第三話『運命の』
「変な一日だったな……」
帰宅してからはいつもの様に風呂に入り夕食を済まし、明日までの宿題を終えてからベッドの上に寝転がっていた。今日に限っては依頼を受ける事は止めていた。一度頭の整理をしたかったからである。
「何としてでも失礼のないようにしないと……」
形南は優しげな印象を抱くお嬢様であったが、まだ彼女の事を理解するにはあまりにも時間が足りていない。嶺歌は礼儀を欠かす事だけはしたくなかった。それにしてもと嶺歌は考える。先程は動揺していたため疑問に思わなかった事だが、何故彼女は有能なあの執事を橋渡し役として選ばなかったのだろうか。彼であれば何でも難なくこなしてしまいそうである。会って間もない嶺歌から見ても彼が有能だと分かるのだ。だと言うのに不思議な話であった。
「明日タイミングがあれば聞いてみようかな」
そんな事を一人呟きながら次第に眠気が襲ってくるのを認識する。そろそろ限界だ。嶺歌は布団を掛け直し、電気をつけたまま重い瞼を閉じる。そしてそのまま深い眠りへとついていった。
『おはよう御座いますですの、嶺歌さん』
「お早うございます……」
早朝目が覚めると同時に着信がかかり、画面を見ると相手は形南であった。驚きと同時に直ぐに出なければと電話に出る。すると昨日のように淑やかであり上品でもある言葉遣いで嶺歌は形南から朝の挨拶を向けられていた。
『本日はですね、早速貴女様にお願いしたく思いまして御校へ向かう前に少しお時間いただけないかと思いましたの』
「大丈夫です、直ぐに支度します!」
嶺歌は粗相がないよう意識して返事を返す。そして器用に片手で支度を始めていた。スマホを手放し、スピーカーにして会話をする事もできるが、それはお嬢様である形南に対して無礼ではないかと思ったのだ。このように片手で支度を行うのも不敬であると自覚していたが、相手を待たせる事よりかはマシだろう。嶺歌が返事を返すと形南は『焦らなくても宜しくてよ』と気遣いの言葉を発してくれる。それを有り難く思いながらも鵜呑みにする訳にはいかず、嶺歌は過去最高に素早く朝の支度を済ませた。
「宜しければ御校までお送り致しますわ」
対面して早々に彼女は二度目の挨拶をするとそう言い、昨日の様にリムジンに乗せられた。朝の日課である魔法少女の活動は出来なかったが、毎日の様にこなしていたので今日くらいは問題ないだろう。そう思いながら嶺歌は形南の方から話を切り出されるのを待つ。依頼の内容は理解しているが、具体的な内容にはまだ触れられていない。すると形南は予想通りにその内容について口を開き始めた。
「昨日は説明ばかりで肝心な事を申し遅れていましたの。こちら、
そう言って形南が取り出してきたのは一枚の写真だった。そこには一人の男子生徒が写っている。そしてその男には見覚えがあった。
「隣のクラスでたまに見かける人ですね」
そう口に出すと形南は「まあ!」と嬉しそうに言葉を発しこちらを見上げる。彼女の目は
「それは嬉しいお話ですわ! あの方の事、詳しく教えて下さらないかしら?」
興奮した様子で形南に手を握られ、嶺歌は困惑した。見かけるとは言っても彼の事は何も知らないからだ。話した事は勿論なく、名前はおろか一人称すらも知らない。雰囲気的には僕だろうか。そんな推測くらいしか口に出せる情報はなかった。それを申し訳なさそうに彼女に告げると形南は「そうですわよね」と少し落ち込んだ様子で俯く。その様子に益々申し訳なさが芽生えてると「形南お嬢様」と執事の声が聞こえてきた。
「気を落とされる必要は御座いません。これからはあのお方にお会いできるのですから」
「それもそうだわ! ふふ、楽しみになってきましたの」
兜悟朗の言葉で形南は直ぐに笑顔を取り戻すとそのまま楽しそうに鼻歌を歌い出す。どうやら彼女は切り替えが早いようで、先ほどの悲しい表情の面影はどこにもなく、心から嬉しそうにしている。嶺歌はそんな彼女の様子に純粋に感心していた。
「そうだわ。嶺歌さん、昨日は唐突だったと思うのですの。一晩経ってからまた聞きたい事は出来たかしら?」
暫くすると形南は再びこちらに目を向け、そんな言葉を出してくる。形南は「何でも仰ってね」と明るい調子で笑顔を向けてくれていた。正直、聞きたい事はあったので彼女から話を振ってくれた事は有り難かった。
「あの……どうして魔法少女が適任だと思ったんでしょうか。執事さんに任せれば難なく運命の方と知り合えると思うんです」
魔法少女でなくとも知り合うきっかけの橋渡し役ならこの万能そうな執事で十分事足りる筈だろう。わざわざ手間をかけてまで魔法少女を探し出した理由は、あるのだろうか。そう思いながら彼女に問いかけると形南はくすりと笑ってからこんな言葉を口にした。
「あらあら兜悟朗、褒められているわよ。
「恐縮で御座います」
「ああ、えと……そうなんですけど……」
形南は上品に口元に手を当て微笑み、兜悟朗は柔らかく笑って会釈をしてくる。彼は運転中の為こちらに顔を向けはしなかったが、バックミラーから笑みを浮かべている事が分かった。褒めたつもりではないのだが、彼女に問いかける為この様な言い方になってしまった。だが口にした事は事実のため否定もできない。何だかこそばゆい思いが生まれてくる。きっと今この中で一番顔が赤いのは自分だろう。そう思いながら頬を掻いていると「ご質問の答えですが」と形南の声が再び返ってきた。
「兜悟朗は確かに有能な執事ですわ。けれど、彼には出来ない事もありますの」
「面目ありません」
「出来ない事……?」
形南の言葉に申し訳なさそうに言葉を返す兜悟朗を横目に嶺歌は再び問い掛ける。万能な彼に出来ない事とは一体何だろうか。すると形南は満面の笑みをこちらに向けるとこんな言葉を繰り出してきた。
「ええ、魔法少女のお力でしか出来ない事ですの!」
そしてそのまま彼女は心底嬉しそうな様子で言葉を続けた。
「貴女様にしていただきたい事は彼の目の前で多くの物を動かしていただきたいのです! そう、魔法の力で!」
「…………え?」
予想外の言葉に嶺歌は呆気に取られる。多くの物を動かす? 告白に物を動かす必要性を感じなかった嶺歌は頭に疑問符を浮かべながら興奮気味に話す彼女の言葉を耳に入れ続けた。形南はそのまま口を開き続ける。
「
疑問点は未だに解消されていなかったが、どうやら彼女には明確な接触作戦があるようだ。嶺歌は口を挟むことはせずそのまま形南の作戦が言い終わるまで待つ事にした。
「
「……マジックのように?」
「ええ! 彼の周りを奇想天外な異空間にご招待して、それから自己紹介をしたいのですわ! そうすれば必ず印象に残る出逢いになりますの!」
形南は爛々とした瞳をこれでもかと言う程に輝かせ、一気に話し終えると言葉を話しすぎたせいか直後に息切れをしていた。はあはあと呼吸を整えながらも彼女は楽しそうである。しかしこれで納得がいった。彼女の作戦も、何故彼女が魔法少女の力を求めているのかも理解した。それにしても面白い発想である。
「分かりました。じゃあ運命の方とはその様にして出逢いを果たし、それから親密になっていく作戦という事ですね」
そう確認すると形南は嬉しそうに「その通りですわ!」と大きく頷いた。しかしここでまた一つの疑問が生じた。
「あの、その運命の方……の事はどこで知ったんですか?」
一方的に彼を知っているというのはない事はないだろうが、有名な財閥のお嬢様であれば話は別だろう。彼がというならともかく、彼女が一方的にというのは不思議な話だった。すると形南は先ほどよりも柔らかく笑みを崩しながら答えてくれた。
「お恥ずかしながら一目惚れなんですの。偶然彼の姿を見た時、
「一目惚れ……素敵ですね」
友人の一目惚れ話は何度か耳にした事があった。珍しい現象でもないのだろう。しかし財閥のお嬢様でもこのように一目惚れを経験する事があるのかとそう考えていると形南は再び彼の写真を取り出してくる。
「彼の事は既に知っていますの。
名前を知っていたのかと少し驚く。しかし財閥の娘であればそれくらいの調べは容易い事なのだろう。彼の写真を持っているのもそうでないと説明がつかない。そう考えながら嶺歌は平尾の写真を大事そうにそっと胸元に当てる彼女に言葉をかけた。
「実行日はいつにしますか?」
形南の様子を見るにきっと今すぐにでも彼と知り合いたい事だろう。嶺歌は「あたしはいつでも大丈夫です!」と意気込んでみせる。彼の前で物を動かして見せるくらいはどうって事はない。魔法少女の存在がバレることだけは避けねばならないが、彼にはただ超常現象が起きた事だけを見せればいいのだ。自分は隅で隠れて演出に集中していればいい。そう思いながら彼女にガッツポーズをしてみると形南は再び嬉しそうに瞳を輝かせ、満面の笑みでお礼を告げてきた。
「感謝してもしきれませんの! 実行日は明日にでもお願いしたいですわ!」
再度興奮気味になった形南はそう言うと「兜悟朗! 明日は勝負時ですのよ!」と運転席に向かって大きく声を張り上げる。しかしこうして声のボリュームを大きくしていても尚、上品さが失われないと言うのは感服である。流石は財閥のお嬢様だ。嶺歌はそんな事を考えながら彼女の嬉しそうな横顔を無意識に微笑んで見ていた。
第三話『運命の』終
next→第四話(3月2日更新予定です)
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