第27話  王女アマーリエ

 至高の聖女であるカンデラリアの世話役として馬車に乗せられた私、アマーリエは、ビスカヤ王国からバレアレス王国に移動中、馬車が横倒しになって、外れた座席の下敷きになっていたわけです。


 どうやら暴動が起きたようで、聖女様は外に集まった男の方々に引っ張り出されるようにして外へと連れ出されてしまいました。

 天井部分に馬車の扉が来るような形となり、開いた扉の外には灰色の雲に覆われた空しか見えません。


 ビスカヤ東部を流れるネグロ川という大河が氾濫して、多くの街が水に飲み込まれたという話も聞いていますし、癒しの力を持つ巫女の救援を要請されていても、上層部を牛耳る司祭様たちが全てを握り潰していた事も知っています。


 今の聖女教会はお金を積まない限り、癒しの力を使った奉仕を行いません。

 皆から、ばば様と呼ばれて慕われた、偉大なる至高の聖女様がお亡くなりになって以降、聖女たちの力は衰えているような状態でもあるのです。



 私は一応、国王が侍女に手をつけて生まれた末端の王女となりますが、十歳になると3番目の側妃様の差配によって、聖女教会の修道女になる事が決定したわけです。


癒しの力を持つ女性を聖女として信奉する宗教組織がここ最近、勢力を拡大している事もあり、光の神を信奉していた我が国では、聖女教を国教にしようという動きが加速していた時の事でした。


「貴女は賢いから、大人では見えない何かが色々と見えると思うの。勢力を拡大する教会の中がどうなっているのか、逐一、私に報告しなさい」


 母が下賜されて以降、私の後見人となってくれたのが3番目の側妃様だったので、側妃様に対して私に否と言う権利は存在しないです。


 末端でも王女という立場の私が修道女として聖女教会に入る事が決まった時には、教会の幹部の人たちは大喜びだったと聞いていますし、聖女カンデラリアが力をつけるまでは、私は確かに、聖女教会で大事にされていたわけです。


 私よりも七歳も年下になるカンデラリアは、本当に恐ろしい娘でした。

 


 欠損した腕を再生出来るのは、御年八十歳になる至高の聖女様だけ。至高の聖女様のみが行える御技を、儀式の最中に十歳のカンデラリアは行ったのです。あっという間に至高の地位に登り詰めたカンデラリアは、私を呼び出して、

「ねえ、貴女、私の側仕えになってくれない?」

と、言い出したのでした。


 彼女は私を自分の下に置くことで、自分は王家の人間よりも偉いのだと実感したかったのでしょう。


 至高の聖女となったカンデラリアが王女である私に暴言を浴びせ、時には暴力を振るい、時にはメイドでもしないような仕事をこなせと命令し、それを止めに入ったのは、皆からばば様と慕われる至高の聖女だったけれど、

「面倒だから殺しちゃった〜」

と、カンデラリアが言い出したのは五年ほど前の事。


 倒れたばば様に私が駆け寄ると、ばば様の手を、私は握りしめました。

ばば様のその足元には陶器の茶碗が転がっており、その近くには、祭司長様が立っていました。

「至高の聖女様は心臓が元々悪かったのだろう、ここまで長生きをされた聖女様は天寿を全うしたのでしょう」

 倒れたばば様を祭司長様はそう言って抱き上げると、ばば様が利用する寝台へと運んでいったのです。


 ばば様は死んだ。そして毒ではなく、高齢ゆえにお亡くなりになったのだと、祭司長様は言いたいのだろうと思いました。

 カンデラリアが毒を盛ったのは間違いないのですが、その現場を私に見せつけて何の得があるのだろうかと疑問に思いました。ばば様が死んだ場所へ、何故、私を招き入れるような事をしたのだろうかと。



「ねえねえ、実はばば様は、アマリーエ様に殺されたらしいのよ」

「ええ?うそ!王女に殺されたの?」


「毒を盛られたみたいなの。ほら、王家の方では聖女教会を国教にするしないで揉めていたみたいじゃない?それで、修道女になりながらも、光の神を信奉し続けるアマリーエ様が偉大な存在であるババ様を殺したみたいなのよ」


「えええ!だったら、アマーリエ様は捕まって然るべきでしょう!」

「だから!アマーリエ様は末端とはいえ、王女でしょ?」

「嘘でしょう!そんな事が許されるわけないわ!」


 修道女見習いのおしゃべりを隣の部屋から聞いた私は、カンデラリアの意図を理解し、即座に側妃様に連絡を取る事にしたのだった。


 側妃様には、ばば様を殺したのはカンデラリアであると報告したし、その事を祭司長が隠蔽する事に決めたという事を報告していたのです。


 教会内では私こそが、ばば様を殺した犯人であるという報告が上がって来たのだと、側妃様の返書には記されていました。


『貴女が尊敬してやまない高齢の至高の聖女を毒殺したとは思わない、カンデラリアが毒を盛ったと貴女が言うのなら、彼女が毒を盛ったのだと判断する。だがしかし、貴女がまんまと殺害現場に誘き出された時点で、こちらの負けは決まったも同じこと。貴女という存在に聖女教会が目を瞑る代わりに、ビスカヤ王国の国教は聖女教へと変更される事が決定した』


 至高の聖女となるカンデラリアに逆らえるのはばば様のみ、私程度の末端王女が、呼び出しに否を突きつけられるわけがない。それにきっと、あの場に向かわなかったとしても、私はばば様を毒殺した犯人として祭りあげられたのに違いない。


『年若い至高の聖女は貴女を手元に置いて教育を施すと言っているけれど、貴女を監視するために置く事にしたのでしょう。私自身も、聖女カンデラリアは危険人物と判断しています。貴女自身もまた聖女を監視し続けて、私に報告し続けなさい』


 それからの日々は、端的に言っても地獄だった。

 何度死んでしまいたいと思ったか分かったものではない。


 あっという間に聖女教会は金儲けの集団となり、金を求めれば求めるほど、聖女の癒しの力は弱まっていると皆が言うのに、上の人たちはその意見を無視し続けた。



 夜まで私は馬車の中に隠れ続けていたのだけれど、聖女の私物を取りに来たツェーザルに見つけられて、馬車の外へと連れ出された。


 馬車に乗る前から痣だらけ、傷だらけだった私の異様な姿に気がついたツェーザルは、国境の街スブラの町長の息子だという。


「古傷も多いみたいだな・・聖女に癒やしてもらう・・って事はないんだな」

 私のような者には癒しは与えられないのだと暗に含めて言ったわけではなく、

「聖女に癒しの力があるだなんて、デタラメだもんな」

と、ツェーザルは吐き捨てるように言ったのです。


「出鱈目とはどういう事ですか?」


 私の質問に、ツェーザルは驚いた様子で瞳を見開いた。


「出鱈目は出鱈目だろう?至高の聖女だと自分の事を主張する女は何の力も持っていやしなかった。呪文みたいな言葉は吐き出していたが、何の効果も現れない。そもそも、派遣される見習い聖女だって癒しの力なんか使えない、薬草頼みの治療しかしないじゃないか!」


「いえ、そんな・・そんな事はないはずです」


「うちの街は洪水で沈み、しばらくしたら、流行病が蔓延するようになった。たくさんの人間が死ぬのを待ちながら苦しみの声をあげている。お前たちが何も出来なければ、俺たちだって何も出来ない。死ぬのをただ待つだけだなんて、地獄みたいな有様だ」


「いいえ!いいえ!そんな事はないんです!」


 気がつけば私は、ツェーザルの腕を掴んでいた。


「私を・・私をその病気の人たちの所まで連れて行ってください!お願いします!連れて行ってください!」

「癒しの力なんてないんだろう?そんな奴を連れて行ったって・・・」

「いいから!早く!」


 聖地生まれでない私には、元々癒しの力なんて持っていなかった。

 そう、元々、そんな力は持っていなかったけど・・・

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