第24話 アデルベルト王の戦略
馬鎧をつけた騎兵部隊は重戦車(・・・)並の威力を発揮する。
重戦車なるものがこの世界には存在しない事を理解しているけれど、僕の中の『俺』が生きていた世界には存在した兵器になるようだ。
凶悪で残忍と言っても、集団の兵法を全く理解していない部族相手の鎮圧行動は、はじめに馬で蹴散らして、後からやってくる歩兵連隊に処分させるという形が一番、手っ取り早かったりする。
潜伏させていた者たちに市民の煽動を任せているので、クピ族は市街戦に持ち込む事も出来ない。慌てふためきながら占領した侯国の王城へ逃げ出す男たちは、王城の中に入ってからも驚き慌てた事だろう。
ジェウズ侯国の王城は地下水を飲み水として利用しているのだが、たった一つを除いて全ての井戸に毒を流し込んでおいたのだ。
王城に取り残された人々はたった一つの井戸しか利用出来ない状態だった為、クピの嫌がらせが今回は良い方向で働いたという事になる。
そこまでやっても、毒の耐性がある人間なんかは一矢報いようとこちらに襲いかかってくる為、刃を振い、敵の殲滅を無慈悲に行う。
想像以上に王城内は広かったので、さて、何処に行ったら良いだろうかと足を止めたところで、
「アデルベルト・バレアレス国王陛下、敵のアジトへは私がご案内いたします」
と言って、侯国の第二王子であるランメルトが声をかけてきたのだった。
侯国には二人の王子がいたが、王者の風格を持つ第一王子を皆が愛し、武術を不得意とした第二王子はそのうち周囲から疎んじられるようになっていった。
直情的な第一王子の方が傀儡としやすいと考えた人間も多かったし、侯国の王自身が我が子を差別し、一人の王子のみを溺愛した。
聡明なるランメルトは決して前に出ず、周囲から馬鹿にされ続けても、ただただ、兄の影に潜むようにして生きていた。
そんなランメルトを蔑んだ眼差しで兄は見つめたが、自分に逆らう事はないだろうと踏んで実の弟を居ない者として扱うようになったのだった。
王宮の奥はすでにランメルトの手の者によって制圧が済んでいるようで、クピ族の遺体しか転がっていない。
玉座の間のすぐ近くにある、豪奢な扉で封じられた会議場の扉が開けられると、中から生臭い男女の体臭の匂いと血の匂いが入り混じった状態で、外へと流れ出してきた。
「水路には痺れ薬を流し込みましたが、こちらの者たちには強力な毒を盛っています。毒を盛ってもなお生き残った者には剣を突き刺し絶命させていますが、このような処分で宜しかったでしょうか?」
「ああ、問題ない」
族長クラスは一ヶ所に集まっているとは聞いていたが、女の死体の方が多いように見えるほど、中は悲惨な状況となっていた。
「助けて・・助けて・・・ランメルト様・・助けて・・・・・」
死体の合間から一人の女が這いずり出してくる、その女はランメルトの事を良く知っているような様子で、白い手を伸ばし、助けを呼んでいた。
「ああ、ビスカヤ王国のマリアネラ王女が生き残っていたみたいですね」
冷めた眼差しで女を見下ろしたランメルトは、
「ビスカヤ王国との取引に使いますか?僕としては、連れて行ったところで向こうは見向きもしないんじゃないかと思うんですけどね」
と、感情の籠らない声で言い出した。
ジェウズ侯国の第二王子は、兄の影にいつでも隠れている気弱で善良な男、と、一般的には思われているようだが、それが偽りの姿だという事を知っている。
聖女教会に唆されて聖国カンタブリアを滅ぼしたフィルベルト第一王子は、自身を神をも超越した存在であると思い込むような所があったらしい。
そんな兄を持て囃すのみの両親を見て、ランメルト王子は早々に見切りをつける事にしたわけだ。
聖国周辺では聖女教会の勢いが止まらず、いずれ光の神も信奉される事が無くなるだろうと考える人間も多かったかもしれないが、ファティマ帝国の国民の約八割が信奉するのが光の神なのだ。だから、侯国が聖国を滅ぼせば、その後から帝国が出てくるのは目に見えている。
侯国の動きをこちらに知らせ、セレスティーナを回収するようにバレアレス王国に願い出たのもランメルトだ。
王家に恨みを持つ家臣をまとめ上げたのもランメルトだし、クピを招き入れて侯国を滅ぼしたのもランメルト。
侯国を滅ぼす事によって大多数の国民の命を救うことを選んだランメルトは、最後の一仕事とばかりに僕の前へ跪き、自分の首を晒すようにして出すと、
「陛下ご自身の手で、最後の生き残りの処分をして頂ければ幸いにございます」
と、言い出した為、這いずるように前に出てきた王女が愕然とした様子で目を見開いたのだった。
妹を殺されたギレスベルガー辺境伯も、周囲から疎んじられた悲劇の王子であるランメルトも、非常に優秀な人間だった。
侯国の王は優秀な人間にこそ、災いをもたらし、悲劇を与え、その者の苦しむ姿を眺めながら愉悦を感じるような人間だったようで、自分の器の小ささをわざわざ露呈するような行為が僕には理解できなかった。
ランメルトの首元に長剣を置きながら、僕は厳かに宣言する。
「これから姓を失い、ただのランメルトとして、帝国の官吏に採用する。我、アデルベルト・バレアレスは皇帝より差配を任じられた者なり。我らに協力した貴族については、身分は据え置きのままとし、帝国の忠臣となる事を命じる」
剣を鞘に戻すと、跪いたままランメルトは大きなため息を吐き出した。
今後は帝国に支配されるようなものなのだ、ジェウズ侯国内から追い出されるような事だけは免れたという事に、安堵のため息が出たのだろう。
「それでは、帝国への忠誠の証として、ビスカヤ王国の王女マリアネラの首級をファティマ帝国の皇帝へ捧げましょう」
今まで侯国はビスカヤ王国の支配下にあるようなものだった。
そのビスカヤと袂を分けたと意思表示するのに、王女の首は確かにちょうど良いかもしれない。
皇帝が生首を見て喜ぶわけじゃないけれど、そういう覚悟でいるのだと明示するには丁度良い。ビスカヤの王が王女を溺愛していたのは有名な話なので、王女の骸を王国に送らず、帝国に首を送る。それは帝国への恭順を意味していた。
「やめて!やめて!やめて!やめて!ランメルト様!助けて!ランメルト様!」
『ゲーム』という中での物語では、平和を主張する為に訪れた王女(ヒロイン)は、例え侯国が滅ぼされたとしても二人の王子と共に戦火から逃げ出す事になる。
なんだかんだ言ってぬるい展開のバッドエンドを迎える事になるのだが、実際に迎えてみればこれこそ本物のバッドエンドという奴になるのだろう。殺される王女の姿を眺めながら一人呟いた。
「残ったヒロインは後一人だけだな」
僕と俺が混ざり出す、すでに物語からは逸脱した展開を進めているのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます