第13話 ランチバイキングと地元の話

「そう言えばさー。私らの学校って、世間体としてはお嬢様学校なわけじゃん?

 でも、明菜もそうだけど、どうにもイメージの中にあった『お嬢様』像と違うんだよねー」


 京都国際マンガミュージアムへ行った日のことは、寮に帰った後に同じローズマリー寮の同級生の友人たちにも話した。周囲から見れば私とひなのさんは『七夕』で一緒に行動していた件や、他の子の多くが部活などで平日でもガッツリ活動が入っているのに私たちは言ってしまえば暇人2人組であることもバレているので、そうして遊びに行っていても強く怪しまれることの無い関係性である。……って、ただ友達と遊ぶだけなのに怪しさも何も無いと思うが。


 寮の談話室で私たちとしては珍しく、他の同級生の前で話を共にしていたわけだが、ひなのさんはあれから数日経過した今でもどうにもその日のことが引っかかったようである。


 というのも、あの日『京都国際マンガミュージアム』の話をした相手も、私の見立てでは勿論『お嬢様』であるような片鱗が伺える少女らだ。例えば学校指定の白ソックスを、わざわざ海外のラグジュアリースポーツブランドのもので統一していたり……とか、そういう隠してはいないが、さりとてひけらかす訳でもない場所に手がかりがあったりする。でも多分、本人的には高級だから身に着けているのではなく、単に履き心地が良いとか、肌触りが良いとかそういう理由なのだとは思うけども。


 しかし、京都国際マンガミュージアムが1日400円で読み放題な『漫画喫茶』という部分の話に釣られて、魅力に感じている少女がここには多いのである。金銭感覚は完全に庶民であり、何なら今日こうしてひなのさんと一緒に来ている学校から徒歩圏内にあるランチバイキングも、彼女たちの紹介で教えてもらった場所だ。



 佇まいは閑静なレストランなのだけれどもランチ営業はバイキングのみで、時間無制限なのにも関わらず1000円ちょっとで食べられるという、京都市内の食べ放題としては正直破格の安さを誇るお店だ。

 ただし、女子高校生にはランチで1000円強という価格帯はやや重いこともあり、ウチの学園の生徒は専ら、部活とかの打ち上げで利用しているとのこと。


 今回、打ち上げるものは何も無いけれども、私とひなのさんは「どうせ聞いたなら気になる」というくらいのテンションでここでお昼ご飯を食べてみることにしたのだ。なお学校の食堂で普通に昼食が提供されるために、ほとんど娯楽寄りの贅沢ではある。


「……ひなのさんの言う『お嬢様』って、創作で見るようなやつだよね、きっと」


「あーそうそう。

 『ですわ』口調で話して、生徒会とは別に有力者のサロンみたいなのがあって、送り迎えの送迎はリムジンで、学内に派閥みたいなのがあって、定期的にパーティに行っているやつ。

 ……ああいうのって、実は存在しないの?」


「あー……私も、なんちゃってみたいな感じだから何とも言えないんだけどさ……。分かりやすい語尾、みたいな口調よりも言い回しの方が大事だと思うし、学閥系はエスカレーター式のとこで入学時期で出来るものじゃない? あと、送迎はウチは全寮制だから意味無いでしょ――」


「パーティは? なんか社交パーティ的なので、ドレスを着て、グラスの飲み物を相手にぶっかけたり、婚約破棄したりするんじゃない?」


 どことなく、ひなのさんのお嬢様成分の供給元がうっすらと分かるような感じの発言であったが、実は社交パーティのような存在は実在する。


「社交パーティはある……というか、多分ひなのさんのクラスメイトもそれに準ずるものは行っていると思うよ――」



 1つは、百貨店の販売会がそれにあたる。百貨店やデパートには多くの場合、優良顧客に対する何らかの制度が秘密裡に存在している。実際、各店舗ごとの差異が大きすぎて私も他地域のことは分からないが、けれども私の知る人物が名古屋のとある百貨店のお得意様であり、百貨店スタッフが定期的に家に訪問しているケースを知っている。

 そのレベルのお得意様相手には、外部には完全に秘された新ブランド商品の販売会が定期的に開催されている。それはきっと、ひなのさんの想像するファンタジー的な社交パーティの側面も含んでいるだろう。


「え、ちょっと……明菜? なんで、それを知って――」


「まあ、細かい話は追々で……」


 一旦、ひなのさんの疑問は封殺して、第二パターン。

 『社交パーティ』というお題目で開催されるパーティは無くて、一般に暮らしている範疇でも観測できる冠婚葬祭の出来事がそれを代替しているというケースだ。

 例えば結婚式やその披露宴では新郎新婦の関係者やその家族が集まる。何でもない一般庶民であれば、そこで集うのは友達や親族、あとは会社の上司とかそれくらいだが、その交友関係のネットワークが豪華になればなるほどに誰かの結婚式がそのまま社交の場と化したりするのだ。


 そして『お嬢様』ともなれば、人付き合いの広さ……というか『これは断れないな……』という相手からの招待を受けるケースが増えてくる。例えば、私個人だとしても、実家のアップライトピアノのメンテナンスをお願いしている調律師の先生は、もう物心がつく前からの知り合いだ。もしその調律師の先生やその家族が結婚するとして、私を名指しで結婚式に招待などしてきたら、これまでの恩義もありこれは間違いなく絶対に断れない。

 また親の職場関係の催し事に家族で参加するというパターンもある。これは何も『社交デビュー』とか慣らしとかそういう意味合いばかりではなく、子供が小さい頃なら単純に「催し事に参加している間は、子供の面倒は誰が見るんだ?」というところに帰着して、最終連れて行った方が後腐れないという、普通の子持ち家庭でもありがちな判断がなされているだけ、というケースも多い。



「……さて、質問を受け付けようか、ひなのさん」


「はい、はーい! 今まで気にしていなかったけれども、明菜の実家って一体何なの!?

 今まで隠していただけで、明菜って実はガチお嬢様だったりする?」



「……ウチのケースは、ちょっと説明が複雑が面倒だし、私もなんちゃって……って感じだから、ねえ。


 あ、でもお父さんは普通に会社に勤めているよ、うん。……『お父さん』は――」



お父さんは・・・・・……ってことは、明菜の母親がスゴい人ってわけ?」


「あ、いや。あー……何て言うか、その。

 私のお爺様……祖父がさ、まー色々あったって話なんだけども、多分一番ニュアンスで近いものを挙げるとするなら――『執事』っぽいことをやっているんだよね」


 そして、お爺様がお世話になっている家にも私と歳の近い孫娘が居る。

 つまり私がお嬢様なのではなく、ただ『本物』のお嬢様を私は知っているだけなのだ。


 まあ、祖父が『執事』なんて現代日本では絶滅危惧職業に就いている理由は、長くなるのでかいつまんで話すと。祖父には昔からの親友が居て、その人が政治家を志したとき、お爺様は彼を補佐・後援する立場に就いていたらしい。最古参であったことから一時期は政策担当秘書にもなっていたと聞いている。で、その盟友の議員引退後の余生においても未だに執事としてサポート……というか、殆ど一生涯の友達だから付き添っているって感じだ。



 そんな話を、一通りした後のひなのさんの反応は、驚きでも高揚でもなく――納得であった。


「……なんか、凄く腑に落ちた。

 明菜ってさ。今までの話を聞いている限り、すごい色んな楽器について詳しかったり、あとは美術とか建築みたいな方でも色々知っていたけれども、それが何でかずっと分からなかったから。

 ……でも1つだけ。さっきの話の中で政治家の孫娘の『お嬢様』って出てきたけど……明菜はさ、卒業したら使用人になる、ってことなの?」


 その質問をするひなのさんのワインレッドの瞳は揺れていた。


「いや、歳が近いと言ってもあの方はもう大学生だし、交際している相手も居るって聞いているから。

 というか、嫌でしょ。恋人との同居生活なり結婚生活なりで、自分のお爺ちゃんと繋がりのある使用人が見張っていたら」


 と、そこまで言ったら、ひなのさんは一瞬安堵の表情を浮かべたかと思うと、その直後にはにやにやしながらこう告げる。


「いやー……でも、ある意味ちょっと残念かもなあ。

 明菜のメイドさん姿、ちょっと気になったのに」


「……ハウスキーパーやら家事代行などでプロが雇える時代だから、縁故でわざわざ使用人を雇うケースって相当レアだし、そんな相手にメイド服を強要するとか、バレたら普通にスキャンダルになりそうだけど」



 その後、ひなのさんがスマートフォンで調べたら、家事代行サービス業者の中に本当にごく僅かだけれどもメイド服で出勤する会社が実在することが判明して、私は驚きに包まれることとなる。




 *


 会話に夢中になっている内に、最初によそったプレートを完食したために、また新しい料理を取りに行こうと、私たち2人はバイキングの料理が置いてあるテーブルへと移動する。

 料理の種類は、多めで結構野菜系メニューも充実しているところは、安さを考えれば驚きだ。後はコロッケ、唐揚げ、天ぷらといった揚げ物系は揚げたてでさっき食べたら温かかった。


 ひなのさんは全メニュー制覇するつもりのようで、小盛りにしつつ細かく新たなプレートに料理を乗せている。私はそこまでの熱意は無いので、先ほど取ったメニューの中で美味しかったものと、新メニューを半々くらいって感じで取ってみた。


 そうして席に戻ると、ひなのさんが口を開く。


「さっきの『お嬢様』話にちょっと戻るんだけどさ、このお店ってウチの学校で部活をやってる子が良く来るって言ってたじゃん?」


「まあ、そうらしいね」


「ここの料理……私は結構好きな味で、とっても美味しいけどさ。何というか……温か味がある? って感じじゃん……正直、私の想像する『お嬢様』のお口に合うタイプからは、ちょっとずれているんじゃないかなー……って思うんだけど、どう?

 あ、いや! 私はむしろこういうののが好きだけどっ! ――ほら、夏季セミナーのときみたいなコース料理? ってやつ……あっちの感じのが『お嬢様』には似合っているじゃない?」


 ひなのさんの言いたいことは何となく分かったような気がする。

 確かに、このお店の味はかなり家庭的だ。レストランだけれども、友達の家で夕食を御馳走になったときに出てくる料理の感覚に近い。


 逆に、外食をするときに中々こういうお店に出くわすことは限られるので、私としてはむしろ貴重だと思うのだけれども、ひなのさんからすれば『お嬢様』方が通うイメージとは直接結びつかないようだ。


 そういえば入学したての頃に似たようなことを考えたこともあったなあ、と思い返しながら私は答える。


「料理をどうこう、ってやっぱり極論では家庭環境でしかないからねえ。

 だから『安いから不味い』、『高いから美味しい』って味覚が形成されるとしたら、それは『値段』っていう情報を食べているのと一緒だ……って。まあ、これはさっき話した私の知っている『お嬢様』の受け売りだけども。

 実際、あの方の好きな食べ物の中に『市販の冷凍食品の餃子』があって、誕生会とかのときには、必ず普通にスーパーで売っている冷凍餃子が出てたもん」


 ドレスコードのあるパーティで餃子はどうなんだ、と内心私も思っていたが、まあ誕生日に好きな食べ物を食べたいという気持ちは当然のものでもある。

 そこら辺の兼ね合いも結局は家庭環境なのだろう。パーティで餃子なんてダメ、とする家も当然あるだろうし、誕生日なんだから好きなものを食え、とするのもどちらもあり得る判断だ。


 そういう経験も踏まえて私が出せる結論としては『好きな食べ物を知る機会が増える』、『食べ物の中で選べる範囲が広がる』ことこそが、お金持ちなんじゃないかなって思っている。

 高価だから良い、のではなく、値段を気にしなくてもいいからこそ自分の味覚に合った食べ物を選択できる確率が高まる、くらいの感覚で居たいと私は思っている。今の私はまだ、そこまで徹底することはできていないかもしれないけども。



 ……さっきの冷凍餃子の話をするなら、ひなのさんには言わないが、確かに餃子は市販のものだけれども。

 あの方が餃子を食べるときにしか使わない専用のお醤油があって。そのお醤油は、あの方の家に訪問してくる百貨店スタッフに頼んで特別に取り寄せて貰っている品で、値段が分からないどころかラベルすら貼っていなかったし。



「……冷凍餃子とかお嬢様の対極にあるものだと思っていたけど、そんなこともあるんだねえ。

 ってことは、もしかして私の友達とかにも、明菜の『お嬢様』みたいな立場の子とか居たりするの?」


「――居るね、確実に。誰がどうとかは断言はできないけれど」


 ひなのさんの交友関係は『七夕』の一件である程度把握して、夏季セミナーのときには話しかけもした。その程度のレベルの印象でも、まず間違いないと思う。もっとも私の周りも似たような感じだけどさ。


 素朴な味が好みとか、逆にファーストフード好きとか、そういう部分は貴賤にはあまり影響してこない。少なくとも、ウチの学園では確実に。



 加えて言えば、『本物』のお嬢様同士であれば私などよりももっと精度高く判別しているだろう。私やひなのさんと仲良くしている人たちの中には、敢えて利害関係が生じないという打算的な考えで友達になっている人も居るかもしれない。


「……うーん、全然分かんないや」


「まあ、ひなのさんは人付き合いについてはかなり立ち回りが上手いので、気付いていないなら気付いていないなりの振る舞いで全く問題ないと思うけどね」


「……まー、確かに。いきなり対応変わる方が気持ち悪いもんね」


 そして、ひなのさんのこういうところが、彼女が計算でもある程度動いていることの証左である。



 そこで一旦、お嬢様トークが途切れたので私はちょっと気になっていたことをひなのさんに尋ねる。


「あ、そういえば。

 私の実家については今話した通りだけど、ひなのさんのご実家ってどんな感じなの? 前に、青森だって話は聞いたけど、それ以上のことは知らないや」


「明菜に比べれば、フツーだよフツー。

 実家はイカ漁をやってる漁師ですっ! 中学まではちょっと手伝ったりもしてたよ」


「あっ……だから、たまに早起きして清水寺に行けたりしていたんだねえ……」


「ウチは朝マズメ・・・・に漁に出ることが多かったからね――」


 それから続いたひなのさんの話によれば、姉が2人居るらしいが2人とも既に実家を出て専門学校や短大に通っているらしく、ひなのさんも碧霞台女学園に来たおかげで跡継ぎが不在の状況らしい。もし3姉妹全員が手に職を持ったらイカ漁はそのまま廃業となるのかな。



 こうしてお互いの実家の話が出揃ったことで、話は自然とお盆の帰省についてに移っていった。


「ひなのさんは、こっちに来てから初めての帰省になるんだよね?」


「まー青森はやっぱ遠いから、そうおちおちと帰っていられないよ。

 明菜はちょくちょく帰っているって言っていたけどさ。お盆だから特別なんかする、とかある?」


「お墓参りに行くのと……後は。お爺様ももしかしたら顔を出しに来るかもしれない、かな」


「明菜のお爺さんってもしかして住み込みで『執事』やってるの?」


 私が無言で頷けば、ひなのさんはようやくファンタジー的なお嬢様成分を摂取できたのか、満足そうにしていた。とはいえ祖父が勤めるあちらの家にはもう『お嬢様』は独り暮らしを始めて居ないのだけど。



 そんなことを考えていたらひなのさんは続けて話す。


「あ、じゃあ。お盆には明菜はお嬢様っぽいことは何も無いって感じかな」


「……別に私の家はお爺様だけちょっと特殊なだけで、それに軽く引っ張られているだけだからね。

 そんな『なんちゃってお嬢様』な私が出しゃばる機会は、そうそう無いよ」


「えー!? でも、明菜の『そういう面』もちょっと知りたいなーって」



 ……まあ、思えば。

 このやり取りはある意味ではフラグだったのかもしれない。




 *


 それから数週間が経過して。

 何事もなく宿題を消化しつつ、お盆前に帰省して。お盆が開けるタイミングで再び学園に戻り。それから数日後、ひなのさんも帰ってきた。



「明菜ー、お土産!!

 じゃーん、『太宰治クッキー』!」


「……前に言っていた故郷が太宰治を推しているって話は本当だったんだね。

 とはいえ、これは私1人じゃ食べきれないので、いくつか頂くからさ。残りは談話室に置いてもらっても良い?」


「りょーかーい!

 で、明菜は帰省して……うん、その反応。何かあった感じだ」



 私の表情の動きで、この銀髪少女には考えが見透かされてしまったようだ。

 まあ、別段隠すような話でもないので、すぐにひなのさんに手の内を明かことにする。



「……実は。

 ちょっとだけ、ひなのさんのことを家族にも話したんだけどさ。そしたら変な方向に話が広がっちゃって……。

 昔の日本画家の人が建てた和風のアトリエ……を改修した展示用の邸宅みたいな所の見学が出来るんだけど……ひなのさんも、来る?

 一応、特別な行事でもない限りは一般には非公開の場所なんだけどさ……」


 おずおずと紹介状を見せながら放った私の言葉の歯切れがあまり良くないのは、ひなのさんが興味を持つか、ちょっと未知数の場所だったからである。

 しかし――


「えっ、スゴいじゃん!? やっぱり明菜も隅には置けないなー。

 勿論、一緒に行けるなら連れてって! そんなの、絶対普通だったら無い機会じゃん!」



 ……どうやら、ひなのさんの琴線に上手く触れるものであったようであった。


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