臓器

 満足したのか狂は人体骨格を離さず、地下室にいる剣崎に何度も見せつける。可愛いでしょ、綺麗でしょ。それに真顔で対応する剣崎だが“残骸処理”に頭を抱え黙る。


「俺はこんなに汚したことはないんだぞ。どう責任とるつもりだ」


 骨の手を握り、スキップする狂に呆れ美しき女性の死体の処理する間もなく掃除に取りかかる剣崎。女性は上の作業台に寝かせ、地下室のコンクリート壁に扮したドアからモップを取り出し、上からホースを引っ張り水を振り撒きながら染み付いた血をブラシで擦り落とす。

 それをよそに狂は「内蔵さん、バイバァイ」と臓器や肉を鷲掴み、ムニュと揉み遊ぶ。その気持ち良さから何か思い付いたのだろう。雑巾のように力強く絞り、ビシャビシャとさらに床を汚す。


「やめろ。仕事を増やす気か!!」


「えーだって、もったいないじゃん」


「は? モップで頭ぶつぞ」


「あーそういう訳じゃなくて。これもまた“芸術”じゃん」


 狂の言葉に手を止める剣崎。聞いてやろうか。お前の美学、と強気な顔をしながらモップを軸に軽く重心をかけ肩幅足を開く。


「コホン。えっとー」


 先生気取りか。

 下手な芝居に剣崎は真顔。


「残飯残すの嫌いっていったじゃん。つまりそれなんだよね。人間自体が素材の山・・・・。鮮度よくて取引先が近くにあるなら臓器提供するけど今回は出来ないじゃん。

 だからこそ出来ることがあるんだよ。刑事さん」


 フフフッと選挙のように熱弁する狂だが、剣崎は耳を傾けながらモップで水気を拭き取り、含んだ水を絞り気で絞り落とす。


「で、なんだ。また汚すのか。(とても不機嫌な声で)絶対お前の部屋汚いよなぁ。俺は汚いのが大嫌いなんだよ。これから臓器使って汚しますだぁ? 適当に何か敷いて絵でも描いてろ」


 知るかクソッ、と吐き出す言葉に狂は面白くなさそうに口を尖らせる。


「ねぇ、なんで分かるの。オレが考えてること。それやろうとしたんだけど。何処かに紙ない? 汚してもいい壁とかなんでも良いから欲しい」


 ブーブーと拗ねる子供のような態度に剣崎は舌打ち。黙ってろ、とモップで隅々まで拭き取る。さらに乾いた雑巾で行ったり来たりを繰り返す。そんな真面目で綺麗好きな剣崎を見て、なんか学校の掃除みたい、と狂は階段に腰掛け人体骨格を背負いニヤニヤ。


「まだ?」


「あーもう分かった。なら、ブルーシート敷いてやるから此処の壁に好きなだけ叩きつけろ。ったく、お前は子供か!!」


 雑巾を床に叩きつけ、邪魔だと言わんばかりに大股で階段を上がっては一旦臓器類をバケツに入れ、床一面にブルーシートが敷かれる。


「ありがとー。剣崎刑事だぁーいすき」


 人体骨格を背負いながら剣崎に抱き付く。やめろ、と振り払われるも人体骨格を間近で見てハッと何か閃いたように口が開く。


「アレをこうして、ああしたら」


 小声でブツブツと呟き、階段を駆け上がると作品の案が浮かんだのだろう。ガタンッと上の床が閉ざされる音が地下室に響く。


「んー。なんか思い付いたのかな。まぁ、いいか。オレはオレで“臓器コレ”で楽しむから」


 剣崎が居ないのを良いことに綺麗にした壁に心臓を力強く投げつける。ベチャッと不快な音を立て、壁にハンコのよう形を残す。


「いいじゃん。いいじゃん。サイコーだね!!」


 楽しくなった狂は胸や腸、肉と同じく投げつけ。時には擦り付け、ピカソのような理解できないハチャメチャな絵。

 物足りないか手は止まらず、臓器を掴んでは雑巾を絞るように血を集める。壁に立て掛け乾かしていたモップ片手にバケツの中に入れては叩きつけ、散らすよう振り撒く。


 部屋は汚いが、臓器さえ無駄にしない。

 変な美学。


 傑作だ、と叫び笑う狂の声に重なるよう階段から「追加だ」と気分良い声。顔を向けると白いワイシャツを真っ赤に染めた剣崎が解体したての血に染まった腸を丸め壁に投げつけた。

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