主人公じゃないっ!?
奇跡いのる
これは僕の物語?
その日の僕は浮かれていた。
次の日曜日が楽しみで仕方なかった。
道路に飛び出した猫を助けようとして、思わず道路に飛び出してしまった僕はトラックに轢かれて死んでしまった。
生前最後の記憶は、大きく鳴り響くクラクションの音と、助けようとした猫がトラックが来る前に歩道に引き返していく光景だった。撥ねられて宙に浮かんでいる間に、女の子と目が合った気もするけど、よく思い出せない。
要するに僕は猫を助けた英雄ではなく、勝手に道路に飛び出してトラックの運転手さんを加害者にしてしまった残念極まりない自殺者ということになる。
まぁ、猫が助かって良かった…と自分の死を納得することも許されない最期になってしまった。猫を助けたのは僕ではなく、猫自身の本能というか危機回避能力だったのだから、僕は猫を助けようとして犬死にした、親父ギャグにも出来ないような残念な死に方だった。
死んだはずの僕の自我というか意識というか、魂みたいなものが僕の死亡現場に漂っていて、自分の死を客観視していた。これが死後の世界か…僕は僕の死体を見下ろしている。
生前によく読んだライトノベルなんかじゃ、この後、神様だか女神様だか天使様だかに導かれて、異世界に転生させて貰う流れだ。魔法を使ったり悪を滅ぼしたり、あるいは農家でのんびり暮らすのもありかもしれない。
そう思ってしばらくの間、僕は宙を漂っていた。もうすぐお迎えが来るに違いない。そう思って、僕は僕の死体の上に漂い続けた。しかし、なかなか次の展開に進まない。死後の世界があるというのに転生が出来ないとなると、これはもしかしたらタイムリープモノかも知れない。死んだらその直前に巻き戻されて、何かしらの要因を排除していくことで物語が進んでいく、という類のアレだ。
もう少し待ってみるか…。
そうこうしている内に、救急車が三台とパトカーが二台やって来た。そうか、トラックの運転手も怪我をしているのかもしれない。申し訳ないことをした。野次馬が何人も集まってきて、スマホで状況を撮影し出す。
人の死亡現場を撮影するなんて無粋な連中だ、呪い殺してやる…と思ったが、呪いの能力も僕には付与されていないらしい。僕はただ、僕の死体の上空にぷかぷか浮かんでいることしか出来ない。
僕の死体は奇跡的に原型を留めていた。トラックに跳ね飛ばされるとなると体がぐちゃぐちゃになりそうなものだが、こうして見る限りは飛び散っている部位は無いように見える。まぁ、首や手足が生きている時には曲がらないって方向に曲がってはいるが、トラックに轢かれてこの程度なら、本当に奇跡的な状況だと思う。
トラックの運転席からおじさんが運び出されるのを見た。頭から血を流している。意識もなく、僕なんかよりも悲惨な外見になっている。もしかしたらこのおじさんも死んでしまったのかもしれない。本当に悪いことをした。
そう思っていると、僕の数メートル向こうにおじさんが浮かんでいる。トラックの運転手と同じ顔をしている。やはりおじさんも死んでしまったのだ。僕は自殺者どころか、殺人犯になってしまった。
おじさんと目が合ったが、後ろめたさを感じて目をそらしてしまった。しかし、いつまで待ってみても僕の元に迎えが来ない。転生やタイムリープといったライトノベルのテンプレート通りの展開は無いということか…。
それなら、思い切って方向を変えて考えてみよう。
この状況から考えられる展開として、僕は成仏出来ずに悪霊になってこの付近を彷徨って、幸せそうなリア充や陽キャ達を呪い殺す役割を担うってのはありえそうだ。そのうち美女のゴーストスイーパーに封印されて浄化されるのもありかもしれない。あるいは、不慮の事故で死んだ哀れな高校生の魂を、巫女の少女が浄化させてくれるのを待つのもいい。
次第に騒ぎが収まっていく。救急車に乗せられて僕とおじさんが運ばれていく。事故現場の写真撮影なども終わり、割れたガラスなどが片付けられ、やがてパトカーも警察官もいなくなった。事故現場には血を水で薄めたような赤い跡が残されていたが、二人も死んだ場所とは思えない程度には復旧されていた。
さて、そろそろ次の展開を教えてくれないか。
そう思ってイライラし始めた頃、上空から眩い光が降り注いだ。光は僕やおじさんを包み込み、事故現場から遠く離れた場所に連れていかれたような気がした。ついにお迎えが来たのか。そうに違いない。
光の中から、女神様のような美しい女性がゆっくりと降りてきた。背中には白い大きな羽根が生えている。天使様の方かもしれない。
どちらにせよ、これで僕の物語は次のステージに進めるのだ。異世界にしろタイムリープにしろ、次の人生では全力で頑張らないといけない。
女神様か天使様かは分からないが、美しい女性は僕とおじさんの中間に位置する場所まで来て止まった。そして、言った。
「貴方は本来ここで亡くなるはずではありませんでした」
そうだったのか、猫も結局助かってるんだし、本当に犬死にだったんだな。
「残念ですが、この現世にあなたとして蘇生することは叶いません」
やっぱりそのパターンだよな。まぁ仕方ないよ、転生モノってのは異世界に飛ばされるのがお決まりだからな。
「ですが、特別にあなたを異世界に転生させることは出来ます。いかがでしょうか?」
もちろん、そうさせて…
「お願いしますっ、」
え?
「それでは山田太郎さん、私と一緒に転生の間に行きましょう」
そう言って、美しい女性はおじさんの手を取って上空へと昇っていった。
「ちょっと、ちょっと、待ってください!」
僕は出来る限りの大声で、叫んだ。ゆっくり昇っていく彼女達に向かって、大声で叫んだ。しかし、聞こえていないのか、僕の方を振り向くことはなく、光の彼方へと消えていった。
そして光は次第に薄れていき、つい先程までいた僕の事故現場に戻った。
もしかしたら、この物語の主人公って僕じゃないのか?だから転生もタイムリープも怨霊化もしない、本当に純粋なモブ扱いってことなのか?
僕はどうなるんだ?死んでるのに、こんなに意識はあるのに、先の展開が用意されてないなんてあんまりじゃないか。
そういえば、
あのトラックの運転手さん、山田太郎さんって言うんだな。
僕が道路に飛び出さなきゃあのおじさんは死なずに済んでたってことだよな…家族はいたんだろうか?もしそうなら奥さんやお子さんに悪いことをしたな。悲しませちゃうな…。
そうだよ、僕なんかどうなったっていいじゃないか。物語の主人公は僕じゃなかったんだし、あのおじさんを異世界に転生させる為に作り出された脇役だったってこと。僕の十六年間の楽しかったことも嬉しかったことも、悲しかったことや辛かったことも、家族も友達も初恋のあの子も、全部作られた記憶だったってことじゃないか。
僕は思った。
この作者、モブにどんだけ細かな設定与えてくれてんのよ?
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