第29話  悪役姫と王妃の間

 過去、8回の人生の中で一度も行った事がない王妃の間。

 王宮の奥宮に位置する、王妃が要人との面会に使う応接の間という事になる。


 鮮やかなミモザ色の壁紙に彩られたその部屋は、重厚な家具が設えられた華美というよりは洗練された印象の部屋であり、

「ふわー〜―・・・」

ぐるりと一周、部屋を見まわした私、セレスティーナは、明るい色調の部屋に好感を持ってしまった。


「こちらの隣の部屋が王妃の執務室、更に隣がプライベートルームという事になります」


 王妃の間はミモザ色で彩られていたけれど、執務室はミントブルーの薔薇の花の壁紙で彩られ、鮮やかながら落ち着いた雰囲気となっている。

 樫材の大きな執務机の後ろの壁一面が本棚となっており、空の状態となっていた。


「セレスティーナ様のお好みの本を入れる予定でおりましたので、現在、こちらの本棚には何も入っておりません。ご要望があれば、すぐに用意するように致しますが?」


 侍女頭のマリアーナが微笑を浮かべながら伺うようにこちらを見るので、

「とりあえず、今の所は空のままでいいです〜」

と、顔を引き攣らせながら答えたのだった。


 何故、私が宮殿の中でも最奥に位置するこの場所まで出向いているのかというと、

「セレスティーナ様、セレスティーナ様は今もこちらの客室をご利用しているという事は、貴女様が使う予定である王妃の部屋に不服があっての事でございますよね?」

と、マリアーナが尋ねて来たからだった。


「今は少し国の中がゴタゴタしておりますので、お好みに合わせて大きな改築工事を行う事は出来ないのですが、簡単な工事であれば行っても良いと国王陛下よりお許しを得ております。ですので、何処が不服であったのか教えて頂けると嬉しいのですが」


「えーーっと」

 私と私の専属の護衛で侍従扱いのチュスは、困り果てた感じで顔を見合わせた。

「不服も何も、一度も足を踏み入れた事がないので、何処か良いのか悪いのかも分かりません」

「え?」

 驚いた様子で固まるマリアーナがチュスを見るので、チュスが困り果てた様子で小さく肩をすくめて見せた。


「王妃の居室がお好みではないから、こちらの部屋に移動になったとお聞きしているのですが?」


「お好みも何も、姫様は今まで一歩たりとも王族のプライベートスペースには足を踏み入れてはおりません」


 そうなのです。私は一応、正式なこの国の王妃様なのですが、今利用しているのは外国の要人が宿泊するような客間ですからね。

 お飾り王妃に対する対応だとしても、相当失礼だなって感じですけど、別にいいんです。


「以前には、もっと狭くて日当たりも悪いような場所に詰め込まれた事もあるので、今までの待遇の中では、ここは上位ランクの部屋だと思いますし、マリアーナが気にする必要なんてないですわ」

「日陰の部屋でございますか?」

 侍女頭マリアーナの怒りが物凄い事になっている為、チュスがフォローをするように言い出した。


「姫は神の血を引くゆえか、今まで何度も人生を繰り返しています。ですので、日陰の狭い部屋というのは、過去の人生の中で受けた対応になります」

「牢屋に比べれば、日陰だろうが何だろうが、きちんとしたベッドがあるだけマシだと思いますもの」


 過去、6回も牢屋に放り込まれていますからね。牢屋での一ヶ月に渡る生活を考えれば、客間での応対なんか天国での対応みたいに思えますもの。


「私はあくまでもかりそめの王妃ですし、アデルベルト国王陛下が再婚した暁には、即座にここから出て行くつもりです。そう考えると、王妃の部屋というのは使用しないまま次の人に明け渡したほうが良いと思うのですけれど?」


 本当なら、アデルベルトが居ないうちに、王宮を抜け出して何処かに逃亡したいところなのだけれど、今まで二度の逃亡に失敗しているという事もあって、逃げ出す気が起きない状況なのです。


 早いところ恋人と結婚を決めて、私との離縁を決めてくれないかしら・・・


「セレスティーナ様、我が国の王妃の部屋は、セレスティーナ様以外に利用する人は居ないと私は考えます。使用するかしないかは別として、一度、ご自分の部屋を見に行かれては?」


「見るだけですか?」

「今は見るだけで構いません!」


 実は一度目の生では、王妃の居室を利用したくて仕方がなかったのよね。


 望まれて嫁いで来たはずなのに、結婚の儀式を行った後に連れて来られたのがこの部屋(要人向けの客間)で、それ以降、私は王家が利用するプライベートスペースに入る事すら出来なかった。


 子爵令嬢であるリリアナは出入り自由なのに、王妃である私は近衛に止められて一歩たりとも廊下のその先へ進む事すら出来ないのだもの。本当にあの時は頭に来たし、大きくプライドを傷つけられる仕打ちでもあったわね。


 だけど、いつでも嫁いだ頃には祖国は滅んでいるし、後ろ盾ゼロの私の擁護をする人など一人も居ない状況で・・・私は、王家の人々が住み暮らすという場所へと足を踏み入れる事すら出来ない状態で・・・


「セレスティーナ様?」

「姫!姫様!」


 思わず涙がポロポロとこぼれ落ちたのは、あの当時の自分の無力さとどうしようもない孤独を思い出しから。それから、過去、こんな現状が嫌すぎて逃亡した末に、犬に噛み殺され、暗殺者に胸を突き刺されて殺された事を思い出したから。


「私が余計な事を申しました!別に今いるこの場所を王妃の間として改装することも出来るのですから!」

「いいえ!ここを王妃の間に改装する必要なんてありません!」


 ここは来客が使う場所でもあるので、王宮の端に位置していますし、こんな場所を『王妃の間』なんて事にして工事なんかされた暁には、亡国の姫がまたわがままを言って血税を無駄にしたとか何とか言われて、ギロチン行きになってしまいますものね!怖い!怖い!怖い!


「私、王妃と言ってもかりそめでお飾りです・・・」


 本音を言うと、放っておいて欲しい。

 どうせ、処刑台に連行されるんだろうし、もう、本当に、牢屋に入れられるまでは放っておいて欲しい。


 だけど、侍女頭であるマリアーナのこちらを気遣う姿を見ていると、あまり無碍にも出来ないので、

「お飾り王妃ですけど、王妃の居室の見学はしてもいいですか?」

と言うと、ほっとした様子でマリアーナは笑顔を浮かべたのだった。


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