第四話①『実行』





嶺歌れかぁ~今日寄り道しない?」

 放課後になると友人の木本きもと古味梨こみりに誘われる。いつもなら頷いてどこかへ出かけるところであったが、今日はやっておきたい事があった。

「ごめんこみ、あたし今日は用事あるから無理。また近い内どっか行こう」

「そかそか! 全然いいよ~じゃあまた明日!」

 彼女は気分を悪くする事もなくそのまま互いに笑顔で別れた。嶺歌は足早に廊下を駆けて下駄箱へと向かう。途中途中で様々な知り合いに声を掛けられるが、必要最低限に挨拶を返すと急いで目的地へと向かっていった。



「さて……と」

 嶺歌は自宅に戻ると魔法少女の姿へと変身し、窓から外に出る。やっておきたい事というのはいつもの魔法少女活動だ。明日は一日形南あれなとの約束で活動ができないだろうと踏んでの事だった。時間がある時に依頼はこなしていきたい。魔法少女の活動は金銭を稼げたりする仕事ではないのだが、それでも嶺歌にはこの活動を続けたいという強い意志があった。特に何かを得られるわけではない事は初めて魔法少女になった時から分かっている。だがこれは誇りの問題だ。嶺歌は誰かの役に立てることが嬉しかった。誰かの役に立てるという事は自分のためにもなるからだ。必要とされる自分が誇らしいと思っているのである。依頼をこなせばこなす程、嶺歌は自分に自身が付き、やる気ももっと向上する。きっとこの感情は人一倍大きな物であると自負している。そのため誰かのために時間を費やすことは全く惜しくないのだ。だからこそ、形南の依頼も受けたいと思ったのだ。人に喜ばれるのは嬉しいし誰かを救う事は気持ちが良い。そして何より――――自分をもっと好きになれるのだ。嶺歌が魔法少女として積極的に活動できる一番の理由はこれだった。



「今日はこんなもんかなっと」

 数件の依頼をこなし終えるといつの間にか時間は過ぎていた。嶺歌は暗くなった空を背景に多くの屋根を伝って駆け抜けていく。そのまま自宅まで辿り着き部屋に入ると瞬時に変身を解いた。

「ふう……」

 僅かな汗をタオルで拭いながらリビングへと向かう。母と対面し「お風呂入るね」と声を掛ける。母は「湯船流しちゃってね~」とこちらを見ずにそう言いながら洗い物をしていた。嶺歌はそんな母に対し分かってると言葉を返してそのままシャワーを浴び、湯船に浸かった。今日も色々とあったが、平和な一日だ。嶺歌は今日の疲れを湯船で癒しながら明日の事を考えていた。








「お早う御座いますですの」

「……おはようございます」

 マンションの前で嶺歌に朝の挨拶をする形南の姿。通りがかるマンションの住人がチラチラとこちらに目を向け、それを気に留めない形南の背後には黒いリムジンと背格好の高い執事もいる。そんな事に目を向けながら嶺歌は慣れないこの光景を振り払うように執事に促されリムジンへと乗車する。彼は相変わらず手際が良く、こちらを誘導したかと思えばいつの間にか運転席へと戻り車を動かしていた。本当に俊敏な動きである。魔法少女である嶺歌も思わず感心してしまうほどだ。そんな的外れなことを考えていると「早速ですが」と形南の方から言葉を切り出してきた。そうだ。今日は形南にとってとても大切な日となる。嶺歌はすぐに表情を切り替え、彼女の方を見据えた。

 形南と綿密な計画を立てた。まず実行するのは今日の放課後だ。まず平尾の下駄箱に手紙を入れて放課後に裏庭へ来るよう誘導する。彼がきちんと来るように嶺歌が影から彼を観察するという手筈だ。そして裏庭へ彼が着いた途端に予め裏庭で待機していた形南と対面する。制服が違う彼女を見て平尾は困惑するだろう。しかしそこですぐに嶺歌が魔法少女に変身し影から裏庭にある植木や掃除用具、その他にも裏庭にある物全てを宙に浮かせて見せる。呆気に取られている平尾に形南が近付きこれは手品だと言う。形南が手をパチンと鳴らしたところで嶺歌は魔法を解いて奇想天外な光景は通常のものへと戻る。そして形南が自己紹介するという流れだ。

「では放課後、あたしは平尾君を見張っています」

「ええ、お願いしますの。わたくしも気合を入れましてよ」

「ご歓談中失礼致します。和泉様、到着致しました」

 途中で兜悟朗に声を掛けられた。どうやら学校へ到着したようだ。

「ありがとうございます」

 そう口に出したかと思えばいつの間にか兜悟朗は運転席から離脱し突然嶺歌の横にあるドアが開け放たれる。ドアを開けたのは兜悟朗だ。兜悟朗は柔らかな笑みを向けて「どうぞ」と手を伸ばしてきた。本当に行動が早い執事である。嶺歌は差し出された手に僅かに照れ臭さを感じながら「すみません」と言って彼に自身の手を委ねた。車から降車すると形南が「ではまた後でお会いしましょうね」と言って可愛らしい笑みを向けながら手を振ってくれる。彼女に応えるように嶺歌も手を振り返すとそのままリムジンは校舎から離れていった。大きなリムジンが段々と小さくなっていくのを目で見送っていると「嶺歌? 今の誰?」と詩茶しずが話しかけてきた。唐突な出現に嶺歌は驚く。

「びっくりした! おはよう詩茶」

「あはは、驚きすぎ! おはよー」

「今のは友達。ここまで送ってくれたの」

「ええ~あんなお金持ちそうな友達いたの!? まあでも嶺歌は顔広いしなあ~」

 そんな会話をしながら嶺歌は詩茶と二人で校舎の中へと入っていく。まだ三日の付き合いではあったが、嶺歌の中では形南の事が既に友達になっていた。それに彼女も以前友達になりたいと言ってくれていた。今回の件が終わったら彼女への呼び方も変えてみてもいいかもしれない。

(とりあえず今日は、放課後に集中っと)

 嶺歌は放課後に迫った重要案件を頭で何度もシュミレートし、今日の授業は中々頭に入ってこなかった。



 いよいよ放課後だ。今日は用事があるからと予め友人たちに伝えていた嶺歌は終礼が終わると同時に教室を抜け出した。隣のクラス――二組にいる平尾を尾行するためである。しかしこのままでいると友人らに声を掛けられるリスクが高い。そして今まさに三人の友人に声を掛けられていた。

「れか~恋バナ聞いて欲しいんだけどぉ」

「ねえねえこの後タピらない?」

「れかちん~~クラス離れちゃったから会えなくて寂しいよ~」

 嶺歌に用事があることは他クラスの友人までには伝えきれていない。嶺歌は悩んだ。そのまま友人達に適度な言葉を返しながら嶺歌は思考する。そして運がいいことに良案が思いついた。

「週末は空いてるし良かったら四人で遊びいこ! 悪いんけど、あたし今日は用あるからまたね!」

「えー! 行く行く!! 空けとくし!」

「用あったのに呼び止めちゃってごめんね、そしたら週末の事でレインしとくね!」

「おけおけ! また明日ぁ~」

 友人たちは優しく嶺歌を見送ると三人で楽しそうにそのまま談笑を続けていた。嶺歌は三人から目を離すとトイレに駆け込み、急いで魔法少女に変身する。個室に光が放たれるがあまり人気ひとけのない職員室側のトイレなので怪しまれる可能性はごく僅かだ。そして嶺歌は魔法少女の姿で自身の姿を透明にした。

(これなら平尾君を見張っても彼にもバレないし友達にも見つからない。一石二鳥だ)

 我ながら良案だと思いながら平尾のいる教室へ向かう。透明なので人間とぶつかる心配もない。実態がない状態になっているため、誰かとぶつかっても嶺歌の身体が通過されるだけなのだ。あまり使う事はない魔法だが、このような時には便利な魔法である。

 しかし二組へ到着し、教室を覗き込むと平尾の姿が見当たらない事に気がついた。途端に嶺歌は血の気がサァーっと引いていくのを感じる。これはまずい。彼がどこへ行ったのかを考える前に身体が動き出す。下駄箱まで猛ダッシュで向かっていくと案の定、そこに彼の姿が見つかった。嶺歌はホッと胸を撫で下ろしそのまま観察を続ける。どうやら今まさに下駄箱の手紙に気付いたようだった。彼の下駄箱に入れた手紙は嶺歌が入れたものだが、それを書いたのは形南本人だ。彼女がどのような手紙をしたためたのかは分からないが、平尾はその手紙をゆっくりと読むとそわそわした様子で辺りを見回した。どうやら予想外の手紙に驚いているようだ。そしてそのまま彼は靴を履き替えずに校舎の奥へ行くとその足で裏庭へと向かっていった。これで作戦は第二段階へと入る。




第四話①『実行』終



     next→第四話②(3月3日更新予定です)

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