第五話②『友達とお出かけ』



 昼食は高級レストランだった。上品に言うならばランチというのだろうか。事前に予約してもらっていたそのランチ会場は貸切になっており、嶺歌達以外に誰一人として客がいなかった。高級レストランを予想していなかったと言えば嘘になるが、それでも貸切にしてしまう展開までは予想を超えていた。嶺歌はごくりと生唾を飲み込むといかにも高級そうな会場を見回す。

「ささ、遠慮なさらずに。嶺歌はどの席に座りたいかしら?」

 形南は以前にもここに来たことがあるようで踊るように動きながら楽しげに尋ねてくる。どうやら好きな席を選んで食事ができるらしい。嶺歌は中庭が綺麗に見える窓側のエリアに目を向けていると「そちらはわたくしもお気に入りの場所ですのよ! そちらになさる?」と続けて声を掛けてきた。まるで彼女は案内人のようだ。

「いや、あれなの好きな席にしようよ」

「そうはいきませんの! 本日は貴女あなたとの交流なのですから!」

 彼女の言動からして形南は嶺歌に選んでほしいようだ。ここまで言われては断るのも無礼だろう。嶺歌は先程の窓側の席を選ぶと形南も嬉しそうに大きく頷きそこで食事を摂ることになった。



 美味しいと一言で片付けてしまうには勿体無いほどの美味な料理を胃の中に流し込むと再びリムジンに乗り込み二人でショッピングへ出掛ける。しかし形南の行きつけのお店はどれも高級なものばかりで嶺歌には目がチカチカする程の場所であった。だが人生経験としてはとても良い刺激も受けていた。社会人になり自分も稼げるようになった時は、ご褒美にこう言った服を買うのも良いのかもしれない。実際、手につけられぬ値段のものしかなかったが、棚に丁寧に置かれた数々の衣服はどれも嶺歌好みのものばかりであったのだ。嶺歌は昔からウインドウショッピングが好きだった。物欲はあるが、見て楽しむという娯楽を心得ているのだ。だからこそ今回のショッピングはとても新鮮で楽しいものであった。であったのだが……

「ホラホラ遠慮なさらず。お好きなものを選んでちょうだいな」

「……」

 何と形南はこの高級すぎる商品の中から好きなものを好きなだけ選べととんでもない事を言い出してきた。これは流石に予想外である。いや、流石に断る以外の選択肢がない。これを受けてしまえば、形南は友人ではなく、都合の良いカモの存在になってしまうだろう。そんな侮辱ともとれる行為はしたくない。

「あれな、気持ちだけ受け取っておくよ。流石に買ってもらうわけにはいかないからさ」

 嶺歌は苦笑しながら両手を振って否定してみせる。がしかし形南は「あら?」と口元に手を当てながらこんな言葉を返してきた。

「何も問題はありませんのよ。これは友好の証だなんて、申し上げるつもりはありませんの。こちらは貴女様にお手伝い頂いたお礼ですのよ」

「えっ?」

 そう言うと目が合った形南はくすくすと可愛らしく笑いながらもう一度目を合わせてくる。彼女の瞳の奥は澄んでおり、綺麗でまばゆい。形南はそのまま言葉を続けてきた。

わたくし、貴女の性格はこの数日で把握しておりましてよ。何の理由もなく物を頂くだなんて友人としてあるまじき事。そう思っているのでしょう? ですが今回は私からのお礼の意味を込めていますの。だって貴女は私を平尾様と出逢わせてくださったのだもの」

 形南は離れていた距離からゆっくりと近付いて嶺歌に手を伸ばす。彼女は再び握手を求めていた。

「ですから貴女にはお礼をしたいのです。高円寺院こうえんじのいん家の名に恥じない感謝をお送りさせていただきますわ」

 彼女の真剣なその瞳を見て瞬時に理解する。形南は本気で言っている。自身の高円寺院家としてのプライドというものがあるのだろう。まだ躊躇いがあったものの、これが彼女の一方的な善意ではなく、嶺歌がした事に対してのお礼だと知り、それならばお言葉に甘えようかと思い直した。

 しかし魔法少女活動で一度として報酬を得た事がなかった為、このように誰かに改まったお礼をされるのは何だか不思議なものだった。

「分かった。じゃあお言葉に甘えてそうさせて貰うよ。ありがとうあれな」

 そう答えると彼女は芯のある強い表情からパッと一転して明るいいつもの可愛らしいものへと変化した。嶺歌が彼女の手を握り返し小さく握手を交わし終えると形南は嬉しそうな顔で「では早速、嶺歌のお好きなお洋服を探し出しましょう!」と意気揚々に歩き出す彼女を見て叶わないと思った。彼女は自分を一人の友人として好いてくれている。そう思える事が有り難く、嬉しかった。





第五話②『友達とお出かけ』終



    next→第五話③(3月12日更新予定です)

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