第55話 元パーティーメンバー(♂)の来訪
ギルドの依頼を終えて、ティアと共に家路についている途中だった。
その途中で、思わぬ人物がエルディを待ち構えていた。その人物の来訪を予期しておらず、エルディは思わず目を見開いた。
そこには、かつての仲間だった男がいたのだ。
「ここにいれば会えると思ったぞ。エルディ=メイガス」
「これはこれは……まさかのお前まで俺に会いに来るなんてな。最近やたらと来客が多くて嫌になる」
エルディはその男──エドワード=ホプキンスに向けて、そう言った。
エドワードはエルディから譲り受けたはずの武具を身に着けてはいなかった。今彼が身に着けているのは、以前から彼が持っていた武具だった。
その代わり、大きな荷物袋が彼の隣にある。
「お客様でしょうか?」
「どうやら、そうみたいだ。ティア、悪いが先に帰っててくれないか?」
「エルディ様……はい。わかりました」
ティアはエルディとエドワードの顔を見比べると、その間にある緊張した空気から何かを察したのか、素直に頷いて、エドワードに一礼をしてから先に家へと向かって行った。
「女か? 別に同席してもらっていても構わなかったんだがな」
エドワードがティアの背中を見送りつつ少し茶かすようにして言った。
エルディはその質問には答えず、肩を竦めてみせただけだった。
「で、何の用だ? お前が〝マッドレンダース〟を抜けたところまでは聞いたけど、その先の情報については知らないんだ。言っとくけど、俺はもうあそこに戻るつもりもヨハンの面倒を見る気もないぞ」
「そんな事は言われなくてもわかっている。今日は、借り物を返しにきただけだ」
「借り物?」
エルディが首を傾げていると、エドワードは横に置かれた荷物を前に差し出した。
荷を解いてみると、そこにはエルディが譲った──という事になっている──魔法武具が入っている。
驚いて顔を上げると、エドワードが頭を下げた。
「……申し訳なかった」
「エドワード?」
「〝マッドレンダース〟で本当に凄かったのは、ヨハンではなく、お前だった。お前の力を見誤っていた事、そしてそれに伴い働いてしまった数々の無礼をどうか許して欲しい。もし気に食わないというのなら、この剣で斬り伏せてくれて構わない。俺はそれだけの事をしてしまったと思っている」
「待て待て、どうしてそうなるんだよ。そんなつもりはないから、頭を上げてくれ」
またまた予想外の事態にエルディは慌てて頭を上げさせようとするも、エドワードが姿勢を改める様子はなかった。
意外だった。
エルディから見て、エドワード=ホプキンスとはプライドが高く頭の硬い男だった。その彼が過去を省みて自分から頭を下げ謝るなど、思いもよらなかったのだ。
「如何に〝マッドレンダース〟がエルディ中心に動いていたのかを痛い程思い知った。完全に俺の思い上がりだった」
「いや、剣術だけじゃなくて魔法も使えるお前の方が実力的に上なのは間違いないだろ」
「そうは思わん。そもそも、あそこでこの武具を譲り渡したのも、俺の実力ではヒュドラに敵わないと踏んでいたからだろう?」
「それは……」
エルディは思わず言葉を詰まらせた。
確かに、彼らだけではヒュドラ討伐は困難だと思っていた。
ただ、それはエルディの〝浄眼〟があるからこそだ。エルディには魔力の流れを視る眼があり、更にその流れを断ち切る剣技もある。魔力を用いる魔法やブレスなどを実質的に封じる事ができる。
そのエルディの力なくして、五本の首から絶え間なく毒のブレスを吐き続けるヒュドラの相手は厳しい。エルディがヨハンの理不尽な要求に対して異を唱えなかったのは、そういった意図もあったのだ。
まさかエドワードがそれに気付くとは思ってもいなかった。
「あれだけパーティーの事をよく見ていたお前の事だ。それくらい予想するのは難しい事ではないだろうな、と気付いたのさ。実際に、この武具があったから俺は致命傷を避けられ、イリーナを助ける事もできた。俺達は全員、お前に命を救われたも同然だ」
「それは大袈裟だよ。ヒュドラ戦から生還できたのは、お前らの力だろ」
エルディは何だか照れ臭くなって、視線を空へと移した。
イリーナとフラウから聞いた話では、まさしく全滅寸前だった。そこから生還できたのは、エドワードの判断能力と大胆な行動力があったからだ。ヨハンひとりに指示を任せていれば、間違いなく全滅していただろう。
「それで、エドワード。お前はこれからどうするつもりなんだ?」
エルディはバツが悪くなって話題を変えた。
何だかエドワードに褒められるのがむず痒く感じてしまった。あまり褒められるのには慣れていないのだ。
「そうだな……もしお前さえ良ければ、新しく一緒にパーティーを組んで欲しいのだがな」
「悪い、それは遠慮しておくよ。俺はもう、あんなにガツガツとした冒険者活動はしたくないんだ。今みたいにのんびりと依頼を請けて、熟していくさ」
家も買ったしな、とエルディは付け足して、肩を竦めて苦い笑みを漏らした。
「そうか……それなら、暫くはソロで依頼を請けながら仲間を探すしかあるまい」
「あ、じゃあ俺から提案していいか?」
その言葉を聞いて、エルディがにやりと笑みを浮かべた。
名案が浮かんだのだ。
「む? 提案?」
「ああ。実は、イリーナとフラウも今リントリムにいるんだ。あいつら、前衛がいなくてずっとE級パーティーのままでさ。もしよかったら、あいつらのパーティーに入ってやってくんないか?」
「イリーナとフラウが? なるほど、そうだったのか……だが、あの二人が俺を受け入れてくれるだろうか?」
エドワードはううむと唸って顎に手を当てた。
何だか少し気まずそうだ。
「ん? 何で? 別に仲が悪かったわけじゃないんだろ?」
「いや、あの二人からしたら俺もエルディを追い出したヨハンと大差ない扱いだろう。挙句に武具まで追剥同然に取り上げているのだからな。お前さえいればヒュドラ相手にも苦戦はしなかった、と思っているに違いない」
実際にそれは間違いなかっただろうしな、とエドワードは自嘲的に笑った。
「でも、身を挺してヒュドラに食われそうになってたイリーナを助けたんだろ? というか……むしろエドワードがあいつらのパーティーに入ってくれたら、俺が助かるんだ」
「エルディが? どういう事だ?」
「まあ、ちょっとした弱味を握られててな……たまにあいつらの依頼を手伝う羽目になってるんだ」
「……さっきの女か? 詳しくは聞かんが」
エルディが浮かべた微苦笑で何かを察したのか、エドワードが鼻で笑った。
「まあ、そんなとこだよ。そういったのっぴきならない事情があって、お前が〝ベルベットキス〟に加入してくれたら俺にも面倒がないってわけ。俺を助けると思って、あいつらのパーティーに加入してやってくれないか?」
「イリーナ達なら実力も申し分ない。それは俺も望むところだが……彼女達が俺を許してくれるなら、の話だな」
「大丈夫。ちゃんと話せば、わかってくれるよ」
「だといいがな」
エルディとエドワードは互いに笑みを交わして、小さく息を吐いた。
「とりあえず、俺はイリーナ達を探すとしよう。暫くはリントリムに滞在すると思うから、何かあったら言ってくれ。じゃあ、俺はこれで──」
「待った、エドワード。忘れ物だ」
エルディはエドワードの言葉を遮って、先程彼から渡された荷物を彼に渡し返した。
もちろん、今しがた彼から返却された魔法武具だ。
「……おい。俺はこれを届けにわざわざお前を探してリントリムまで来たのだぞ」
当然、エドワードが不服そうに顔を歪めた。
彼としては、エルディに対する罪悪感もあって返却したかったのだろう。
「わかってるよ。でも、生憎ともうこんな大層な装備が必要なほどの依頼を請けてないんだよ。その武具で、お前がイリーナ達を守ってやってくれ」
「全く……お人好しが過ぎるぞ、エルディ=メイガス」
エルディの言葉に、エドワードは呆れ返ったような顔をしていた。
彼がそう言いたくなる気持ちもわからなくもない。
だが、もしエドワードが加入したならば、〝ベルベットキス〟は昇級を目指してこれからもっと危険な依頼にも挑むだろう。そうであるなら、どっちがこの武具を持っているべきかは明白だ。
「そうかな」
「ああ。違いない」
互いにまた笑い合ってから、エドワードも武具の入った荷物を背負い直した。
「わかった。もう少しだけお前の武具を借りるとしよう。その代わりと言っては何だが、もし何か困った事があったら俺を頼れ。俺にとってはお前も恩人だ。有事の際は、俺がお前の剣となり盾となろう」
「そいつは心強いな。じゃあ、そん時は宜しく。あと、たまに模擬戦でも付き合ってくれると助かるよ。さすがにのんびりし過ぎて剣の腕が鈍ってしまってな。練習相手を探してるんだ」
「お安い御用だ」
エドワードが拳を前に差し出したので、エルディも拳を当ててフィスト・バンプを行う。
パーティーを抜けてからの方がエドワードと仲間意識を感じるというのは、何だか変な話だった。
「……エルディ。注意しろ」
「うん? 何をだよ?」
「ヨハンだ」
エドワードはそれから簡単に説明をした。
曰く、エドワードが〝マッドレンダース〟を抜けて以降、ヨハンの足取りは一切わかっていないそうだ。ソロで仕事を受けてるわけでもなく、新しくパーティーを立ち上げた形跡もないらしい。
「今のあいつはもう普通じゃない。もしお前の元を訪れても、信用はするな」
エドワードが険しい顔で言った。
おそらく、パーティーを脱退する際にひと悶着あったのだろう。多くは語らなかったが、彼の表情がその面倒さを物が経っていた。
「……ああ。ありがとう。気をつけるよ」
エルディはしっかりと頷いて、そう答えた。
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