第五話③『友達とお出かけ』
「まあ! どれも似合うので迷ってしまうわ!」
何度か試着を繰り返した結果、形南は困ったような言葉を口にする。しかしそんな発言とは対照的に彼女はどことなく楽しそうだ。嶺歌は試着も長いショッピングも好きであったが、ここまで彼女に付き合ってもらい続ける事に少なくとも申し訳ない思いが生まれていた。
「あたしのはたくさん見たしあれなも好きなの選んだらどうかな?」
「いいえ! 本日は嶺歌デーですので! 最後までお付き合いさせて下さいまし!」
形南はそう言って全く自身の服を選ぼうとはしなかった。服を選び始めてから数時間、ずっと形南は嶺歌の服だけを探している。
「ありがと。じゃあこれはどうかな」
彼女の気持ちは素直に嬉しい。だがそろそろ服選びは終わりにしてもいいだろう。嶺歌は先程試着した自分も好みであった一着のワンピースを手に取って見せると形南は「そうですわね」と笑みを向けてくる。
「
「うん。本当にありがとね。これ以上ない機会だと思うから、貴重な体験させてもらったよ」
そう言葉に返し、お会計に向かおうとすると形南は立ち止まり「あら、そちらのお洋服になさるならこちらも合うのではなくて?」とマネキンに着せられたジャケットを手で差し出した。
「え……」
「絶対似合いますの! ねえこちらも試着して下さらない!?」
(いや、このワンピースだけでもホントにやばい値段なのにこのジャケットって……)
そう、このジャケット一つで車が買えてしまうのではなかろうか。それほどまでに高額なそのジャケットに嶺歌は手を伸ばす勇気さえ出なかった。嶺歌は無言で首を振るが形南は嬉しそうに「遠慮はなさらないでと申したでしょう!」と言ってほぼ無理やりに試着室に押し込んできた。とんでもないお嬢様だ。嶺歌は罪悪感を抱きながら服を試着するのであった。
「たくさん買えましたの」
形南は機嫌良く自分のものでもない購入した衣服の袋を大事そうに膝に抱えていた。車のシートに乗せられた数点もの買い物袋は全て嶺歌の物であった。結局あの後ジャケット以外にも目をつけた形南は数着もの衣服を嶺歌のために購入し、嶺歌はそれを断りきれずに買い物を終えていた。買い物も服も大好きだ。しかしこの状況を手放しで喜ぶ事は出来ない。普通であれば喜ぶ所なのかもしれないが、嶺歌にとってお金は貴重な資源で、それをつい先日まで赤の他人であった自分に一切の躊躇いもなく費やしてくれるこの事態を受け入れる事は簡単ではなかった。
決して形南を怪しい人物だと思っている訳ではない。ただ逆に、ここまでの事をされて、一般市民である自分に欲が生まれたらどうするのだろうか。形南はその点のリスクを理解しているのだろうか。
(あたしも魔法少女とはいえ、普通の人間だし。欲が出ないとは限らないのに)
しかしそう思いはするものの、形南の好意を無下にする事もしたくはなかった。嶺歌は自分の事のように嬉しそうに微笑み続ける形南に身体を向けて言葉を掛ける。
「あれな。本当にありがとね。あたし絶対に買ってもらった服大事にするよ」
そう言葉を述べると形南はキョトンとした顔を見せてからくすくすと笑い出した。
「嫌ですわ。こちらはお礼ですのに。けれど、喜んでいただけたのなら本望ですの」
「うん。すっごく嬉しいし正直ブランドの服とか初めてだよ」
「あらあら。では今度お出かけする時はそちらを着てみて下さいましね」
そんな会話をして二人で笑い合った。嶺歌は形南の事をまだ良く知らない。だがそれは当然の事だ。まだ会って日も浅いのだから知りうる訳がないのである。今回の件も彼女にとっては日常的にある事なのかもしれない。ゆえに嶺歌の中に僅かに残るこの罪悪感は閉まっておく事にした。そして同時に、これ以上の褒美を受け取ることはしないと心に誓う。そう、今回はあくまでも謝礼なのだ。
(うん、今回だけ有り難く頂こう)
自身の周りに置かれた紙袋の山を見つめながら嶺歌はそう決意する。金目のものを手に入れ、次第に欲を出してしまう自分を想像するのは怖くて――同時に嫌だった。嶺歌は自分の中で大きな決意を固めているとしばらくしてから形南が再び口を開く。
「ねえ嶺歌。魔法少女は恋をしても問題ありませんの?」
「? 特に駄目っていう決まりはないけど……」
「あら、それなら良かった」
何故そのような事を突然聞いてくるのだろうか。そんな疑問を口に出すより先に唐突な事を尋ねてきた形南は、自身の両手を頬の前で合わせてみせるとニコリと笑みを向けてとんでもない言葉を口に出した。
「それでしたら兜悟朗と恋仲になりなさいな!」
「…………へ?」
繰り出された言葉の意味が分からず、嶺歌はそのまま静止した。
第五話③『友達とお出かけ』終
next→第六話(3月16日更新予定です)
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