2-5

「なんだ、エルディ=メイガス。飯は食わないのか?」


 冒険者ギルドの二階にある酒場にて、対面に座った強面こわもての戦士がエルディの手元にある飲み物を見て言った。

 テーブルには、エルディと強面の戦士の他に、魔導師と治癒師がいる。以前ティアが助けた治癒師がいるパーティーだ。アリアからいくつかの仕事の依頼を請け負った後、このパーティーの面々から一緒に上で飯でもどうだと誘われたのである。

 リントリムの冒険者ギルドは二階に食堂が設けられており、冒険者パーティー一行のみが安価で飯を食べられるようになっている。金欠の冒険者が空腹で仕事ができない、といった事態を避けるためだ。

 ただ、ここで食事をするのは駆け出しの冒険者が多いため、冒険者ギルドの食堂で飯を食うことを嫌う熟練の冒険者も多い。


「ああ。まあ、あんま腹減ってなくてな」


 エルディは咄嗟にそう嘘を吐いた。本当はこの後の買い物に備えての節約なのだが、金がないと正直に言うのもちょっと恥ずかしかったからだ。


「そうかい。付き合わせて悪いなぁ」

「別にいいよ。こうやって他のパーティーの人間と話すのも久々だしな」


 言いながら、他の面々ともジョッキを当てて軽く乾杯する。

 普段はティアが変なことを言ってボロを出さないように他の冒険者との交流も控えていたのだが、少しばかり話すくらいならいいかと思い、誘いに乗ったのだ。実際に、冒険者ギルドではアリア以外とはエルディもほとんど話していないので、他の冒険者との情報交換もしたいと思っていたところだった。


「いやぁ。君たちには救われたからなぁ。こうして僕たちがまだ冒険者やっていられるのも、君らのお蔭ってもんだ」


 ティアに救われた治癒師が言った。

 一命をとりとめた彼は、以後変わらず同じパーティーで冒険者活動をしているようだ。


「治したのはティアだ。俺は何もしてないよ」

「あれ? そういえば、例の聖女ちゃんはどうしたの? ずっと一緒だと思ったんだけど」


 女魔導師が言った。ちなみに、〝聖女ちゃん〟とはティアが密かに付けられているあだ名だ。そのあだ名を付けたのは他でもない、このパーティーである。

 本人は〝聖女ちゃん〟と呼ばれていることなど全く気付いていないが、彼女の聖女っぽい外見からそう呼ばれ始め、浸透しているらしい。聖女じゃなくて堕天使だぞ、ともちろん訂正するわけにもいかないので、なんとなしに肯定も否定もせずそのまま流している。


「ああ。今日は家で留守番してるよ。たまにはひとりの時間も必要かと思ってな」

「留守番?」


 家で留守番、という言葉に女魔導師が首を傾げた。

 宿暮らしが基本の冒険者にとっては聞き慣れない言葉だったのだろう。


「こいつ、ギルドの融資で家を買ったんだってよ。ギルドが融資するってだけでも凄い話だが、そんなところで聖女ちゃんと同棲たぁ羨ましい限りだ」

「そいつは羨ましい話だ。さぞかし毎晩お楽しみだろう」

「バカ、そういうんじゃねーから。家族みたいなもんだっつの」


 またこの話か、とエルディは頭を抱える。先程散々アリアからいじられた話だ。実際にお楽しみになったのならともかく、何もしていないのだから、これでからかわれるのは納得できない。正直、もう勘弁してほしかった。

 ちなみに、冒険者がギルドの融資で家を買う、というのはかなり珍しいケースである。当然、他の冒険者にもエルディたちが家を買ったことは伝わっていた。


「あんなに可愛い娘とひとつ屋根の下で暮らして何もない、だ? そいつは冗談にもほどがあるぜ、エルディ=メイガス」

「だから、それでも何もないことも――」


 あるんだって、と言おうと思った時である。

 コンコン、とエルディの背後のガラス窓が、まるでノックされたかのような音を立てた。


「……!?」


 ふとそちらを見てみると……窓の下にこっそりと身を隠した、今話題の〝聖女ちゃん〟こと、堕天使のティア=ファーレルの姿があった。彼女は両手でランチボックスを抱えていた。

 ちなみに、ここは二階だ。その窓から姿を見せているということは、当然背中の羽を使わないとここには来れないわけで――


「ぎゃあああああああああ!?」


 ばっさばっさ背中から羽ばたいているそれを見て、エルディは大声を上げた。

 ここにいてはならない人物がそこにはいたのだ。当然大声のひとつやふたつくらいは上げてしまうのも無理はない。


「何、どうした!?」

「魔物か!?」

「いや、なんでもない!」


 その声に驚いたパーティーが手元の武器を取ったのを見て、エルディは慌てて窓を隠すように立ち上がって両手を広げた。


「なんでもないって声じゃなかったぞ!?」

「いや、本当になんでもないから!」


 エルディは後ろを向いて、ぱたぱた飛んでいる堕天使に目線を送る。


(何やってんだお前!? 早く隠れて――って一応隠れてはいるのか!? でも、外からは丸見えだよな!?)


 ティアの後ろを見ると、幸い裏通りに面したほうの窓だったようで、路地に人がいないところを見ると、目撃者はいなさそうだ。向かいの家も幸い二階には人がいないらしい。ツイてる。

 ただ、隣の家の人間が二階に上がってきたり、通行人が路地を通ったりした暁あかつきには、ばっちりとばっさばっさ羽ばたいている堕天使の姿が見られてしまうだろう。


(と、とりあえず下! 下降りてろ! すぐ行くから!!)


 エルディはティアに目線でそう伝えると、彼女はこくこくと頷いて裏路地に舞い降りていく。


「おい、どうした? ほんとに大丈夫か?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だけど、ちょっと急用思い出したから、行くわ! 今度飲み直そう。じゃあな!」

「お? おお……気ぃ付けてな?」


 どっと疲れた様子を見せたかと思うと、すぐに酒代だけ置いてその場を走り去っていくエルディ。そんな姿を見て、冒険者たちは怪訝けげんそうに顔を見合わせたのだった。

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