手のひらにオクトパス

深海の底

本編


 原稿の締め切りまであと二週間。進捗が芳しくないことは分かっていたが焦るほど漫画を描く気力は失せていき、気分転換に昼寝をした。

 目が覚めると右手首に違和感がする。目をやるとそこには小さなタコがぺたりと張り付いていた。そのぬめぬめとした感触、長い八本のエイリアンのような足が腕に巻き付いているのを見て、衝撃のあまり気を失いそうになった。

 なんでタコ?あれ、もしかしてまだ夢の中?

 パニックに陥った私は悲鳴をあげ、なんとかタコを振り払おうと腕を水車のように振り回した。いくら小さいとはいえ全長十センチはあり、赤黒い光沢をもつ生物を触って取る気にはなれない。

 ぶんぶん振り回されてタコも生命の危機を感じたのだろう、あれ、なんだか濡れている…?と首筋に湿気を感じた時にはタコが墨を吐いていて、部屋中が真っ黒になっていた。

 私はパニックに怒りが加わるのを感じ、更に力を入れて腕を振り回した。

 絶対に吹っ飛ばしてやる!

 その意気込みも虚しく手首に巻き付く力は益々強くなり、最初は血圧測定器並みだった圧力が今や手首をもぎ取りそうな勢いになっている。右手は感覚を失い、行き先を失った血液がどくんどくんと前腕で脈打っているのを感じた。

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「そういうわけでペンを持てないので、漫画は描けません」


 その一時間後、タコを引きはがすことを諦めた私は編集者との打ち合わせでカフェに来ていた。風呂に入る時間はなかったから服に墨はついたまま、もちろんタコも手首に張り付いたまま。タコはキツ過ぎるリストバンドのような着圧で留まりながら、うねうねとダンスを踊っている。

担当はまるで初見の人を相手取るかのように私の頭からつま先まで睥睨すると、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「そんなバカな言い訳は今まで一度も聞いたことがないぞ!」


 何をおっしゃいますか、このタコが見えないんですか?

 私も真っ赤になって言い返すが担当は怒りを溜めていき、そんなくだらない言い訳を考えている暇があったら今すぐ帰って原稿を描け!とボルテージを上げる。担当も真っ赤、私も真っ赤の茹でだこ状態で、私の手首でのんびりダンスしているのも、本物のタコ。 

 担当は四十代半ばの熊男で生理的にムリなゾーンを行き来していたから、気は進まないが背に腹は代えられない。

 ほらじゃあ触ってみてくださいよ、と右手首を差し出した。担当は躊躇うことなくごつい手で私の右手首をタコごと掴んだ。私と担当の間でべちゃりとタコが潰れる感覚でひっと声が出たのも束の間、今度はパニックに陥ったタコが私の手首をすさまじい力で締め付け始めた。


 痛い痛い!と思わず大声を上げてしまい、カフェ中の目が私たちに注がれる。担当は慌てて手を放し、大袈裟に騒ぐのはやめてくれ、タコなんていないだろうと言い張る。ここにいるじゃないですかと問い詰めても首を横に振るばかり。


「気味の悪い冗談はやめて、原稿が上がり次第連絡をくれ」


 話は終わりだ、と担当は席から立ち上がった。だから描けないって言ってるじゃないですかと涙声で訴えかけるが、熊男は絆されなかった。その図体からは予想できない俊敏さで会計やらを済ませ、さっさと店から出ていってしまった。

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 部屋に帰り、私は途方に暮れた。

―あいつ、原稿書かせるためだったら見えるものも見えないって言うんだ。

 まあ確かに原稿ができていないのは私の落ち度なのだが、こうしてタコが張り付いてしまった今どうやって原稿を描けというのか?

 試しにペンを持ってみるがその途端タコは生命の危機を感じたかのように強烈に手首を締め上げてくる。五分と持っていられず、ペンを放り出した。それに作業机はタコの粘膜液でべちゃべちゃだ。これでは愛用のペンタブが故障するのも時間の問題だ……。


 そこで私は漫画を描くことを諦めた。ペンを持てないのだから仕方ない。描きたくても描けないし、きっとこれは少し休みなさいという天からの啓示なのだ。描かないのではない、描けないのだと思うとしばらく胸を塞いでいた焦りや不安から不思議なほど解放された。

 私は思い切って家を出てずっとやりたかったゲームを数本買い込み、時間を忘れてプレイした。担当から一日に二回は進捗確認が来たが、連絡は返さなかった。

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 三日も経つとあんなに不気味だったタコがいる生活にも慣れて、朝起きたらおはようと声をかけるようになった。心なしかタコも嬉しそうにくねる…気がする。

 あれから友人や家族にもこのタコの写真を撮って送ってみたが、皆口をそろえてそんなものは見えない、という。


「漫画を描きすぎておかしくなったんじゃないか。こっちに帰ってきたらどうだ」


 両親はわざわざ電話を寄こし、心配そうに言った。いやあ冗談だよなんて返したが実際私はおかしくなってしまったのかもしれない。大体この陸地にタコが現れること自体おかしいのだ。最寄りの海まで三〇キロ以上あるのだから。


「そんなことよりまだいい人できないの?小学校の時仲良しだった夏希ちゃん、県庁の人と結婚するらしいわよ。年齢も年齢だし、あんたも少しは上手く立ち回って…」


 「そんなこと」?仕事、ひいては生活に直結する問題なのに随分雑に片付けられたものだ。適当な相槌でやり過ごし、半ば強引に電話を切った。

 気分は最悪だった。ただでさえ商売道具の手に問題が発生して気が滅入っている時に両親の説教など聞きたくなかった。それにしても疑問は深まるばかりだ。

 なぜ私の前には男ではなく、タコが現れたのか?

 

「ねえ、あなた何者?どこから来たの」


 タコに問いかけるが当然言葉は返ってこない。まるで子犬が甘噛みするように、私の腕を優しく締め付けるのだった。


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 一週間も経つとさすがの私も焦り始めた。締め切りはあと八日後に迫っているのに、完成しているのは四十九ページの原稿のうちタコが現れる前に描いた十ページだけ。

 意を決してペンを持つが、その度にタコが邪魔をする。何の恨みがあるのか、私の手首をゆっくりじっとりと締め上げて、やめないなら絞め殺すぞとばかりに脅すのだ。 

 痛みに耐え、涙目になりながらペンを握り続けるが五分が限界だった。そんなことを繰り返して貴重な一日を消費してしまい、私はついに担当に泣きついた。


「君はプロ失格だぞ」


 電話越しにも彼の怒りと失念がひしひしと伝わってくる。悔しいがタコを言い訳にサボっていた節はあるから、返す言葉もない。意気消沈する私に追い討ちをかけるように、担当は爆弾発言を放り込んだ。


「同期の白川先生の『スプートニク』、アニメ化が決定した」


 心臓が急降下して床に落ちた気がした。なんでこのタイミングで言うんですかと抗議すると、本当はこないだの打ち合わせで伝えるつもりだったけどあの時君は正気じゃなかったからと言う。

 関西出身の白川先生は年齢が近い上にデビュー時期が一緒だったため、関東出身の私とはニコイチで「東の赤野、西の白川」の日の丸コンビとして売り出されていた。いわゆるライバルというやつだ。ただし、それもデビューから三年の間だけである。

 今や大きく水をあけられ、「日の丸コンビ」などと口にする人はいなくなっていた。白川先生は二つ目の連載で早くもアニメ化を獲得。私はといえばなんとか勝ち取った初連載も、打ち切り圏内で低空飛行中である。

 やっぱり才能ですかね、となんとか絞り出したが言葉が続かなかった。担当は電話越しでもはっきりと分かるため息をついた。


「実はね、デビューする前に白川先生も僕に持ち込んでくれてたんだ。でも二人同時には持てなかったから、僕は君を選んだ。漫画家には二種類いるんだ。計算してヒットを飛ばせる優等生タイプと、好きなものに拘って描く感覚派タイプ。前者は安定していて優秀だが不思議なことに爆発的ヒットを生むのは後者だったりする。その代わり外す時は大きく外すが。白川先生は前者で君は後者だと思った。僕は賭けをとったんだ」


 そんな裏話があったとは。とはいえ、現状を見ればどちらを選ぶべきだったかは明かだ。ハハハ賭けに負けちゃいましたね…と和ませるつもりで呟いたが、返ってきたのは怒声だった。こういう私の態度が我慢ならないのだという。


「原稿を上げられないなんて才能以前の問題だぞ。アシスタントを手配するから、とにかく死ぬ気で仕上げてくれ。才能を嘆くのはそれからだ」 

 説教している時間も惜しいと思ったのか彼はそう言って電話を切り上げると、三時間後にはピンチヒッターのアシスタントを二名寄こしてくれた。まだ二十歳そこそこの優しそうな女の子と私と同年代のがっしりとした男性だった。


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 悶々として自己憐憫に浸りたい気分だったが、今はそんな時間はない。まずは目の前の原稿である。

 キャラクターは私、背景やトーンなどはアシスタント二名で分担しようとしたが、困ったことにキャラクターが描けない。ペンを持とうとするとタコが邪魔をするのだ。


「お願い、描かせて」


 そう懇願するが、それをあざ笑うかのように締め付けは強くなり、気分が悪くなって終いには吐いてしまった。

 げーげーとトイレで嘔吐する私の背中をアシスタントの女の子が優しく撫でる。もう一人のアシスタントはすっかり引いてしまったようで、原稿から目を逸らさないようにして黙々と作業を続けていた。


「大丈夫ですか?お水飲みますか」


 女の子はそう言って私にグラスを差し出した。使い物にならない右手はだらりと下げたまま、左手で受け取ったグラスを一気に飲み干す。


「ごめんね、こんな修羅場に来てもらって。しかも介抱までさせて……」

「大丈夫です。連載のプレッシャーですか?先生、これが初連載ですよね……」


 いえ、心理的なものではなくタコが原因なんですと答えようとしたがやめた。確かに、やっと掴み取った初連載はアンケート下位常連で元ライバルの同期には水をあけられ、自暴自棄気味なのは事実だが。それよりも今は描かなくては。

 まだめまいがしたが、立ち上がって作業机に戻る。


「すみません。本当はキャラは私が書くべきですが、厳しそうなので分担してもらえますか。その代わり私も背景をやるので」


 何とかペンを持ち、我慢ができる最初の五分に集中してキャラを書き進める。手が痛んでどうしても我慢できなくなったら、左手に持ち替えてトーン貼りを進めた。背景は写真からトレースすれば何とか見れる絵になった。

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 それからは地獄だった。私たちは根を詰めて、毎日軽く十五時間は作業した。

 体力の限界まで描き続け、気づいたら机に突っ伏して寝ていることもしばしばあった。起きている時間はもちろん、夢の中でも漫画を描いていた。それでも締め切りに間に合うかは怪しく、アシスタント二人が帰った後も一人で作業を進めた。右腕には相変わらずタコが張り付いており、その圧ですでに壊死寸前だった。困ったことに右手でないと満足のいく絵は描けないので、左手で右手首をタコもろともを掴み、無理やり動かして描く荒技にでた。

 そんな風に力づくではあったが、右腕で作業ができる時間は次第に長くなっていた。


 締め切り当日はもう一人アシスタントさんが加わり、力業での作業が続いた。原稿が上がったのは夜の二十二時で、その頃には右腕どころか左腕の感覚もなくなっていた。寝不足で頭は重いのに、修羅場を乗り切った安心感と達成感で今なら空も飛べそう。

 自分にここまでの根性と体力が備わっているとは思わなかった。とはいえ、結局私の作業量はアシスタントさんの四割程度で、申し訳なさと感謝の気持ちを表そうと高級焼肉弁当を頼んだ。

 アシスタントの男性陣はその弁当を食べずに持ち帰ったが、女の子は残り、二人で話しながら食べた。彼女は少女漫画家志望で、先日新人賞を受賞したことを機に地方から上京したらしい。まずは連載獲得を目指して日夜ネームを書いているそうだ。


「早くデビューしたいし、毎日不安です。何にもなれなかったらどうしようって」


 彼女は不安そうにため息をついた。


「大学も出ていないし、周りは青春楽しんでいるのに私はどうして漫画を描いてるのかなってたまに思います。なんでこんな厳しい道を選んじゃったのかなって。早くデビューして、安心したいです」


「私だって未だに何者でもないよ。デビューしたって連載したってずっと不安だよ。きっと人気作家になるまではそうなのかも」


 そんなことを言いながら、そういえばここ数日は不安から解放されていたことに気がついた。悩む暇もなく漫画を描いていたから当たり前なのかもしれない。漫画家としてやっていけるかという不安は、結果を出せば当然消えるだろうと思っていた。

 連載を持てたら。単行本が百万部売れたら。アニメ化したら。

 そうした分かりやすい目標までの距離が不安に変換され、不安が募るほど、漫画が手につかなくなった。自分の可能性を信じられなくなった。まさに悪循環。

 でも本当に、ヒットさえ出せば円満解決するのだろうか。

 彼女を見送った後久しぶりに湯船に湯を張り、ゆっくりと風呂に入った。右の手首には相変わらずタコが張り付いているが、心なしか縮んでいる気がする。


「一生コイツと一緒に生きていくのかな……」


湯船にタコごと右手首をつけるとタコがぐぐぐと締め付けてきて、いててと小さく声が出た。

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 その日は泥のように眠り、翌日は昼過ぎに目を覚ました。今日くらいはオフにしようとやりかけになっているゲームに手を伸ばしたが、プレイしていても頭をよぎるのは担当の言葉だった。


「感覚派は当てる時も外す時も大きく、か……」

 

 悲しいかな、今の私は後者。連載中のSFは、今から盛り返すことは難しいだろう。作り込みすぎた世界観が一人歩きしている気がする。自分の拘りが悪い方向に出てしまった。この作品が打ち切りになったとして、次回作は何を描けばいいのだろう。スポコン?王道のバトルもの?ラブコメ?

 ゲームを切り上げ、しばらく前にコーヒーをこぼしてカピカピになってしまったアイデア帳を開いた。ペンを持とうとするとタコが指に絡まりついてくる。お前はお呼びじゃないよと左手でデコピンすると、意外なほど素直に手首まで後退していった。

 今日は頭が冴えている。

 有望そうな案がいくつか浮かび、書き留めながら胸が弾んだ。まだ構想の段階だが、一つこれぞというストーリーを思いついた。ウキウキとプロットを書き進めるが、半分ほど来た時点でまるで落とし穴に落ちたかのように、急に不安になった。

 果たしてこのわくわくする感覚は正しいのか?独りよがりではないのか?いくら自分で気に入ってもヒットするとは限らないことは、今回のSFで証明済みではないか。そう考えるとシャボン玉が割れるように、小さな期待の粒たちが霧散していった。

 やはり私は漫画家に向いていなのかもしれない。漫画家として終わったら、私の人生はどうなるのだろう。

 会社員として働く?結婚して家庭に入る?

 どちらもまるで知らない人の人生に思えた。漫画家になることは物心ついた頃からの夢だった。漫画しかやってこなかった。満足が行く作品を作りたいが、自己満足で終わってしまってはだめだ。プロである以上、作品の価値を決めるのは作者ではなく読者なのだから。

 ……そう、読者。

 なんだ、それなら単純なことじゃないか。

 あまりに単純なことを見落としていた自分がおかしくなって、思わず笑い声をあげる。担当の言う通りだ。才能を嘆く前にやるべきことがあるじゃないか。ひったくるようにして机からスマホを取り、履歴から番号を探した。コール音が二回ほど鳴り、担当が出た。


「お疲れ様です。ちょっと唐突なんですけど、最近出来たオンライン媒体に読み切りを掲載したいんですが」


「e.comicのことかな?無理じゃないけど、君にそんな余裕ないだろう」


担当は寝起きなのか徹夜明けなのか、寝ぼけた声だった。


「確かにそうなんですけど……。熊野さんの指摘について自分なりに考えてみました。私が感覚派で読者ウケを計算できないタイプなら、数を打って読者の反応を見るのがいいと思ったんです。オンライン用の読み切りをいくつか描いて、読者に刺さったものを連載用に描き直したいと思ったんですが、どうでしょうか」


「まあ確かに、オンラインならPVもリアルタイムで分かるしな。でも君、最近筆が遅くなってるだろう?モチベーションも明らかに下がっていた。こないだもタコがどうのとかよく分からない言い訳までしていたし」


あれは本当ですよ!と抗議したが、担当は相変わらず信じていないようだ。


「……タコは今も私の腕にいますし、そのせいもあって停滞気味だったのは認めます。正直どうやってこれから漫画と向き合っていけばいいのか、焦りと不安で分からなくなっていました。でももう大丈夫です。きっと、多分、八十パーセントくらい」


「自信あるのかないのかどっちですか」


 担当はまだ渋っているようだったが、枠をもらえないか上長に確認する、ということで落ち着いた。もし掲載が決まったら今まで以上に漫画づけの日々になるだろう。でもそれでいい。結局描くことでしか不安は消えないのだから。

**************************

 担当との電話から数日後、連載の質を落とさないという条件で読み切りの掲載が決まった。


「今回みたいな修羅場はやめてくれよ。連載原稿の期日は必ず守ること。できなければもう読み切りはなしだからな」


 釘を刺されたが、いつだって手を差し伸べてくれるのがこの担当なのだ。こないだの白川先生の件で気付かされたが、私の漫画は私の人生だけではなく他の人の人生も負っているのだ。

 気合は充分で原稿に取り掛かろうとしたが、問題になるのがタコの存在である。このタコがいる限り描くスピードは上げられないので、全ての工程に早めに取り掛かる必要がある。あんな地獄のような思いは二度としたくないし、次はもう担当に見切りをつけられてしまうだろう。

 ネームを切るまでなら問題なかったが、深刻なのは画力の低下だった。筋肉と同じで描かなければ画力は落ちていく。痛みを押して一日数枚は描くようにしたが、速度は遅く線もガタつく。

 それならばと左手で代替できるように訓練を始めた。ペンだけでなく箸も左手で持つように練習し始めた。当初周囲は私の奇行を気味悪がり、食事の席では行儀が悪いと咎められたが、本気であることが伝わると誰も何も言わなくなった。

 そんな私の努力をタコは不服そうに見つめ、存在をアピールするかのように脈略もなく手首を締め付けるのだった。


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 タコが現れてから三か月後、ある朝目が覚めると右手首が奇妙に軽いことに気づいた。寝ぼけまなこで目をやると、タコがいない。驚いてベッドの周りを確認するが、タコは見当たらない。嬉しくなって思わず両手を挙げて歓喜した。

 これで何も気にせず漫画を描ける。

 私はベッドから潜り出ると、作業机に直行し、早速漫画を描き始めた。

(終)

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