとすぐにお家デートに変貌する。そんなギリギリのライン際を今日は攻め続けている。
ここまで当初のコンセプトからグダグダなデートは初めてかもしれなかったが……正直、これはこれでめっちゃ楽しい。
キッチンの換気扇をガンガンに回す音を後目に、大体焼けたお肉や野菜の入ったフライパンを手にそのまま部屋へ。鍋敷きを座卓に敷いてからフライパンをそのまま置く。
「……ホットプレートとかのがまだキャンプっぽさが出たかもね」
「いやー、寮での暮らしにホットプレートは必要ないのが悪いっ!」
「それはひなのさんの言う通りなんだけど……お。
紙皿にベーコン乗っけたら、ちょっとバーベキューっぽい」
「明菜、もしかして天才か?」
そんな緩いノリで私とひなのさんは『いただきます』と声を合わせて言った後に、紙皿の隅に出したバーベキューソースにベーコンをつけ食べる。
……まあ、なんというか。予想通りのそのままの味がした。当然だ、塩コショウで味付けして、フライパンで焼いただけなのだから。
「……ひなのさん。これ、テントを視界に入れないと本当にただのご飯になるよ」
「そうかも……」
私たちはお昼ご飯を食べている間は、極力テントから目を離さないようにした。
……あ。ひなのさんの作っていたホットサンドは、普通に美味しかったです。ベーコンチーズサンドの味がした。
*
私が洗い物を片付けている最中、ひなのさんはデザートを用意すると言いながら、ホットサンドメーカーにメロンパンを入れて焼いていた。
調理器具のことを夏休みの自由研究か何かだと思っているのか、と私は内心で少しばかり自分の恋人のことを見くびっていたわけだけど、実際調理をしてみると思いのほか、焼いている途中の香りは、ほんのりと甘く心地の良いものであった。
ホットサンドメーカー以外の洗い物は終わり、ゴミを粗方まとめ終わったころには時計は午後の1時半を回っていた。存外、食べるのに夢中で時間を忘れていたようであった。
でも、今日はこれくらい適当に時間を過ごしても良い日。普段のデートとはまた違った気持ちの落ち着きがある。
「ひなのさん。メロンパンはどんな感じ?」
「今から開けるとこ……おおー、めっちゃ潰れてる。
ちょっと砂糖が焦げちゃってるけど……」
「でも、匂いは凄い美味しそうだよ」
ひなのさんの持ってきたホットサンドメーカーの良いところは、真ん中に仕切りがあるおかげで常に2個焼きあがるところだ。おかげで私たちは同時に2人で食べられるし、食後にメロンパン1個というボリュームを半減することもできる。
「――うわっ! カリカリでめっちゃ美味しい!」
「ひなのさんの方が天才じゃん」
「ふふっ、今日のところは私の勝ちのようだね」
「いつもひなのさんのが勝ってると思うけど……まあいいや」
本当に魔術のようだった。
今のところ、本日のハイライトシーンが『メロンパン』になりかねないくらいの衝撃である。
潰れて2分割にされて、しかもちょっと焦げてるメロンパンの見た目は、踏んだり蹴ったりな感じだけれども、その見た目からは想像できないくらいに軽快な味がした。
*
「――というわけで。午後の時間は持たないと判断したので、新たにキャンプっぽいものを招集しましたっ!」
「おー、ひなのさんのモチベが高い」
「明菜は低すぎ! もう普通にお家デートで良いとか思ってるでしょ?」
「うん、まあ……」
別に出会い初めとかじゃないのだから、だらだら話すだけでも幸せだし、何なら会話が無くてもひなのさんを傍に感じられるだけで私は満足だ。とはいえ、そういう感情に甘えて1日中ダラダラするだけのデートばかりになるのは考え物だから、ここはひなのさんの方が生産性はある。
ということで、いくつかのアイテムを追加したひなのさんであるが。
「……LEDランタンは、昼間に使っても何の効果もないね」
「だねー。これは消そうか……」
実は最初から持ってきていたが使いどころの無かったランタンは一回点けてみても何の情緒も無かったのでいきなりお役御免となる。
「というわけでー。
まずは、このCDラジカセっ! どうよ?」
「随分年季が入ってる……って、まあ今どきラジカセなんてみないし当たり前か。
こんなのよく見つけてきたね?」
「いや、明菜が談話室にあるって話してたんだからね……。
ともかく、キャンプって言ったら、ラジオじゃない?」
そういえばそうだった。クリスマスのときの話か。
覚えていて、このタイミングで持ってくる辺りなんというかひなのさんである。
で、そんなラジカセと共に、午前ぶりに再びテントの中に入る。チャックは閉めない。
そして今度は寝ないでお互いオレンジのテント中でぺたんと座ってみた。ひなのさんの足が私の足にぶつかっている。敢えてもっとぴとってくっ付けてみたら、ララジカセを弄っていたひなのさんは呆れた表情をしつつも一切避けようとはしなかった。
「ひなのさん、いけそう? ずっとザーッと鳴ってるけど」
「音は出てるからあとは電波が合えばいけるはず……」
「……うーん、アンテナじゃない?」
ひなのさんがラジカセの正面をいじっているので、私は裏からアンテナを動かしたり、伸ばしたり縮めたりしてみる。
ところどころノイズ交じりで声が聴こえたりするけれども、FMでもAMでも結局クリアに聞ける番組は1つとして無かった。
「ぽんこつじゃん、こいつめー」
「まあ、今まで談話室で一度も使ってる人が居なかったしね……」
ちなみにテントから出たら、ラジカセの『ザーッ』という音に紛れて全然気が付かなかったが雨が降り始めていたので、慌てて窓を閉める。幸い風は無かったので部屋が濡れては居なかった。
そしてそんな閉めた窓にラジカセのアンテナを近づけてきたら、ようやく何とか認識できるレベルの音声が聞こえてきて、途切れ途切れながらも『今日の京都の天気はこれから雨模様』とかなんとか言っていた。
「タイミング遅いわっ!」
「まあまあひなのさん……」
だけど、テントの外でラジオを聞いても情緒はゼロなので、ひなのさんはラジカセの電源を落として、ランタンと同じく隅の方に置き、別の談話室から持ってきたアイテムを取り出した。
「……今度こそ、再チャレンジでー」
「いや、割と私楽しんでるけどね。こういうのも好きだし」
「今日の明菜は別に何もしなくても楽しいって言いそうだから、参考にならないのー!
というわけで、じゃんっ! ジェンガだよ!」
ジェンガってキャンプなのだろうか? どうなんだろう、それっぽさも違う感じもどっちもある。
とはいえ、積み上げられたジェンガを見て、私は思った。
「……これ、普通にやっても面白くなさそうだから、1個取るたびに相手の好きなところ1個ずつ言い合うルールにしよう」
「ちょ、明菜!?」
「じゃあ私から。……よし、取れた。
えっと、まあ最初は外見からで良いか。ひなのさんの銀髪の髪先好き。
はい、ひなのさんの番」
「え、えっ。マジでこのルールでやるの? ……良いけどさー。
うーん、じゃあ私もまずは外見から。肩が好きっ!」
……。
なんやかんやでジェンガは夕食の時間まで続けた。バカなのか、私たち。
*
「暗くなってきたらランタンの雰囲気出てきたねー。
……じ、実は私に支配されたい欲がある、澄浦明菜さん?」
「ランタンの光もテントも同じオレンジ色だから、世界がオレンジに染まっているけどね。
……本当は私にハグされたくて、わざわざ1人用テントなんて小道具を使って接近しようとしてる、東園ひなのさん?」
「ぐっ……」
「どうしてもハグしたければ、ひなのさんからしなよ?」
「……ちょ、無理……」
「……へたれ」
いくら長時間好きなところ言い合ってネタが尽きたからといっても、からかわれるのを承知でぽろっと零すほどひなのさんは不用意ではない。つまり、あわよくば私からハグして欲しいという誘い受けだということ。
別にやる分には構わないが、しかしひなのさんからハグされたいというのも事実で。でも、ここでへたれるんだよなあ、私の恋人は……手のマッサージはしてくる癖に。
まあ……ちょっとくらいは手助けしてあげるか。
「はあ……しょうがないなあ……」
「ちょ……明菜っ!?」
私はそう言いながら、テントのチャックを再び……閉めた。
「はい、密室の完成……どーぞ?」
「……っ!」
私はぺたん座りのまま、目を閉じて両手を軽く広げてみる。
ひなのさんの葛藤と息遣いは、視覚という感覚を閉ざしたことで更に鋭敏になる。
そして、午前にテントを閉めたときのように徐々にテントの中の空気は、私たちの香りに再度置換されていく。
それにひなのさんは……呑み込まれるようにして。彼女の気配が私に近付いてくるのを温度で感じた。
……それからも葛藤の時間は挟まったが。
ひなのさんは、最終的にはおずおずと私に身体を預けて、ゆっくりと私の背中に手を回したので、私も広げていた手を閉ざす。
「……ひゃぅ……」
「おー、ひなのさん顔真っ赤」
「な、なんで明菜は、そんなに平然としてる、の……?」
「私の心臓がバクバクしているのはひなのさんにも伝わっていると思うんだけどー?」
「……自分の心臓のせいで分かんない」
「そっか、そっか。可愛いなー、私の彼女はー」
普段のキャラクターからしたらひなのさんの方が抱き着くのは得意そうなのに、どうしてこんなに奥手なのかねえ。
正面からハグするのは思えばはじめてだったので、ちょっと腕の力加減を変えたり、手の組み方を動かしたりしてみたら、面白いくらいにひなのさんが硬直したり振動したりしていたので、飽きなかった。
そしてこのテント内でハグは消灯時間の直前まで続けたので、テントの片づけは明日以降にやることになった。やっぱりバカかもしれない、私たち。
――でも。
ベッドを立てたままで寝る場所が無かった私はテントに布団を入れて、その日は寝た。
……直前までひなのさんが居たテントの中で。出入口を閉め切って。
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