第七話①『忠実な執事』
それから数日が経ったが平尾と友人関係になった事以外に変わりはなかった。友人になったとは言っても休み時間の度に会いに行って談笑をするような間柄ではない。廊下ですれ違ったりした際に挨拶を交わすような関係だ。平尾が積極的にくるような性格でない事は理解しているが、それを抜きにしても彼もそのような関係で十分のようだった。
形南とは定期テストが近付いてきていた為会う事が出来ずにいた。互いにテストを終えてから遊ぶ約束を交わしているところだ。以前遊んだ時に知った事だが、形南は嶺歌の思っていた通り優秀なお嬢様で、成績も常にトップに君臨している様だった。そんな形南の邪魔をしたくはない。彼女が落ち着くまでは連絡も控えておこうと最近はレインも送っていなかった。流石に形南もテスト勉強で忙しいのか彼女の方からも連絡は途絶えていた。
(いつもの日課も終わったし今日はあたしもテスト勉強するかな)
今日は休日だ。魔法少女の姿から人間の姿へと戻った嶺歌はそのまま椅子に腰掛けると机に置いていたペットボトルの水を飲む。そうしてそのまま勉強に取り組もうと机に向き始めると突如自宅のインターホンが家中に鳴り響いた。郵便だろう、きっと母が対応してくれる筈だ。しかしそう思っていたのも束の間、母に自分の名を呼ばれる声が聞こえてくる。嶺歌は立ち上がり部屋を出ると急いで玄関の方へと足を進めた。進み始めた途端に二度目のインターホンが鳴り響く。母がマンションのエントランスを解錠したのだ。そんな事に気付きながら玄関に到着すると、そこには予想もしなかった来客が一人、立っていた。
「突然のご訪問、申し訳御座いません」
目の前にいる人物は形南でも学校の友人でもない。形南の忠実な執事である兜悟朗だった。
「え、執事さん……?」
「あら、嶺歌も知っている方なのね? じゃあごゆっくり」
そう言って母はそのまま居間の奥へと戻っていく。残された嶺歌と兜悟朗はそのまま向き合う形で互いを見ると兜悟朗はいつものように柔らかい笑みをこぼしてきた。正直、彼と二人きりというのは少し居心地が悪かった。いや、気まずいというべきであろうか。前回会った際に、形南に兜悟朗と恋仲になれと言われた事がまだ嶺歌の脳内に残っていたからだ。兜悟朗の事をそういう目で見ている訳ではなかったが、やはり簡単に無に戻るという器用な事は嶺歌には出来ずにいた。対して兜悟朗は気まずい思いの嶺歌とは正反対にこちらに向けて言葉を発してきた。
「和泉様。ご無沙汰しております。恐れ入りますが少々お時間頂けないでしょうか」
「ええっと……」
「試験勉強でお時間が難しければ出直させていただきます」
「あっいや! それは大丈夫です!」
丁寧にお辞儀をして立ち去りそうな雰囲気の彼に慌てて言葉を返すとその言葉に兜悟朗は再び「有難う御座います」と律儀なお辞儀をしてくる。本当に、何から何まで丁寧な人だ。そう思いながら嶺歌は自分の部屋にあげようと廊下の奥を指差した。
「じゃあよければあたしの部屋にどうぞ」
しかし兜悟朗はその言葉に頷かずこんな言葉を切り出してくる。
「大変恐縮で御座いますが、差し支えなければ屋外でお話をさせて頂いても宜しいでしょうか」
「あ、はい。直ぐ支度してきます!」
「有難う御座います。ご支度はどうぞごゆっくりなさって下さい。
そう言うと引き止めようとする嶺歌に会釈だけを残して彼は去っていった。嶺歌はそこで初めて彼の意図を理解する。
(そっか、あたしと密室で二人きりになるのを避けたんだ)
兜悟朗は恐らく女である嶺歌と狭い密室で二人きりになる事を気にしたのだろう。彼の気遣いを感じ、改めて紳士的な男性であるかを思い知る。せめて玄関で待っていてもらうのが礼儀だと思っていたのだが、それすらも彼にとっては許せなかったのかもしれない。嶺歌はすぐに支度を始め、待たせている兜悟朗の元へと急いだ。
第七話①『忠実な執事』終
next→第七話②(3月24日更新予定です)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます