ヒーロー
雪待ハル
ヒーロー
正義の味方の話をしよう。
そいつは情熱なんて持ち合わせていなくて、いつも淡々としていて、クールな奴だった。
ずる賢くて頭の回転が速くて、器用で、集団の中の立ち回りがずば抜けて上手だった。
だから思ったんだ、ああ、こいつはおれとは別の世界の人間なんだって。
おれがいつも感じている生きづらさとは無縁の人間なんだって。
そいつとしゃべりながら、いつもどこか遠くへ語りかけている感覚だった。
分かり合えないと思った。
おれの痛みなど、こいつは一ミリも知らないまま生きていくのだろうと。
そしておれもまた、こいつの痛みを一瞬たりとて感じる事なく生きていくのだろうと。
おれたちの間には、越えがたい大きく深い溝があるのだと。
そう、思っていた。
「行け。行きたいなら」
「え・・・っ」
とん、とあいつの手のひらがおれの背中を押す。
おれは目の前へ押し出される。
その先にはおれがずっと見たかった世界。
ずっと焦がれていた世界。
おれは後ろを振り返る事はしなかったから、あいつがどんな顔をしていたのか未だに分からない。
あいつの事は何にも分からない。共感だってできやしない。
けれど。押し出された勢いのまま走り出しながら思う。
あいつが背中を押してくれなかったら、おれは走り出す事をしないまま千載一遇のチャンスをふいにしていただろう。
(だから、謝罪するよ。ひとりぼっちの正義の味方)
おまえは器用なんかじゃない。誰よりも不器用な奴だったんだな。
誰かの背中を押す奴が、文字通り押してくれた奴が、他者の痛みを知らないはずがない。
おれはおまえをたくさん誤解していたんだな。
おれみたいな奴にたくさん誤解されてきたんだろうな。
それでもおまえは誰かの背中を押すんだ。勇気を出せずに立ちすくんで動けなくなっている奴を見捨てずに、助けるんだ。
そういう人間を正義の味方を呼ばずに何と呼ぶ。
あいつが考えている事なんて何も分からないし、共感だってできやしない。
――――それでもおまえは間違いなく、おれのヒーローだよ。
おわり
ヒーロー 雪待ハル @yukito_tatibana
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