第56話 元パーティーメンバー達の集う場所

「あー……ほんと、お金貯まんないわね」


 いつも過ごすリントリムのオープンカフェで、収支の計算をしつつイリーナが大きな溜め息を吐いた。


「毎日身を粉にして働いてるのにこれはあんまりだよぉ。その日暮らしにも程があるじゃん」


 フラウがうんざりだと言った様子で大きな溜め息を吐いて突っ伏す。

 彼女の言いたい事はわからないでもないが、彼女が金欠なのはそれ以外にも理由がある。


「フラウはすぐ飲みにお金使っちゃうからでしょ」


 そう、彼女は少し浪費癖があるのだ。

 イリーナは依頼が終われば大体宿に戻って本を読むなり精神鍛錬などを一人で行っているのだが、フラウは大体酒場に飲みに行っている。たまにそこで困っている人を見つけてギルドまで連れて行き、依頼を出させているところなどを見ると、営業活動の一貫もあるのだろうが、もちろんそんなパターンは稀だ。夜中に酔っ払って部屋に帰ってくるのが大半である。


「だってぇ! この仕事してるといつ死ぬかわからないんだよ? それなら、お金貯めてても損じゃない?」

「まあ、ね……」


 フラウの言わんとしている事もわからなくはなかった。

 それを目の当たりにしたのが、ヒュドラ戦だ。

 イリーナはあの時、初めて死を覚悟した。牙で腹を貫かれた時点で意識はなくなっていたが、ヒュドラが大口を開けて飲み込もうとする寸前にエドワードに救われていたそうだ。

 どれだけ堅実に生きていても、死んでしまえばおしまいだ。それは冒険者であろうとなかろうと変わらない。だからこそ、貯蓄もそれほど意味がないという感覚もわかると言えばわかる。


「でも、浪費は生活に困窮しない程度にしなさいよ。あんまり無駄遣いするなら、もうお金貸してあげないわよ?」

「そんなぁ! 自分だけベッドで寝てあたしには野宿しろっていうの? ひどい! いつからそんな子になったの⁉ お母さん、そんな子に育てた覚えはないよ⁉」


 言いながら、フラウがおいおいと泣き真似をする。


「誰がお母さんよ。同い年のくせに。それに、いつも宿代とご飯代は貸してあげてるでしょ?」

「へへっ、助かってますぜ姉御」


 急に態度を一変させて、山賊の舎弟みたいにへこへこし出すフラウ。

 本当に調子が良い。これこそが彼女がムードメーカーである所以なのだが。


「まあ……そうやって借りて、次の報酬で返済してっていうのを繰り返してるからお金貯まらないだろうけどね」

「うぐ。それを言われると辛い……」


 フラウはがくっと項垂れて、大きな溜め息を吐いた。

 ほとんど自業自得な気がしなくもない。他から借金をするとどんな目に遭うのかわかったものではないのでいつもイリーナが貸しているのだが、ちょっとそろそろ何とかしないといけない。

 エルディか或いは他に男性が加入してくれていれば彼女も変わるのだろうが──少なくとも〝マッドレンダース〟時代はこんな浪費癖はなかった──二人だけだからこそ余計に甘えてくるのだ。第三者の目があれば、彼女も少し気持ちを入れ替えるのではないだろうか。


「でもさー、D級くらいの依頼ならあたしら二人でも大丈夫だと思うんだよね。危険を考慮してE級に登録してくれているのは有り難いけど、E級だと依頼内容も冒険者っていうよりお手伝いとか便利屋さんな依頼の方が多いし」

「まあ、ね。私も何の為に冒険者やってたんだっけって思い始めてたところよ」


 フラウが物足りない気持ちになるのもわかる。

 E級パーティーへの依頼となると、やれ遺失物探しだ、やれ薬草採取だ、やれお届け物だ、とお使いレベルの依頼が多いのだ。冒険者になりたてのルーキーが請ける依頼としては良いが、そこそこキャリアもあるイリーナ達からすれば物足りないのも事実だった。


「もうさ、この際男でも作って結婚しよっかなって考えちゃうよね」

「ちょっと待ってよ。そしたら私が独りになっちゃうじゃない」


 その無責任な言葉に、さすがにイリーナも待ったを掛ける。

 フラウはその反応に満足したのか、悪戯っぽく笑って「冗談だよ」と答えた。


「でも、このままの収入で日銭をずっと稼ぐだけっていうのも辛いよね。あんまり強くなくてもいいから、妥協して前衛の子入れないとあたしら一生このまま貧乏生活だよ」

「それも、そうなのよねー……」


 それについてはイリーナも考えていた。

 イリーナとフラウの実力を考えれば、B級クラスの前衛が欲しいところである。まだ冒険者に成り立ての前衛を入れたところで、足を引っ張られ兼ねない。

 だが、前衛がいなければいつまで経ってもE級のままである。ここは、今は弱くてもいいから新人冒険者を加入させて、一から育てる方が早いのではないか。

 そんな事を考えていた時──後ろから、突如男の声が掛かった。


「前衛がいなくて困っているみたいだが、元〝マッドレンダース〟の魔法戦士というので手を打ってみたらどうだ?」


 その声と尊大な話し方には、聴き覚えがあった。

 フラウと同時に驚いて振り向くと、そこには見知った顔があった。


「エドワード⁉」

「あなたがどうしてリントリムにいるの⁉」


 エドワード=ホプキンス──つい先日まで〝マッドレンダース〟に所属していた男で、イリーナにとっては命の恩人でもある。

 エドワードはバツの悪い笑みを浮かべて、頬を掻いた。


「いや、な……実は、エルディに借りていたものを返そうと思って足取りを追ってきたんだが、さっきその借り物を突き返されてしまってな」


 彼はその借り物と思しき荷物をどさっと地面に置いた。

 金属音がしたところを見ると、武器か防具だろう。もしかすると、彼はエルディにあの魔法武具を返却しようとしたのかもしれない。


「断られたの? なんで?」

「強い武具なんてあっても困らないのに」

「この魔法武具を譲渡する代わりに、とあるパーティーに入ってやってくれ、とエルディから頼まれたのだ」


 エドワードは肩を竦めて、イリーナとフラウを見た。

 とあるパーティー……要するに、〝ベルベットキス〟の事である。


「あんにゃろ、あたしらの依頼手伝うのが嫌だからってエドワードになすり付けたな~?」

「そんな感じの事も言っていたな」

「これだから女にうつつ抜かしてる腰抜け剣士は!」


 フラウが憤慨した様子で言った。

 彼女の言う通り、完全に押し付けだ。してやられた。

 が、それは決してイリーナとフラウにとって悪い話ではない。

 エルディは〝ベルベットキス〟に加入するつもりはないと言っていたし、サポートしてくれるとは言え、彼に大きく負担を掛ける依頼はうけられない。だが、エドワードが正式に加入したとなれば、ちゃんとした上位階級の依頼を受けられる。それこそ、C級やB級、A級だって夢ではないかもしれない。


「……それで、どうだ? 俺の事が信用ならんというのなら、諦めるが」


 理由もわからんでもないしな、とエドワードは苦い笑みを見せた。彼も彼で、エルディの事で後悔しているのだろう。

 イリーナはそんなエドワードを見て、首を横に振った。


「いえ。あなたがヨハンと同じではないっていうのは、ちゃんとわかってるわ。それに、あなたは私にとって命の恩人のようなものだもの。信用しない理由がないわよ。ただ、あなたはヨハンと近い位置にいたから、確信がなくて」


 黙ってパーティーを抜けたのよ、とイリーナは付け加えた。

 これは事実だった。実際にフラウとエドワードも誘うかについては相談していたのだ。


「いや、男二人女二人のパーティーだとそうなってしまうのも仕方ない。それに、実際に俺もヨハンの案に同意してエルディ追放に加担した。お前達の信用を失うのも当然だ」


 ただ、とエドワードは一旦間を置いてから言葉を紡いだ。


「エルディがいなくなってから、どれだけ奴が優れた剣士だったかというのを思い知った。自分が如何に奴に劣っていたのか、というところも含めてな。確かに魔法が使える分攻撃力は俺の方が高いかもしれんが、それ以外のところでは全てあいつが上だ。そこに気付けなかった自分が忌々しい」

「エドワード……」


 エドワードはエドワードで、悔やんでいたのだろう。

 だがかこそ、彼は謝罪の意を以てエルディのもとに訪れたのだ。

 彼のそんな成長を、その言葉から感じられた。


「この通り、エルディよりも劣っているが……俺で良かったら、〝ベルベットキス〟に入れてもらえないだろうか?」


 エドワードは、イリーナとフラウを見据えて、頭を下げた。

 あの尊大だった男が自ら頭を下げるとは思いもよらず、イリーナとフラウは顔を見合わせ、くすっと笑みを浮かべた。


「そんなの、いちいち確認するまでもないよね?」

「ええ。改めて、宜しくね。エドワード」

「フラウ、イリーナ……恩に着る」


 そうして、三人は笑みと握手を交わした。

 新メンバー加入決定だ。


「じゃあ、早速ギルドにエドワード加入の報告をしに行きましょうか!」

「エドワードがいるならB級くらいまで上がれるかな? C級は確実だと思うけど!」

「前衛が俺ひとりなら、まずは手ならしでC級向けの依頼から始めてくれ。三人体勢の連携と戦い方を細かく決めて行かなければならないからな」

「そうね。何も焦る必要なんてないわ。ゆっくり成長していきましょ。私達の冒険は、これからなんだから」


 新規パーティー〝ベルベットキス〟の新たな冒険が始まった。

 後に、彼女らはリントリムを代表するパーティーとなるが、それはまた別の話であった。

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