第六話②『予想外の訪問者』




「で、何か用があるの? あたしたち話した事ないと思うんだけど」

 単刀直入にそう問いかける。彼が自分に話しかけてきた事は勿論、嶺歌が彼に話しかけた事もないのだ。形南が関係しているとしか思えないのだが、とりあえず率直に尋ねてみる事にした。

 対面した平尾は相変わらず気弱そうな表情をしながら話しづらそうに小さく口を開き始める。

「あ、うん……えっと高円寺院さん知ってるよね?」

 やはり形南だ。あれから彼女に平尾との話は聞いていた。形南は当初口にしていたように今すぐに彼とどうこうなるつもりはないようで現時点では彼と友人関係を続けている様であった。嶺歌はうんと口にして頷くと平尾はホッとしたような顔を出してから再び言葉を続ける。

「良かった、実は俺もあの子と最近知り合って友達になったんだけど……」

「うん、あれなに聞いてるよ。でも何であたしに?」

 形南と平尾が知り合いである事は当然ながら知っている話だったが、平尾には嶺歌が出逢いの場に関わっているという事は秘密である。ゆえに形南と彼が知り合いだというその点に疑問は全くない。問題はクラスの友人らの話を聞くに、二組の平尾が自分に会いに一組まで来ているということは何か用があって来たという事なのだろうが、その用であろう事柄に嶺歌は皆目見当がつかなかった。彼が自分を訪ねてきた理由は何なのだろう。そう思っていると平尾は再び困った様な顔をして「ええと」と言いながらバツの悪そうな顔をしている。

 こう思っては失礼なのだが、形南は何故この男を好きになったのだろうか。嶺歌は差別を嫌うが、彼に惚れる要素には全く同意できなかった。友人としては良くても一人の男としてはあまりにも頼りなさすぎる。そんな事を考えながら彼を見ていると平尾は決心がついたのか、ようやく口を開き出す。

「あれちゃんに言われたんだ。君……えっと和泉さんは友達だから俺にも是非仲良くしてほしいって」

「あれなに?」

「う、うん。そう……だから、とりあえず自己紹介しようと思って、その、教室に……」

 確かに形南であれば言いそうな台詞だ。納得ととある疑問が同時に生まれながらも嶺歌は「そっか」と言葉を返した。そうして彼の方へそっと手を伸ばす。

「そういう事なら宜しく平尾君。名前は知ってるし言わなくて大丈夫。あたしのフルネームは知ってる?」

「えっあ、うん。和泉嶺歌さんでしょ? よ、よろしく」

 平尾は予想外だったのか丸い目をさらに丸くさせると辿々しく嶺歌の手に自身の手を重ねて握手をする。二回ほど手を揺らした後、彼から手を離すと嶺歌は小さく笑みを向けて言葉を返した。

「今度教室来る時はあんな事にはならない様にしとくから、安心してよ。ていうかあたしの友達が言った事に気分悪くならなかった? 本当ごめん」

 先程の状況を思い出し彼に謝罪した。悪気があるないにしろ、平尾からすればあの状況は酷だった事だろう。自己主張を苦手とする人間は、多人数の者に囲まれる事に恐怖を感じる者も多い。嶺歌は彼の心中を察すると謝らずにはいられなかった。すると平尾は再び驚いた様子で目を見開くと「いや、全然っ! 俺も突然だったからごめん」と悪くもないのに謝罪をしてきた。そこに思うところはあったが、あまり口に出しすぎるのはよくないだろう。嶺歌はそんなの気にしないでよとだけ言葉を返すとそのまま手を振って「じゃあまた」と裏庭を後にした。あまり長い時間彼と二人でいるのは嫌だった。それは彼の良さが嶺歌には分からない、という理由からではない。

(あれなに悪いからね)

 形南の意中の相手と自分が二人きりで過ごす事に関してどうしても後ろめたさがついてくる。形南もどういったつもりで嶺歌と平尾を繋げようとしたのだろうか。彼女らしいと言えばそうであるが予測しておくべき不安点がある。嶺歌からは絶対にあり得ないと断言できるが、もし仮に平尾が嶺歌をそういった対象で見てしまったらどうするのだろうか。秀才な形南であれば想像できないことではない筈である。リスクを負ってまで自分と平尾を交流させようとする形南の思考は、嶺歌にはよく分からなかった。



「レカちゃんさっきはごめん」

 教室に戻るなり反省した様子の心乃はしょんぼりとした様子で嶺歌に謝ってきた。謝る相手は自分ではなく平尾になのだが彼女も根っからの悪人などではないという事をよく知っている。嶺歌は「平尾君も許してくれてたし大丈夫だよ」と言葉を返した。その言葉に安心したのか心乃は心底安堵した様子で「よかったぁ~」と声を漏らす。

「レカちゃんに嫌われちゃったらどうしようかと思ったあ~~次からは絶対あんなこと言わないからあ」

「だから大丈夫だって。平尾君はあたしの友達だから今度クラスに来た時は皆で囲むの止めてあげてね」

「分かった! レカちゃんはやっぱり顔が広いな~」

 心乃はずいぶん反省してくれたようで嶺歌はひとまず安心する。彼を庇う理由に形南の想い人であるからという理由は大きいが、それ以上に嶺歌は誰かを頭ごなしに否定する行為は好きではなかった。ゆえに彼が形南と関係がなかったとしても今回のように対処していただろう。

「嶺歌の友達だったんだ。そういえば君付けしてるの珍しいよね」

 すると嶺歌と心乃のやり取りを静かに見ていた詩茶はそんな事を口にした。普段嶺歌は男を君付けで呼ぶ事はしない。年上であれば先輩と敬称をつけ、同い年と年下相手には必ずと言っていいほどに呼び捨てで呼んでいる。だからこそ詩茶もそこに違和感を覚えたのだろう。だがその理由は至ってシンプルなものである。

(あれなの好きな人だから、呼び捨てはちょっとね)

 これは彼女に対しての敬意のようなものだ。嶺歌は形南の選んだ異性を可能な限り尊重していたい。そう思ってのことだった。





第六話②『予想外の訪問者』終



     next→第七話(3月23日更新予定です)

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