第40話  それからの二人は

「アマーリエ!貴女の庇護者はこの私よ!貴女は私からの恩も忘れて!自分だけが幸せになればそれで良いと考えているのね!」


 第三側妃様の声が木霊した。

 自分だけが幸せ・・そういうつもりでは無いんですけれども・・・

 そもそも、第三側妃様は私の庇護者だと言うけれど、庇護してくれた事なんて一度も無かったと思うのです。


 母が国王に手をつけられて生まれたのが私で、母が子爵令嬢だった私には後ろ盾というものが何一つなく、私の背中を支えて守ってくれたのは、至高の聖女のばば様だけ。


 ばば様が亡くなった後は辛い日々が続いたけれど、倒れた馬車の座席の下に隠れる私を見つけ出して、ここまで支えてくれたのは間違いなくツェーザルで、

「アマーリエ、お願いだから修道女をやめて、終生、俺を支え続けてくれないか?」

と、懇願するように私を見つめる彼を見あげて、私は覚悟を決める事にしたのだった。


 しわしわの手で私の頬を撫でてくれたばば様は、私が見届ける人なのだと言っていた。今はバレアレスの支配下に置かれたビスカヤの地が、今後、どうなっていくのかを見届けなければいけないし、ツェーザルの伴侶となるのならば、最大限、彼を支えて生きていきたい。


 純白の衣装を身にまとい、民の祝福を受けながら聖堂を移動すると、小さな赤ちゃんを抱えたセレスティーナ様が、私の額にキスを落として御子の祝福を与えてくださった。


「アマーリエ様、結婚おめでとう!」

「ビスカヤ公爵ツェーザル、結婚おめでとう」


 私たちの結婚式に、バレアレス王国の国王と王妃、そしてまだ赤ちゃんの王子までもが参加する事になったのには大きな意味がある。


 ビスカヤ王国とバレアレス王国は、国の規模としてはほぼ同等、一時期はビスカヤの方が国力が大きかった事もあり、隣国同士、お互いを牽制しあうような状態が続いていたのです。


そんなビスカヤの国力が衰え、王侯貴族の腐敗が進んだ為、王族へのクーデターを企てた(という事にされている)ツェーザルの後押しをする事で、バレアレス王国は腐敗した王家を罰して、ビスカヤ王国を支配下に置く事になってしまったのです。


 ビスカヤ貴族の反発は大きかったものの、多くの国民はツェーザルを支持しました。

 だって私の父や、その取り巻きとなった多くの貴族は民から搾取するだけで、彼らの生活を保護しようとは一切考えるような事をしなかったから。


 クピ族に滅ぼされたジェウズ侯国を解放したのもバレアレスの王なら、ツェーザルを後押ししてビスカヤの圧政から民を解放したのもバレアレスの王という事もあって、大多数のビスカヤ国民はバレアレス王国の統治を受け入れたわけです。


 実際、バレアレス王国の統治下となって以降、私服を肥やした貴族は排除され、取り上げた私財は民に分配される事になり、ビスカヤ国民の生活は見違えるようにして良くなって行ったのです。


 祝宴を行う広間へと移動する際に、私は、聡明なるアデルベルト国王陛下にある疑問をぶつける事にしました。


「陛下、一つだけお聞きしたかったのですが、何故、至高の聖女と呼ばれたカンデラリアの遺骸に対して『切り離し』の行為を行ったのですか?」


『切り離し』とは、神の慈悲との切り離しを意味する。

 大きな罪を犯した罪人に対して行われるものであり、首を切断し、その遺骸を燃やす事で神との繋がりを断絶する。そうする事でその魂は輪廻の輪に乗れず、どこの世界からも隔絶されると言われているのだった。


「アマーリエ、君にとってカンデラリアとはどんな存在だった?彼女は聖女らしく、慈悲深い、慈愛に満ちた人だったかい?」


 突然の私の質問に、陛下は不快な表情ひとつ見せず、穏やかな瞳となって私に問いかけてきたのでした。至高の聖女、カンデラリアは私にとって・・・


「悪魔のような人でした」


 至高の存在のはずなのに、ばば様とは全く異なる存在。

 ふっと小さく笑うと、陛下は私に説明をしてくださった。


「至高の聖女カンデラリア、君の異母姉となる王女マリアネラ、我が国の子爵令嬢リリアナ、この三人は、自分こそがこの世界の主人公だと信じていたのだろう。彼女たちは欲望に忠実で、自分たちが思うままに行動するためならば、多くの者が被害を被っても、多くの人が例え死んだとしても、心動かす事がない。周りの命は塵芥と同等程度にしか考えていないのだと思う」


 陛下はビスカヤの王宮の長い回廊を歩きながら言葉を続けた。


「この世界にもしも神がいるとして、我々がいるこの世界自体が神にとっての箱庭だとしたら。その箱庭の中で、主人である神の慈愛を無視し、好き勝手に害を撒き散らす彼女たちは害虫以外のなにものでもないのでは?」


 至高の聖女が害虫?


「例えば、その箱庭にお気に入りの美しい薔薇があったとして、その薔薇を守るために害となる油虫を駆除する虫なら放っておかれるだろうが、その薔薇を毟り取り、食い散らし、最後には根まで枯れさせるような害虫であれば、容赦する必要など無いだろう?」


聖国の姫巫女は神に愛される存在、陛下が言う薔薇とはセレスティーナ様の事を言っているのだろう。


「害虫に好き勝手されたまま箱庭が荒らされるだけ荒らされれば、神はお気に入りの箱庭であっても捨ててしまうかもしれない。我々の今住むこの世界が神に見放される前に、出来る事はやらなければならないと思うのだがね?」


 神の薔薇(セレスティーナ様)を守るために、箱庭にとっての害虫をこの世界から切り離した。神の薔薇を守るためには最大限の配慮をしなければならないという事だろう。


「害虫は二度と、この世界には戻って来ないのですか?」

「そのように出来たと思うね」


 人と人とはどうしても争いを引き起こしてしまうものだけど、目に見えない大きな力によって、世界が大きく歪み始めているのを確かにあの時、感じていた。


 最後にばば様は私の手を握ってなけなしの力を与えながら、言葉にはしなかったけれど、私に結末を見届けるようにと願っているように思えた。


 今こうして考えてみると、私は確かに、やらなくてはいけない事を確実に行う事が出来たのだろう。そうして世界の歪みが止まり、正常な状態へと今、時間をかけながら戻り始めている。


 前を歩くセレスティーナ様とツェーザルがこちらを振り返る、陛下と話している間に足なみが遅れて、前を歩く二人から距離が出来てしまったみたいだ。


 セレスティーナ様が愛情深い眼差しで陛下を見つめ、ツェーザルが熱の籠った眼差しで私の方を見つめている。

 嫉妬にも似た眼差しの鋭さを感じて、胸が弾け飛ぶような感覚を覚えた。


「陛下、結婚の儀を終えたばかりの新妻を独占するのは如何かと思いますわよ?」

 セレスティーナ様の言葉にアデルベルト国王陛下は形の良い眉をハの字に下げると、

「そんなつもりはなかったのだが・・・」

と言って、セレスティーナ様をエスコートするために手を差し伸べた。


「アマーリエ」


 ツェーザルが差し伸べる手に自分の手を乗せると、引き寄せるようにして腰を抱かれる。

 今度は、国王ご夫妻と私たちとで分かれながら歩き出すと、

「やっぱり陛下みたいな男前が良いとか言い出さないよな?」

と、心配そうにツェーザルが言い出した。


「え?」

 確かに陛下は太陽の光を溶かし込んだような金の髪で、王家の象徴とも言われる鮮やかな紺碧の瞳を持つ美丈夫だけれども、顔が魅力的だからという理由で心移りするわけがないのだけれど。


「セレスティーナ様の美しさにメロメロになって、やっぱりこっちの方がいいな〜と思ったから私にそんな事を言い出したの?」

「バッ!バカッ!そんなこと!」

「ある訳ないですよね?」


 お互いの顔を見合わせると、思わず笑い出してしまう。


 私たちは間違いなく、誰にも相手にされる事がなかった末端王族で、今まで辛い思いを散々してきた同志みたいなものだった。海千山千乗り越えてきたような私たちが、顔の美醜で心を動かされるなんて事があるわけがない。


「私、ツェーザルの事が好きですよ」

「・・・・・」

 真っ赤になってそっぽを向くツェーザルは、かなりシャイだと思うのだけど、

「・・・・・」

自分の顔に熱を感じて、思わず私も俯いてしまう。


 長年、修道女をやってきた私としては、俗世の恋愛に疎いところもあるし全く慣れないところもあるので、いつまでも真っ赤になっている私たちの初々しさに、後の二人がほのぼのしているなんて、全く気が付く余裕もない状態だった。



 世界はガラリと変容をした。

 わざわざバレアレスまで駆けつけてくれたアマーリエ王女によって、セレスティーナは命を助けられ、今まで世界を覆い尽くしていた不穏な何かが取り払われたかのような、清浄な空気が一気に流れ込む様を、あの時確かにこの身に感じた。


「なんて初々しいんでしょう!私たちにもあんな時があったのかしら?」


 顔を赤らめながらチラチラとお互いを見つめ合う、ツェーザルとアマーリエ公爵夫妻の姿を後ろから見つめながら、セレスティーナがホウッとため息を吐き出している。


 お互いに生まれ変わる前の記憶を思い出し、全く異なる性格同士が混ざり合うのには若干の時間がかかったようには思うが、お互いを心から求め合う心は今も昔も変わらぬままで、俺は可愛らしい彼女の顔を見つめると、目と目が合って笑みを浮かべた。


「それで、アマーリエ様と何の話をしていましたの?」

「切り離しについて話していたんだよ」


 セレスティーナは一瞬、悩ましげな瞳となって俺を見上げると、

「もう、繰り返しは行われないって事は分かっておりますのよ?」

と言って、小さな笑みを浮かべた。


「ラウルが生まれた時にね、頭の中にゲームのエンドロールで流れる曲が流れてきたんですもの。ああ、遂に終わっちゃいましたのねと思いましたのよ」


 嘘だろう・・・


「全く聞いていないのだが?」

「気のせいだったら困るかな?と思って、今まで言っておりませんでした」


 その発言は絶対嘘だ、嘘に決まっている。


「意地悪をしたんだろう?今までの恨みを晴らすために意地悪をしたんじゃないのか?」

「どうでしょうね?貴方だったらどう思われます?」


 過去八度、塩対応をした挙句に妻を死へと追いやった事を考えれば、文句の一つも言えるわけがない。妻の小悪魔的な笑みを見下ろしながら、一生頭が上がらないだろうと覚悟を決める。


「まあいいよ、君が居れば、俺は何でも良いのだから」

「私も貴方がいればそれでいいわ!」


お互いの頬にキスを送り合う。

ゲームが終わったのだとすれば、神の慈愛を忘れず、神の機嫌を損ねぬように、自分たちの人生を歩むだけ。そう考えれば、気が楽以外の何ものでもない。


 妻と子と、そして多くの国民に幸あれば、それで何の問題もないのだと俺は思うのだ。もう二度と人生は繰り返さない、いや、繰り返す事は出来ない。

「ごめんなさい・・意地悪し過ぎましたか?」

 俺は自分の頬を流れる涙を拭いながら、妻の頭にキスを落としたのだった。そうして、もう二度と離さないと、心の中で光の神に誓った。



 涙を流す夫を見上げながら、悪い事しちゃったかなとちょっと反省。

 私は本当に死にたくなくって、今まで散々、苦労をしてきたわけだけれど、これくらいの意地悪くらい光の神さまだって許してくれるのに違いないわ!

「愛しているわ」

そう、耳元で囁きながら、もう一度、夫の頬にキスを贈る。ようやっと私は賭けに勝ったの、賭けに勝って貴方の愛を手に入れたわ。

「俺も愛してる」

 夫は私の額にキスを落とした。

これは生まれ変わる前から続く愛の物語。

 勝者が誰かって?それは最後まで言わなくても誰もが分かっている事だと思うの。


                                    〈完〉

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私はまだ死にたくありません!  〜九回目のループ中に姫は生き残りを賭ける〜 もちづき 裕 @MOCHIYU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ