第45話 元パーティーメンバーと堕天使さん

「だ……堕天使⁉ 堕天使だよね、どう見ても! 黒い羽根あるし、あたし教会の資料で見たことあるし!」

「すみません、エルディ様! リードをお忘れになっていたから、急いで届けにきたのですが……このあたり人が来ないので飛んでも大丈夫だと思っていたんですけどッ。ど、どうしましょう⁉」

「ちょっと待って⁉ これ幻覚⁉ 幻覚よね、エルディ⁉ ってか今この子エルディ様って呼んでなかった⁉ 何⁉ どういう事⁉」

「待て待て、落ち着け! どこから答えればいいんだ、俺は!」


 好奇心満々な様子のフラウ、今にも泣きそうなティア、そして何だか怒った様子のイリーナに一気に詰め寄られて、思わずエルディがたじろぐ。

 頭が真っ白なのにはエルディも同じだった。


「……よし」


 エルディは三人を一度黙らせてから、一旦落ち着きを取り戻すために大きく息を吐く。


「イリーナ、フラウ。君達は何も見なかった。俺とはこの後に街中で偶然再会して、こんな街外れには訪れなかった。そして空を飛んでる女の子も見なかった。いいな? じゃあ解散──」

「いやいやいや、何勝手に話終わらせようとしてんの⁉」

「……頼む。どうかこのまま何も見なかった事にしてくれないか」

「どう考えても無理でしょ!」

「ですよねー……」


 なし崩しで話を終わらせてなかった事にする作戦は見事に失敗した。

 というか、どうすればいいんだ。この状況。アリアの時もそうだったが、現物を見られてしまったからにはもはや誤魔化しようがない。しかもフラウは治癒師で教会の関係者でもある。絶対に堕天使の存在なんて彼女が認められるはずが──


「なになになに⁉ 堕天使ってほんとにいるの⁉ てか可愛くない⁉ 堕天使どころか天使じゃん! やば! 可愛い! ふわふわしてる! 絶対いい匂いするじゃん! 抱き締めたい! 抱き締めていい⁉」

「え、ええええ……?」


 治癒師フラウ、普通に受け入れていた。

 というかめちゃくちゃテンション高くて喜んでいた。むしろティアの方が引いている。なんだこの状況。

 そういえばこのフラウという少女は可愛い女の子が大好きだった。イリーナと仲良くなったきっかけも彼女から話し掛けたそうだ。

 とりあえず荒ぶるフラウを落ち着け、泣きそうなティアをよしよしと宥め、そして何だか顔をひくひくさせて今にも詰め寄らんイリーナをどうどうと抑え、一旦四人で座れそうな場所を探す。

 はっはっと息をしながらつぶらな瞳で無邪気にエルディを見上げているブラウニーが羨ましくて堪らなかった。


「……えっと? つまりは、脱退後に堕天使と出会って、そのままエルディと一緒に暮らす事になった、と。そういう事?」


 近くの原っぱで四人で腰掛け、とりあえず事情を説明する。

 説明を受けたイリーナがわかりやすくまとめてくれた。


「まあ、そういうこと」


 エルディは頷いてから、眉間を押さえる。

 とりあえず、堕天使だからといってティアには害がない事は伝えた。堕天使となってしまった過程についても、軽く説明してある。


「天界に帰れなくなってしまったので、エルディ様にお世話になっていました。ティア=ファーレルと申します」


 ティアは立ち上がって、改めて礼儀正しく頭を下げた。

 そんなティアを見てぽかんとすると、フラウがイリーナに耳打ちをする。


「ねえ……どうするイリーナ?」

「何がよ?」

「めちゃくちゃ可愛い上にこの子おっぱいもありそうだけど……切り札、いく?」

「は⁉ いかないから! てか切り札って何?」

「イリーナの胸肉」

「勝手に切り札にすなぁッ! あと胸肉ゆーな!」


 何やらコソコソ話をしているかと思えば、いきなりイリーナが怒りだした。

 エルディとティアが怪訝にイリーナを見ていると、慌てて「なんでもない、なんでもないから!」と手と首をぶんぶん横に振っている。

 胸肉? 切り札? 一体何の話だろうか。


「とりあえず、ティアの事は知られると騒ぎになりかねないから、黙ってるんだ。知ってるのも、ギルド受付嬢のアリアさんくらいで。だから、二人もその……」

「わかってるわよ。誰にも言わないわ」

「っていうか堕天使見たとか言われても信じられないしね。あたしらは実物見ちゃったから、信じる信じないの話じゃなくなっちゃったけど」

「ですよねえ……」


 エルディは二人の言葉に苦い笑みを浮かべた。

 大体二人の反応はアリアと同じだった。いや、きっとエルディだって同じだっただろう。


「あの、エルディ様……ごめんなさい。また勝手に来てしまって」

「いや、このあたりなら飛んでいいって言ったの俺だからさ。リード、届けてくれてありがとな」


 エルディはティアに微笑みかけて、御礼を言う。

 実際にティアも悪気があったわけではない。忘れ物を届けにきてくれただけなのだ。

 ちなみに、ブラウニーは蝶々を追いかけて駆け回っていた。この状況下でも唯一楽しそうな犬っころが羨ましい。


「っていうかさ、距離だいぶ近いけど、もしかして二人って恋人同士?」


 フラウがエルディとティアを見比べて訊いた。

 確かに、ティアはエルディの隣にぴったりと座っている。何となく彼女の距離感ではこれが普通だったので最近気にならなくなっていたが、よくよく考えれば友達という距離感ではない気がした。


「いえ、そんな! 私がエルディ様の恋人だなんて、恐れ多いです。エルディ様がお優しいだけなので……」

「でも、一緒に暮らしてるんだよね? 寝る場所とかどうしてうるの? 別々?」

「あ、ちょ──」

「え? 一緒のベッドで寝ていますが……?」


 ああ、なんてことを。

 制止する前に答えてしまったティアを見て、エルディは頭を抱えたくなった。

 そして、案の定イリーナとフラウのガラス玉のような瞳がこちらに向けられていた。絶対に違う意味で捉えられている。

 ティアはティアで、きょとんとして小首を傾げているし。


「まぁ……あたしらがどうの言う問題でもないしね」

「エルディが楽しそうなら、それで良いんじゃないかしら?」


 フラウとイリーナは顔を見合わせて、お互いにぷっと吹き出してそう言った。


「安心して。ティアちゃんの事は言わないから」

「ほんとはエルディをパーティーに誘いにきたんだけど、それどころじゃなくなったしね」


 どうやら、彼女達はエルディを〝ベルベットキス〟に誘いにきたらしい。

 奇しくもアリアの予言が的中してしまったという事だ。


「それは……ごめん。ギルドから融資も受けてるし、もう前みたいな冒険者活動はいいかなって。それに、ここでティアと暮らすって決めたからさ」

「わかってるわよ。私達も暫くリントリムにいるから、もし誰か良い前衛の人がいたら紹介して」

「ああ。わかったよ。手が空いてたら手伝うから、言ってくれ」

「約束よ? E級向けの依頼、ほんとに稼げなくて困ってるんだから」


 イリーナが少し不機嫌そうに言う。

 何故不機嫌そうなのかはわからいが、どうやら二人も納得してくれたらしい。話がうまくまとまりそうだ。


「ところでティアちゃん! その羽根ってどうなってるの? さっきより小さくなってる!」

「あ、これは天使の魔力が可視化したものなので……魔力量によって大きさが変わるんです」

「それで服の上から生えてるのね。納得だわ」


 その後は、三人で何やらあれこれ楽しそうに話をしていた。

 ティアにとっては、アリア以外で初めてちゃんと話す同世代(?)の女の子だ。物質界の文化を学ぶのであれば、こういった交流も大切なのかもしれない。

 エルディは楽しそうに談笑する三人を横目に、ブラウニーのところまでいって屈むと、ぴょんぴょん跳ねて飛び掛かってきた。


「なあ、ブラウニー。俺ってこんなに巻き込まれやすい体質だったっけ? お前はどう思う?」


 ブラウニーを抱っこして目線を合わせて訊いてみると、小型犬はつぶらな瞳でこちらをみて、元気よく「わん!」と答えただけだった。

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