第12話 アデルベルト王の思考

「見てください!私に付き従っている護衛?侍従?執事?もう、なんて名称つけたら良いのかさっぱり分からなくなっているんですけど、このチュス・ドウランは!見てください!女!見て!女!女だから!女!」


 婚礼の儀を行った後、応接室へ招き入れられたセレスティーナは、チュス・ドウランの胸を下から掬い上げるようにして持ち上げ、タプタプさせながら必死の声を上げていた。


 乳母の娘であるリリアナ・イリバルネが腕に絡みつきながら、さも嬉しそうに言っていた。


「セレスティーナ様が故郷からお連れになった恋人との関係にお悩みになっているのでしょう?あんな人の事なんて気にする必要なんてないわ!・・毎日掃除に入るメイドが噂していますもの!毎日、二人で愛し合った形跡がシーツにも残っていて、片付けるのが恥ずかしいし、陛下にも申し訳ないと思っているって!・・仮にもセレスティーナ様は陛下の伴侶となったわけでしょう?」


 僕の性格から考えるに、もしも望んで娶った妃が祖国から愛人を連れて嫁いできたとするのなら、恐らく嫉妬と憎悪で身を焦がす事になるだろう。


「姫様曰く、アデルベルト陛下は毎回、姫様を愛さない、視界に入れない、同衾しないの三箇条を掲げているそうでして、放置は当たり前、最後は冤罪で死刑がいつもの事。今回の生ではとにかく、陛下には愛する人と再婚して頂いて、自分は冤罪を受ける前に無罪を主張して最後まで生き残りたいのだと訴えておりまして」


 セレドニオの言う通り、チュス・ドウランがセレスティーナの愛人であると僕が信じていたとしたら、僕は姫を愛さない、視界にも入れない、同衾もせずに放置するだろう。


 他に愛する人が居るというのなら、そいつと愛を育めば良いだろうと思い込み、冤罪で死刑に追い込むなんて事もやるだろう。


『そういうキャラなんだからしょうがねえ、恨むんなら運営を恨むしかねえだろうな』


 過去の自分が頭の中で語りかける。全く異なる男が自分の中に現れて以降、時間をかけながら混ざり合おうとしているのが自分でもよくわかる。


 それが決して不快な物ではなくて、必要だからしているという感じだ。セレスティーナは過去8回殺されて、その都度、何年も前の時代に巻き戻るというような事を言っていたのだが、それは事実なのかもしれない。


 チュス・ドウランは女性だった。


 護衛も兼ねている為、身動きが取りやすいように常日頃男装をして、男のような話し方をしている。よくよく考えてみればすぐに分かりそうなものなのに、チュスが男であると今までの僕はどうして信じこんでしまったのだろう。


 他国に嫁ぐ予定の姫君にたった一人、男の護衛などを付けるわけがない。姫は貴重な産み腹なのだ、誰の種ともしれないものが生まれ出るような事は禁忌とされているのだから。


「今回の陛下の恋人はリリアナ・イリバルネ様だという事が判明し、姫様は過去に、イリバルネ嬢によってギロチンニ回、絞首刑一回を行われた過去を思い出されて、部屋へと引きこもってしまいました。しばらくの間は、とてもお手伝いなどは出来ないという事を重ねてご報告させて頂きます」


 チュスからの懇願を受け、セレドニオはセレスティーナを横領の証拠集めに利用するのを一旦やめても良いだろうかと尋ねてきたのだが、僕は即座に却下した。


「有能なセレスティーナを今の時点では外せない。叔父上や宰相の所から押収してきた書類を確認するのに彼女の力は必要だし、なるべく彼女には、僕の存在に慣れて貰わなければならないと考えている」


「はあ・・まあ・・確かに・・セレスティーナ様はアデルベルト陛下の妃ですしね」


 初日に泡を吹いて倒れられたので、今まで遠慮に遠慮を重ねてきたが、それで何かが改善される事など一つもないのは知っている。


「だから、僕もこれからは自分の仕事は執務室で行わず、ここで行う事にしようかな」

「はあ?」

「セレドニオが今使っている席は僕が使うから、セレドニオはそこの部下をどかして、自分の席にしてくれる?」

「はい?」


 国王である僕は機密とされる文書も取り扱う関係から、国王の執務室で書類を裁いているのだが、側近であるセレドニオは、彼の直属の部下十二名と同じ部屋で仕事をしている事になる。最近ではそこにセレスティーナとチュスの席が追加されたのだが、彼女たちの席はセレドニオの席から最も離れた一番奥にセッティングされている。


「近くに寄ると泡を吹いて倒れちゃうけど、この距離だったら大丈夫だと思うんだよね?とりあえず仕事の上司と部下というフランクな関係で、顔を見て慣れるところから始めたいと思うんだよ」


「最近ではお食事もご一緒に摂るようになったと聞いておりますが?」


 確かに僕は、朝食と夕食をセレスティーナと摂るようになったが、十人は座れる長卓の端と端に座って、向き合って食べている。


 あまりにも距離感がありすぎるんじゃないかとも思うのだが、近づきすぎると失神するので、慣れさせるしかないと今は我慢をしている所なのだ。


「セレドニオが使う席とセレスティーナの席は長卓と同じくらい離れているから大丈夫だと思うのだが」


 大きなため息を吐き出したセレドニオは、しばらくの間、両手で自分の顔を覆って固まった。


「初手の対応を侍女頭任せにしていたのは私の落ち度でもありますので、出来る限りの協力はさせて頂きます」


 そうしてノロノロと顔をあげたセレドニオは言い出した。


「本来なら、一度、我が家でセレスティーナ様を預かり、姫のお心が安定した頃に今一度、王宮に戻って頂く方が宜しいのではないかとも考えたのですが・・」


 そんな事をさせるわけがない、もしもうっかりセレスティーナがセレドニオに惚れたらどうするんだ?眼鏡キャラのこいつは、一応、攻略対象者になっているんだぞ?


「そんな事をしたら陛下に殺されそうなのでやりません」

 セレドニオはそう答えると、トレードマークである眼鏡を外して眉間を揉み始めた。


「押収した書類を調べるために、別室を用意しようとしていた所ですので、そちらの部屋を通常業務を行う部屋として、こちらの部屋を、押収物を調べる部屋と致しましょう。姫の心労を考えて、陛下がこの部屋に滞在する時間は3時間を限度とします」


 3時間?なんで3時間?短くねえか?


「触っただけで蕁麻疹が出るほど陛下は嫌われているんですよ?急がば回れという言葉もある通り、姫様の様子を見ながら決めていかないと、姫様がノイローゼになって倒れてしまいますよ!」


「マジかよ!俺がどんだけ我慢してるか分からねえお前でもねえだろうが?朝食も最小限、夕食も最小限、その上、仕事も最小限のまずは3時間からって、マジでセレスティーナを俺に慣れさせる気あんのかよ?ああん?まさかてめえ、俺のセレスティーナに横恋慕して横から掻っ攫うつもりじゃあねえだろうな?自分ちで預かるとか何とか言いだして、邪な思いありきで言ってんじゃねえだろうなぁ?」


 俺の言葉に周り中がギョッとした様子で俺の方を見上げたけど、セレドニオはこっちの俺の方にも慣れてきているもんだから、眼鏡を人差し指で押し上げながら、至って冷静に、


「そんな訳ないだろ!バーーーーーーーカ!」


 憎悪まみれで大声を上げた。


 そういえばこいつ、俺が宰相をとっ捕まえたり、叔父を毒殺したもんだから、その尻拭いの所為で最近、まともに睡眠を取れていないんだったよな。


 こっちの世界では『不敬罪』とかそういうのがあるらしいが、寛大な主人である俺様は豊かな心で許してやるぜ。


「セレドニオ、お前、明日は一日休みでいいぞ」

「はあ?」

 てめえふざけんなよ!みたいな顔で俺を睨みつける側近の顔を見下ろしながら、

「お前、明らかに疲れ過ぎてんだよ。明日はセレスティーナも出勤の日だし、お前は一日休んで英気を養ってくれよ」

 と、にこやかに笑いながら奴の肩を叩いた。


「しかし、姫のアレルギーが・・・」

「俺がどれだけ一緒に飯食ってると思ってんの?どんくらいまでだったら発作が出ないか確認済みだからそこんとこは心配すんな」

「いや・・でも・・」


「おい、おめえら、おめえらの働きは俺が十分に把握してっから、ボーナスは期待してもいいぞ。それに、近日中にそれぞれ休みを取らせっから、シフトについては後で知らせるわ。それまで待っていてくれ」


 キョトンとしているセレドニオの部下にそう告げて部屋から出ていくと、閉まった扉の向こう側からザワザワザワメキが止まらない状態になっているみたいだな。


「国家運営とか膿の排出とか、蛆虫の処分とかマジで面倒臭えよな」


 突然の僕の発言に、護衛の兵士たちがギョッとしたような表情を浮かべたけど、僕はそんな事には一切気にせずに、自分の執務室へと戻って行ったのだった。

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