短編集
①
1-1
「あ、エルディくん。ちょうどいいところに来てくれたわ」
依頼を終えて清算を済ませようとギルドを訪れると、受付嬢のアリア=ガーネットが声を掛けてきた。
「おお、アリアさん。今朝受けた薬草探しの依頼、終わったよ」
「仕事が早いのね。お疲れ様。それより、ティアちゃんは?」
アリアはエルディの後ろを確認するようにして受付カウンターから身を乗り出した。
「ティア? ティアなら、外で子供と遊んでるけど」
迷子犬探しの依頼で子供たちに聞き込み調査をした際に、彼女は街の子供たちにすっかりと認知されてしまい、事あるごとに話し掛けられるようになっていた。今はギルドの入り口で子供たちに捕まって、そのまま何かの遊びに付き合わされている。彼女も子供が好きなようなので、特に一緒に遊ぶことに抵抗はないようだ。
「そう。あの子らしいわね」と微笑んだかと思えば、アリアは急に顔を引き締め、近づくようエルディに手招きして指示した。
「……? どうした?」
「ティアちゃんのことなんだけど、ちょっと話したいことがあるの。少し時間もらえるかしら?」
アリアは依頼達成書に判を押しつつ、言った。
「……話したいこと?」
エルディは訝しむようにしてギルド受付嬢を眺めた。
真面目な顔をしているが、これまで散々ヘタレと揶揄われネタにされてきたエルディである。信用できるはずがなかった。
「そんな顔しないでよ。今回は
そんなエルディを嗜めるようにして、アリアが言った。口ぶりと表情からして、今度は真っ当な話らしい。
「あなたたち、家を買ったじゃない?」
アリアは受付カウンターから身を乗り出して、内緒話でもするようにして声を潜めた。
「ん? まあ、買ったな」
「家を買ったら当然ここリントリムの住人になるわけで、住民登録をしなくちゃいけないでしょ? 実は、ちょっとその手続きで問題が発生して」
「問題? 冒険者の住民登録関連のことはギルドがやってくれるんじゃなかったか?」
冒険者はその職業の特色上、家を買って定住する者はあまりいない。そのため、たとえ拠点にしている街があったとしても、住民登録はされないのが一般的だ。税金は報酬から天引きされ、冒険者ギルドがその地の領主に税を収める、という形を取っている。
しかし、家を買って定住するとなると、話は変わってくる。冒険者ギルドの依頼から納税分が天引きされるだけでなく、所有する不動産の税も納めなければならないのだ。要するに、天引きされる分の税+不動産の税と支払う額が増える。これが、冒険者が家を買いたがらない理由でもあった。
また、不動産分の税も収める場合は住民登録が必須だ。このあたりの手続きがかなり面倒なのだが、冒険者がギルドを仲介で不動産を手に入れた場合に限り、ギルドが住民登録関連の手続きを代行してくれることになっている。街によって登録のルールが異なるので、それらを熟知しているギルドが手続きをした方がトラブルも起きにくいからだ。
「そうなんだけど……ティアちゃんのこと、思い出してみなさいよ。あの子、そもそも人間じゃないのよ?」
アリアが眉を顰めて言った。そこで、彼女が言わんとしている問題にエルディも気付く。
「あ、なるほど。戸籍がないのか」
「そう。あの子の出自に関する情報が一切ないから、住民登録ができないのよ」
住民登録をする際に必要となってくるのが戸籍だ。戸籍は基本的に生まれた街の教会によって登録され、教会全般で管理・共有される。これを教区簿冊といい、新たな場所で住民登録を行う際も教会で照合してもらえば良いだけなのだが、ここで問題が発生した。
ティアは、天界を追放された堕天使。当然戸籍がないので、彼女がどこで生まれた人物なのか、という戸籍の照合ができないのだ。
「ティアちゃんが冒険者なら、こっちで勝手に書き換えれるんだけど、それもできないし」
アリアが悩ましい表情を浮かべて唸った。
戸籍がないと、住民登録はさせない──これは、無法者や無頼者には簡単に平民としての身分はやらない、とする制度だ。平和に暮らしたい住民を守る制度でもあるし、ならず者を街から排除するための制度でもある。同時に、統治者が統治をしやすくするための制度でもあった。ならず者が正規の住民として居座られると治安も悪くなるので、あまり領主からすれば喜ばしいことではないのだ。
しかし、一度無頼者や無法者になってしまった者が永遠に住民登録ができないかというと、そうではない。その抜け道のうちのひとつが〝冒険者〟だ。
冒険者になってしまえば、出自に関係なく身分が手に入る。冒険者ギルドの方で
これはある種、救済措置も兼ねていた。自らの意思で無頼者や無法者になった者ならともかく、環境上そうならざるを得なくなった者もいる。たとえば、人攫いに捕らえられたり、何らかの事情で
「それなら、ティアに冒険者登録させようか? あいつならすぐになれるだろ」
「天使パワーを隠して? 戦闘試験もあるのよ?」
「そうだった……」
がっくりとエルディは項垂れた。
ティアほどの魔力があれば簡単に冒険者登録試験なんてクリアできると思ったが、彼女がその力を行使するには、ひとつの条件がある。魔力量に応じて堕天使の翼が出てしまうのだ。さすがに試験官の前で
「うーん、まずいな。どうしよう」
ティアの戸籍に関してはすっかり失念していた。もちろん、居候として扱うことも可能だが、万が一領主からの審査が入ったら完全にアウトだ。奴隷と言い張って逃れる手もあるが、元とは言え天使を奴隷扱いするのはちょっと不遜すぎる。というより、今となってはエルディにとっても彼女は大切な仲間でもあるので、そうした扱いをしたくなかった。
(家を買ったのは早計だったか……?)
何となくティアのためにも家があった方が良いかと思って買ったのだが、思慮が浅かったかもしれない。住民登録をせず、ただの流れ者として冒険者活動をしている方が色々楽だった。
「やっぱり、奥の手を使うしかないわね」
アリアがエルディの反応を見て、言った。
「奥の手?」
「ええ。ギルドとしては、あんまりおおっぴろげにこのやり方を勧めるわけには行かないんだけど……今回はやむなしってことで。他の冒険者には内緒にしておいてね」
言うと、アリアは羊皮紙にさらさらっと紹介状を書いてから判を押し、エルディに渡した。紙にはボスコという名前が記載されている。これまで見たことがない名前だった。
「このボスコって奴は何者なんだい?」
エルディが訊くと、アリアは更に声を潜めて言った。
「〝ニンベン師〟よ」
「……なるほど。そいつは確かに奥の手だな」
「でしょ」
アリアが得意げに片目を瞑ってみせた。
ニンベン師とは、特定の証書や文書などを偽造する専門家のことだ。彼らは、公的証書や私文書などを問わず、様々なものを偽造する。もちろん、戸籍の偽造も可能だ。その技術は非常に高度で、領主や国、教会からも見抜かれることはないという。
一般的に偽造された文書は犯罪に使用されることが多く、ニンベン師自身も偽造行為により罪を犯していることになる。裏社会でのニーズは高いが、国や領主にとってはもちろん敵だ。そのため、彼らは人目を避けて、常にその身を隠している。かくいうエルディもまだリントリムではニンベン師を探せていなかった。彼らは一見さんお断りで、基本的に信頼ある筋からの紹介でしか仕事を請け負ってもらえないのだ。
ちなみに、ニンベン師は『偽』という漢字の偏『ニンベン』から名付けられたと言われていて、関係者だけがわかる隠語のようなものだ。
「別途お金は掛かるけどね。もちろん、そこまでは負担してあげられないわよ?」
「いや、紹介してくれるだけで有り難いよ。この街でのニンベン師は俺も見つけられてなかったからさ。でも、良いのかよ? こんな奴をギルドが紹介して」
ニンベン師は公私問わずに文書を偽造する、謂わば犯罪者だ。公的な組織であるはずの冒険者ギルドがニンベン師を用いるのは、限りなく黒に近い灰色な事柄である。
「良くはないわよ。だから、内緒にしてって言ってるんじゃない。でも、まあ……たまにね、ギルドも彼らのお世話になる時があるから。そこは持ちつ持たれつよ」
アリアは肩を竦めて言った。曰く、有能な冒険者が濡れ衣とかで捕まりそうになっていたりとか、貴族を亡命させる依頼、或いは依頼の都合上でどうしても通らなければならない関所を越えるために、ニンベン師の力を借りることがあるそうだ。
高度な技術を持つニンベン師は少数だ。そのため、彼らは様々な組織から重宝されているし、成功した組織は大体御用達のニンベン師を抱えている。冒険者ギルドもお得意先のひとつとしてちゃんと囲っているのだろう。
「なるほど。御用達ってわけか」
「そういうこと。あとでティアちゃんを連れて行ってあげて。あ、ティアちゃんには犯罪だとかそういうのは言ったらダメよ? あの子、そういうの気にすると思うし」
「了解。恩に着るよ」
エルディは改めてアリアに感謝の意を示した。ティアの住民登録のために、
ただ仕事の報告に来ただけだったのだが、思わぬところでアリアに助けられることとなった。放置していて万が一領主から突っ込まれたら、せっかく手に入れた家を手放して夜逃げすることになっていただろう。アリア様様である。彼女には色々遊ばれているが、こうして力になってくれるのだから、やっぱり憎めないなと思わされるのだった。
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