第49話 光彩奪目

 学校から歩いて10分くらいの場所にパン屋さんがある。

 そのパン屋さんはどうやら結構な人気店のようで、学校がある日の放課後に行っても、いつも観光客で混雑しているようなお店だ。


「実は京都と上海にしか出店していないらしいよー、このお店」


「なぜに上海……?」


 そんな京都ローカルかつグローバルという二律背反を抱えているパン屋さんに、ひなのさんと梅雨の晴れ間を利用して一緒にやってきた。

 放課後に来たら混むのは分かり切っていたために、休みの日の朝――今の時刻はなんと7時5分。こんな時間から私たちは、もう店内に居る。ほぼほぼ一番乗りであった。


 オーソドックスなパンから、おしゃれ系の創作パンまで色々置いてあるけれども、結構リーズナブルだ。


 私はひとまず一番人気らしいあんバタと、しょっぱめのパンも欲しいのでベーコンエピの2つを購入。ひなのさんは結構ガッツリ食べるらしくサンドイッチ系のものと、後はチキンが挟まったバーガーみたいなのを買っていた。


「……んー、どこで食べよっか?」


 このお店の欠点というか数少ない難点としてはイートインスペースが無いので、持ち帰り限定であること。別に食べ歩きしながら寮に帰っても良いのだけれども、観光客ではないのでちょっとはしたないという気持ちもある。

 逆に寮まで帰るとしても10分かかるので、それはちょっと待ちすぎな感がある。


 というわけで、近場の公園にやってきました。

 本当にごくごく普通の平凡なありふれた公園って感じで、遊具もすべり台、うんてい、ブランコというありがちラインナップ。7時台なので流石に居るのは早起きなお爺さんお婆さんくらいだ。


 奥の方にある東屋みたいに屋根だけがある場所に椅子とテーブルがあったので、そこに座る。


 しかし、これだけ日本全国どこにもありそうな公園であっても、京都というのは個性をブランディングするもので、どうにもこの公園周辺は、かつては薩摩藩の調練場があったエリアみたい。

 もっとも、ウチの学園にも薩摩藩の火薬庫跡とかあるし。同級生の京都民曰く『最近の戦い』であるところの鳥羽伏見の戦いに使われたとかなんとか。



 それはともかく。

 こういう屋外で座るとなったら、私たちには必ずやることがある。


「――はい、ひなのお嬢様。こちらにどうぞ?」


 私は自身のハンカチを椅子に広げて、ひなのさんの座るスペースを用意する。

 なお同じタイミングで対面する場所に既にひなのさんのハンカチもまた広げられていた。


 雰囲気おしとやかっぽく見える、このハンカチに座るやつは京都国際マンガミュージアム以降、私たちのマイブーム的なものになっていた。


「うむ! 明菜よ、苦しゅうない!」


「……最近分かってきたんだけど、ひなのさんがお殿様っぽくなるときって大体照れてるときだよね?」


「……。

 苦しゅうある・・かもしれない……」


 なんか、部屋キャンプ以降またひなのさんがへたれモードに入りやすくなった。結構、私の彼女って浮き沈みがあるよね。まあ、他者には隠蔽できるのだけれども。

 とはいえ私が『いただきます』と言えば、ひなのさんも復帰してそれに追従するように言い放った後に食べる。


 女子高生2人が、朝の公園でパンを食べている……割と謎の構図である。


「あ、ひなのさん。カフェオレ取ってー」


「はいよー」


 飲み物は近くの自販機で買ったカフェオレ。2つ買うのはちょっともったいなかったので、2人で回し飲みをする。

 私がカフェオレを飲み終わったタイミングを見計らって、ひなのさんは話す。


「明菜のパンも食べてみたい!」


「はいはい。じゃあ……あーん」


「え、あっ。あーん……」


 わざと私が食べていた方を向けてひなのさんの口に近付ける。ひなのさんは特に何も言わずにあんバタを食べた。

 そして、お返しにひなのさんが買ったチキン系のバーガーを一口貰う。香りはマスタードだったので辛いのかなと身構えたが、食べたらチキンが結構しっかりと来た後にハチミツの味もした。ハニーチキンだったのね。



「――って! 今日はこういうことするために明菜を連れ出したんじゃなくて!

 ……『七夕』。寮のお祭りってそろそろ締切でしょ?」


「……なんというか、それをひなのさんから言い出してくれるのは私としても感慨深いね」


「去年は明菜から誘ってくれたもんね」


 去年のひなのさんは、最初は全然参加する気じゃなかったのに、私が誘ったら参加してくれた。……そう思うと、あの時点で結構好かれていたんだなあとは思う。


「ただ……寮のイベントだから、あんまり私たちの関係を仄めかすようなことは出来ないんだよね。それが、今となってはちょっと不満かも。

 ……ひなのさんは、私への好きオーラを隠さなくていいから羨ましい」


「ふっふっ……明菜の自制心次第だよ?」


「また、そういう煽ること言うんだから、ひなのさんは……。

 まあ参加するとして。ひなのさんは今年は浴衣にする感じ?」


「あ、うん。でも明菜に合わせるよ? というか、明菜こそ今年はちゃんと合わせてね?」


 去年はひなのさんをビビらせるためだけに浴衣を着ていったからなあ。今年はそういうことをしなくても良い。

 そう言えば去年着た浴衣はあれ以降一度も着なかったか。だったら、同じやつをもう一度着ればいいかな。


 そう告げれば、ひなのさんは寮で予約が必要っぽいがレンタルの浴衣を着付けてもらうみたい。だったら、私も一緒にレンタルにしてひなのさんの浴衣を選んであげようかな、とも考えたが。でも、手元に1年間使っていない浴衣があるのに、それはちょっともったいないかも。


「……ってか、明菜にそういうのを選ぶのを任せたら、どうせまた桜柄にするっしょ? 明菜、私に桃色系統の服を着せるの好きすぎだし……」


「その言葉。そっくりひなのさんにも返せるからね」


 このままお互いの服を選んでいったら、最終的には謎のピンク集団が完成してしまう。いや、流石に全部の選択権を委ねてくれるなら、もう少し色味は真面目に考えるけどさ。


「ま、ともかく。

 じゃあ今年も2人参加で、エントランス集合って感じ?」


「そうなるかなー」



 そんなやり取りをして、七夕当日を迎えることとなる。




 *


「――って! ひなのさん、なんでわざわざピンク色の浴衣を着てくるの!?」


「いやー……結局、これが一番明菜が喜ぶかなって……」


 ひなのさんは桜ではなかったが、薄桃色で花柄の浴衣をチョイスしてきた。私は去年通りのサファイア・ブルーのアジサイの浴衣。やっぱり梅雨明けしているので季節外れのやつだ。


 正直、私の恋人の浴衣は……可愛い。けれども、それを素直に言うには今の私たちの空気は甘すぎた。『友だち』モードの私としては、ここでひなのさんに塩対応を取るしかない。


「可愛いよね、浴衣は」


「なーんか、トゲがある言い方だなあ……」


「浴衣以外は可愛げがないし……」


「ひっどーい!

 明菜、私は怒ったので、罰として写真撮影の刑!」


「文脈繋がってなくない、それ」


 これはこれでアホなカップル感のあるやり取りだけれども、普段2人きりのときの甘い雰囲気よりかはまだマシである。何より、このくらいのノリで居る方が周囲も私たちのことをからかいやすいので。


 ただツーショット写真を撮りながら考える。あながちひなのさんが可愛げないのは本心だ。というのも、この銀髪少女は、わざわざ去年と同じように練り香水をつけてきているし、香りももう私の鼻孔には『ひなのさんの香り』としてインプットされているウッド系のフレーバーである。


 地味に髪型は私がかつて絶賛した、1月の着物デートのときのウェーブがかったふんわり感のあるパーマの踏襲だ。

 このおいそれと褒められない学内の場において、めちゃくちゃ私の好みに寄せてきているわけで。全部狙ってやっているのだから、可愛げがない……見た目は可愛いのに。



 そして昨年度とは違い、今年は私とひなのさんの仲は『友だち』としてならば既に大きく周知されていることもあるし、何より同じクラスになったことで共通の友人も増えたので、そうした友達に話しかけられる場面もちらほらあった。


「お、ひなのと澄浦さんじゃん。

 今年は浴衣で揃えてデートですかな?」


「な……、そ、そんなワケないし……」


「ひなのさん、女の子同士でそんなに恥ずかしがる?

 はいはい、デートだから邪魔するなら帰ってねー」


「おーこわ。じゃ、仲良くねー」


 今話しかけてきたのは、どっちかと言えばひなのさんの方が仲が良い子だった。深入りしてこないタイプの陽キャは距離感を分かりやすくしてくれていることもあって、相手するのが楽である。

 こんな感じで適当にあしらう感じでなし崩し的に2人で『七夕』を楽しむことになるわけだが、今はひなのさんが照れていたように一見すると思えるが、実際は先ほどのひなのさんの言動はすべて演技であろう。

 演技で顔まで赤くできるのだから、役者である。多分、会話と同じタイミングで私との恥ずかしい思い出を想起しているのだと推測するが、普通にその技量は怖い。




 *


 2人揃って下駄を履き、中庭へと向かう。虫除けスプレーはお互いかけ合った。

 流石に去年から勝手が変わっているなんてこともないので、真っ先に中央の大型テントへと向かい実行委員の生徒――これもひなのさんの友人だ――から、二言三言会話を重ねて短冊を受け取る。


「……改めて、ひなのさんって交友関係とんでもないよね」


「ま、ふつーふつー」


 なお、彼女の誕生日に実施したボランティアコンサートのときに、さり気なく一部の児童や迎えに来た姉などと連絡先を交換して友達ネットワークを増やしていたらしい。そんな暇いつあったんだと思ったが、どうやら私と飾城先生がバックヤードで片付けをしながら話し込んでいたときのようである。やっぱり怖いよ、私の恋人。



「……で。

 ひなのさんの夢は、今も変わらないんだね」


「もち! 『世界征服』!!」


 去年とは書体が変わって草書体になっていた。もう、彼女の筆ペン技量は疑っていないけどさ。

 ひなのさんは当然のように、私の願い事を待つ。


「……まあ、今年はこれで行こうかな。

 『ひなのさんの世界征服の助力』……で」


「……。

 おっ、明菜が1年で闇堕ちした!」


「自陣営が闇で良いの、ひなのさん……」


 呆れたように私は呟きつつも、ひなのさんのリアクションがワンテンポだけずれていたことに気付いていた。これくらいの暗喩でもひなのさんには伝わるかあ。


 ……そうだよね。

 いくらひなのさんが天才とは言っても。『世界征服』は10年程度では終わらない。


 その助太刀を私がするなら、『世界征服』がなされるまでは最低限私はひなのさんの側に居られるということになる。

 ……つまりは、私の願い事は『ずっと一緒にいよう』とほとんど同義であることを、彼女は見抜いていたのだ。




 *


「今年はLEDランタンは1人1個持っていこう!」


「まあ、去年はかさばるから1個にしたんだし……」


 昨年の経験で、この一斉に打ち上げるLEDランタンが実質紐付きの風船なことはもう分かっているので、遠慮をせずに2人で2つ持っていく。

 今年はひなのさんも下駄なので、あまり隅の方に寄らずに、芝生の草の背丈が低い中央辺りで待機する。



「それでは、行きますよっ!

 ――はいっ! それではみんな、ランタンを手放してみてっ!!」


 紐をしっかり手元で保持していることを確認しつつ、ゆっくりとLEDランタンを手放すと上空へと飛び立っていく。

 正面に居るひなのさんの手からもランタンは空へ昇る。


 ……去年も見た光景ではあるけれども。やっぱり圧巻の景色であることは確かだった。


 誰しもが空に意識を向けている中――ひなのさんだけはやっぱり私の方をじっと見ていて。


「……やっぱり。

 明菜はこの光景……好きだよね?」


「……まーね」


 沢山のランタンが空で柔らかな光を放っているこの景色。私は、何度でも心を奪われるようだ。


「――去年よりかは、明菜のことを知れたのかな?」


「……当たり前じゃん」


 ――そして奪われた心には、ひなのさんの愛が満ちていく。



 ……うん。去年はひなのさんの方から手を繋いでくれたから、私からいきますか。


「……ぁ。明菜……」


「しー。

 ひなのさんが去年掴んだのは私の手の甲だったから、それのお返し」


「むー」


 ひなのさんは私にしか聞こえないくらいの声で不満を可愛らしいうなり声で伝えてから、手の甲を掴んでいる私の右手を一旦払って、手のひら同士で結び直してきた。



「去年よりはどうやら成長したようだね、ひなのさん?」


「……明菜が鍛えたからね」



 ……ここで終わったら、去年とほとんど同じ。

 毎年同じことを繰り返すものが伝統行事ではあるが――しかし、私は知っていた。


 『七夕』は現代に至るまでに魔改造されている。

 であれば、毎年同じことをするのは伝統的ではないのだ。



 周囲にバレない範囲で、私が出来ること。

 それは。



「――っ!」


 私は繋いだ手を少し動かして、自身の右手の人差し指と親指で小さな輪っかを作って。

 ……それで、ひなのさんの。


 ――左手の薬指をそっと握った。



「……願い事、叶うといいな。でしょ、ひなのさん?」


「……そうだね、明菜」




 *


 古文単語で『久方の』と言えば、その後に続くのは天空にまつわる言葉。


 だからこそ。久方の……天の川には。

 願いを叶えるように、たくさんのランタンが私たちを――世界を、彩っていた。

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