第46話 素敵な人
「つ、疲れた……」
イリーナとフラウとの再会を終えて自宅に戻ってくるや否や、エルディはソファに倒れ込んだ。
まだお昼前で、久々の休みであるし色々街に出て買い出しにでも行こうかと思っていたが、二人との再会で──どちらかというと、ティアの事がバレてしまった事だが──のせいで、どっと疲れてしまった。もはや何もやる気が起きない。
(あいつら、冒険者の連中に言って回らないよな?)
一瞬不安に思うが、あの後女三人で仲良くなっている様子を思い出し、その不安を拭い去る。
三人はあれやこれやと話し合い、仲良くなっていた。フラウは可愛い女の子が大好きなのでティアとは仲良くしたいと言っていたし──たまに遊びに来るとも言っていた──イリーナは責任感が強く真面目な性格だ。きっと、フラウがうっかり口を滑らしそうになったら彼女がフォローしてくれるだろう。
(まあ、その口止めの為にあいつらの仕事も手伝う事になったんだけどな……)
エルディはクッションに顔を埋めたまま、溜め息を吐く。
なし崩しというか、話の流れでそんな口約束をしてしまった。
彼女達はE級パーティーとして登録されているので、D級パーティー向け以上の依頼は受けられない。しかし、単発サポートでも他に優秀な冒険者が入れば、上位の依頼も受けられる。エルディが単発サポート加入するとなれば、B級くらいまでの依頼までならギルドも許可するだろう。
面倒な依頼が回ってこない事を祈る他ない。
「す、すぐにお昼ごはんの仕度しますね!」
エルディがぐったりとした様子なのを慮ってか、ティアがそんな提案をする。
「ありがとう」と答えると、彼女は困った笑みを浮かべて頷き、台所へと向かった。
彼女が料理する音を聞きながらソファーで何も考えずに目を瞑る。ブラウニーのチャカチャカとした足音──どちらかというと爪が床に当たる音だが──がソファーの周囲から聞こえたり、台所の方へ行ったりと忙しない。
ことり、とソファー前のテーブルに何かが置かれた音がしたので目を開けると、そこには水の入ったコップがあった。ティアが置いてくれたようだ。
彼女はしゅんとした顔でこちらを見ていた。
「あの……エルディ様。怒っていますか?」
「え?」
「私が迂闊に空を飛んでしまったせいでイリーナさんとフラウさんに堕天使だと知られてしまいましたし……」
やっぱりその事か。
エルディは身を起こしてコップを受け取ると、ぐびりと水を一口飲んだ。
それから彼女に微笑みかけてみせて、首を横に振る。
「怒ってないよ。さっきも言ったけど、このあたりなら飛んでも大丈夫って言ったのは俺だしな。でも、まぁ……もうちょっと気を付けてくれると嬉しい」
「……はい!」
そう言ってやると、ティアは嬉しそうに頷いた。
それからパタパタと台所まで小走りで走っていく。遊んでもらっていると思っているのか、ブラウニーも一緒になって走っていた。
卵の焼ける匂いがリビングまで香ってきて、つい匂いに誘われて台所を覗き込む。
「もうすぐできますから、お待ちくださいね」
ティアはエルディに気付くとにっこりと笑った。
そのまま隣で彼女が料理している様をぼんやりと眺めていると、ブラウニーが膝に飛びかかってきたので、屈んで頭を撫でてやる。
「イリーナさんもフラウさんも、素敵な方ですね」
料理をしながら、彼女は唐突にそう言った。
「そうか? まあ、有能な冒険者ではあったけどな」
「はい。きっと、エルディ様が素敵な方だから、素敵な人が集まるんだと思います」
「……それは、どうだろう」
ティアの言葉を、思わず濁した。
もちろんイリーナやフラウは冒険者として有能であるし、人間的にも素晴らしい。そこは否定しないけれど、エルディ自身が素敵だから、というところには懐疑的にならざるを得なかった。
それで言うなら、一緒にパーティーを立ち上げて長らく相棒として戦っていたヨハンも『素敵な方』でなければならない。
だが、出会った当初はともかく、今のヨハンが『素敵な方』とは言い難い。もし彼がそうならば、エルディ自身も追放などされなかっただろうし、イリーナやフラウ、それにエドワードも彼の元から離れなかったはずだ。
「絶対にそうですよっ。それは私が保証します!」
しかし、エルディの言葉をティアはしっかりと否定する。
彼女にそこまで断言されると、本当に自分が素敵な人になったかのような気分になってくるから不思議だった。
「堕天使を匿っているのに、か?」
何だかそれが照れくさくて、エルディは思わずそんな軽口を言ってしまう。
すると、ティアは困った顔で言葉を詰まらせてしまった。
「そ、それを言われてしまうと困ってしまいますが……」
「バカ、冗談だよ。別に悪い事してる堕天使を匿ってるわけじゃないし、悪事に加担してるわけでもないんだ。問題ないだろ?」
「もしかして……エルディ様、私の事からかいました?」
天使に似合わず、むっとした顔をこちらに向けた。
最近、彼女はこうしたからかいに気付くようになってきた。
「お、バレたか」
「……エルディ様のお昼は抜きです」
「え⁉」
「この卵はブラウニーのお昼にします」
「おい、冗談だよ! 勘弁してくれ!」
必死に平謝りをするエルディに、ティアも「冗談ですよ」とくすくす笑った。
堕天使の彼女も、知らない間に人族らしい掛け合いを覚えたようだった。
それから二人と一匹で昼食を食べた後、もう一度ブラウニーの散歩がてらに二人で街まで買い出しに行ったのだった。
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