黄金くじら 「ツクリモノ」
……僕はよく、テレジーとパンプスからぼんやりしているって言われていた。
確かに、パンプスみたいにたくさん喋ったり、テレジーの鍛冶のように、一つのことに集中し続けるよりは、並木道を散歩して鳥や虫を眺めたり、川に足をつけて魚を眺めたりする方が好きだった。
何より、パンプスの止まないお喋り、テレジーの途切れない槌の音を聞きながら眠るのが気持ちよかった。
それでも、この夜が明ける間……くじら、君を殺す間くらい、僕はテレジーが望んだ英雄でいられると思っていたんだけど……。
「……しまったなぁ」
失敗した。
左足のほとんどと、隠しきれなかった肩や胴体の所々が熱く炎が噴き出している。
運が良かったのは、まだ考えられる頭と、剣を握れる左手が千切れずに残っていること。右足がまだ地面を踏めること。
瞬く視界に時間がないことが解る。噴き出す炎がいつまで残っているか分からない。でも僕の
何とかまだ、動ける。
「でも、壊れてる」
問題は剣だった。剣もまた鉱物。杭のように太かったお陰で形は残っているけれど、今は刀身と、ちょうどパンプスの足跡が残る持ち手の部分しかない。
花火の機構が、消されている。
テレジーが造ってくれたものが壊れたショックに、思わず声が漏れる。
多分花火が無くても、僕自身が力を使って爆発すれば多少の威力にはなるだろうけど、これだけ大きさに差がある相手を殺せるだけ威力があるか分からない。
それに、それだけの炎が僕に残されているのかも。
剣を杖代わりに立ち上がり、僕はくじらの体内を見渡す。光は外に居た時も連発はしてこなかったから、少しは時間があるはず。
なんとか、出来ることを考えなければ。
けれどそこに広がる光景は、僕が知る生き物の体内とは違っていた。
「がらんどうだ……」
くじらは横倒しにしたから、僕が立っているのはその側面だろうと思う。
僕はくじらは外皮な頑丈な生き物だと思っていた。赤い光で自身が変質しないのだから、もしかしたら中身も頑丈かもしれなかったけど、それでも、普段食べた魚や動物と根本的には変わらないと、そう思っていた。
けれど目の前に広がる光景は、まるで横倒しになった部屋……倉庫といってもいい。
ただ、黄金が広がっている。
倒れる前は床側だった側面には、打ち付けられた黄金のテーブルが落ちずに残っている。
足元には、僕より小さい人型の何かが数体。でもこれは、砂埃に汚れていて、もっと昔から動いていないみたいだった。
現在天井になっている、穴を開けたところからも血が流れている様子はない。
何よりも、パンプスが乗っている二輪動力車、あれの部品のような歯車や、燃料タンクが転がっている。
僕でもわかる。
くじらは、造り物だ。
それもずっと放置された、壊れかけ。
光っていたのはただの消されなかったライトで、大地を金の砂に変えて国に迫っていたのは、誰かがそれを望んだから。赤い光を放てるのは、誰かがそう造ったから。
眠ったように見えたのも、近づいたら襲ってくるのも、そう決められているだけ。対峙した時に聞こえていた金切り音も、長い間放置され、動く度に軋んでいただけ。
いつから? なんで?
そんなもの、僕は知らない。
でも、くじらの意思。そんなものは存在しない。
「――……なんだよ、それ」
視界が白熱する。意識が途切れそうに、瞬く。
怒っているのか、落胆しているのか、分からない。
ただ、なんだか力が入らない。
くじら、君が生き物ならよかった。ただ、圧倒的なら。
テレジーが望んだように、可哀想だけど最期に自分の意志で君を殺し、結果国を救うことに繋がっても、自分の意志で
名前を遺すとかは、正直どっちでも良かった。
でもくじら、お前は造り物だった。
くじら、お前もどこかの
同じ使い捨て同士で戦ったって、ゴミが散らかるだけ。
結局は、どこかの誰かの使い捨てに終わるだけ。
「そう思わない? くじら」
僕は問いかけるように、視線を上げた。
そこには、まだ動けているくじらの中の人型がバチバチと音を立てる槍を持って、一つ目の羽根つきの造り物が数匹、キリキリと不快な羽音を立てて飛び、僕を見つめている。
当たり前だけど、返事なんてない。
ただ、羽根つきの目には赤い光が膨らんでいく。人型が持っている槍の先端にも、赤く光が集まっていく。
「……ゴメン、テレジー」
僕は空を仰いだ。開けた穴から見える空は真っ黒で、相変わらず星なんか見えなかった。
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