第10話 王弟デメトリオ

 王弟である私が、誰に王位を継承させるかという話し合いの場で、王位に興味がないか尋ねられたのは何年前の話になるだろうか?


 先に生まれたというだけで凡庸な兄が王太子となり、弟である私、デメトリオは兄に何かあった場合のスペアにされる事になったわけだ。


 兄は三人の息子に恵まれたが、私は兄が息子に恵まれた後も、妻を娶る事が許されなかった。

 何故かというと、私が兄より優秀だから。私が高位の貴族の令嬢、もしくは隣国の王女などと結婚して大きな後ろ盾を持つようになったら、自分の立場が危ぶまれると考えたのだろう。


 そうして臣籍降下する事も出来ず、王宮の中で飼い殺しの日々を送る中、国中に猛威を奮った疫病によって兄の二人の息子が亡くなった。

 そうして再び、私は呼び出される事になったのだ。


「お前は王位に対して興味があるか?王位を継ぐ気はないのか?」


 兄の瞳はどんよりと澱んでいて、生気が感じられない眼差しで見つめられる事となったのだが、

「私は王位を継ぐ気は全くない、アデルベルトが王位を継げばいいじゃないか」

 と言って兄の3番目の息子を推す事にした。


 平和な世の中であれば兄も問題なく国を統治できただろうが、周辺の国は戦争、戦争、戦争で常にきな臭い状態の上、いつになく厳しい寒さが続くその年に流行った疫病が原因で、王国は何万人という死者を出してしまったのだ。


 労働者が少なくなり、運営が成り立たない領地がいくつも出てくる中で国王として差配を振るうのは難しい。いや、難しいというよりかは面倒臭いと言った方が良いだろうか。


「新しい王にはアデルベルトがなり、私は新王の後ろ盾となろう。新しい王の補佐をするには叔父がいつまでも王宮に残っていてもやりづらかろう。私は臣籍降下をして、家臣として甥を支えていこうじゃないか」


 長年、王宮の中に囚われて、無能な兄の補佐をし続けてきたが、兄も思うところがあったのだろう。私は公爵位を賜り、王宮を出て、家臣として仕える事になったのだ。疫病で多くの人を亡くした今の現状では、王位に就けるのは私か、甥のアデルベルトのどちらかだ。それ以外となると血が薄くなり過ぎて、王家の存続が危ぶまれる事になってしまう。


 3番目の王子として生まれ、軍人として王都を離れる事も多かった甥ではあるが、王位を継いでからは国を建て直すために随分と奔走してくれたのは間違いない。


 疲弊した領土をまわり、対策を練り、国民の高い支持も得られるようになってきた所で、今は滅びたカンタブリア聖国の姫君を娶ることを甥は決めた。


 今まで王宮で囲われていた時には、常に謀反を疑われ、肩身の狭い思いをし続けていたものではあるが、臣籍降下をして公爵位に就いた途端に、中に居る者たちが私に呼びかけてくるようになったのだ。


 私は王位に興味はない、今はね。

 甥を働かせるだけ働かせて、国内がまともに動くようになった暁には、国王になってやっても良いと考えている。


 散々、兄の尻拭いをしてきたのだから、兄の子供を利用するような形になったっていいじゃないか。


 まずは神の血を引く姫君との結婚は、うまくは行かないように手筈を整える。万が一にも二人の間に王子が生まれたら、神聖なる後継者の出来上がりだ。私の出番がなくなってしまう。だから、二人にはなるべく不仲で居てもらわなければ困るのだ。


 軍歴が長く、人を信用しない甥っ子ではあるが、乳母の娘であるリリアナ・イリバルネを妹のように可愛がっているのは知っている。易々と自分の居住区域に入るのを認めているところもあり、一度懐に入れた者には何処までも甘い。この甥の性質をとことん利用してやろう。


 最近、何度も見る夢の中で、聖国カンタブリアから嫁いできたセレスティーナ姫が何度も、何度も殺される。私が甥に対して差し向けた女たちが非常に良い働きをしてくれたお陰で、セレスティーナは誰からの愛も得られずに、最後には裏切られて殺されてしまうのだった。


 そうして、セレスティーナが死んだ後、甥は真実愛していたのが誰だったのかを知る事になる。その絶望の顔が実に面白い、何度も何度も繰り返して見たいと思うほどだ。


 浅慮な自分の判断の所為で、愛する女はいつも、自分の目の前で死ぬ。実に滑稽だ。夢に出てくるセレスティーナは美しい姫であったが、婚姻の儀の場に現れた姫は夢で見た以上に美しかった。殺すのが惜しくなってくる程の美しさであり、自分のものにしたいと心の奥底から思った。


至高の聖女は、


「セレスティーナはこの世界の生贄であり、アデルベルトに失意をもたらすきっかけとなる存在。だから貴方は何もせず、私たちがやる事をただ見ていなさい」


と言っていたが、何故、あの美しい女が生贄なんだ?何故、死ななければならないんだ?


 リリアナ・イリバルネも言っていた。


「今回はジェウズ侯国の間諜としてセレスティーナを嵌める事にするわ。あっという間に死刑になるとは思うけど、今度こそ、貴方に王座を渡してあげる」


 女たちは私が王座に就くのが新しい道だと言い、その覇道にはセレスティーナの犠牲は必須だというような事を言う。


 何故彼女の死が必要なんだ?何故、わざわざ彼女を殺さなければならない?

 自分たちよりも美しい彼女に嫉妬をしているのか?憎悪を抱いているのか?たかがそんな感情の為に彼女をわざわざ殺す意味がわからない。


 甥を失意のどん底に叩き落としたければ、それこそ方法など山のようにあるだろう。甥が死に、王位に就いた私がセレスティーナを手に入れて何の問題があるというんだ?彼女と私の間に出来た子供に王位を継承させれば、我が王国に神の血が流れる事を意味する事になる。


 セレスティーナを幽閉させるというのなら、その前に攫ってしまってこちらの籠の鳥にしても良いのかもしれない。何せ甥は私を昔から慕い、尊敬し、欠片ほども疑いすらしない。しかも、自分が誰を愛しているかも分からない朴念仁なのだ。


 どうとでもなる、どうにでもなる。

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