96 前へ進め

「ルベルトさん……」


 フェザードを打ち破った後、俺はあいつの攻撃で吹き飛ばされてしまったルベルトさんを探した。

 ルベルトさんはすぐに見つかった。

 ただし、俺の望まぬ姿となって。


「勝ったか、少年……」


 弱々しい声で呟くようにそう言ったルベルトさんは……下半身を失っていた。

 恐らく、俺を庇って受けたフェザードの一撃で木っ端微塵にされたんだろう。

 最高級の回復薬でも、リンのような最高位の治癒術師の手でも、このダメージを治せはしない。

 完全なる致命傷だった。


「ふっ、そんな顔をするな。言っただろう。老兵は若者の糧となって散る。それでいいのだと」


 かなり情けない顔を晒してるだろう俺を見て、ルベルトさんは困ったように笑った。

 死の淵にいるというのに、随分と穏やかな顔で笑った。


「息子夫婦の仇も討てた。君という若者の命を未来に繋ぐこともできた。

 満足だ。

 息子達を守れず、先代勇者様を守れず、孫すらも死なせた情けない男の死に様として、これ以上はない」

「ルベルトさん……」

「行きなさい、少年。いや、『剣鬼』アラン」


 ルベルトさんが言う。

 弱り切った声で、それでもハッキリと、強い意志を込めて、ルベルトさんは「行け」言う。


「勇者様は今この瞬間も戦っている。君には一分一秒の猶予もないはずだ。

 私の屍を礎として先へ進め。魔王の脅威のない世界を、ハッピーエンドを目指して前へ進め。

 そして必ず掴み取れ。

 ここで私が死ぬことを、他にも多くの勇敢な戦士達が死んでいったことを、決して無駄にするな」

「……はい!!」


 ルベルトさんの言葉に、俺は全力で答えた。

 無駄になんて絶対にしない。

 この尊敬すべき男の死を、先代魔王の時代から多くの人々を守ってくれた偉大な大英雄の死を、無駄になんてさせてたまるか!


 ルベルトさんが守ってくれたこの命で魔王を討つ。

 ステラを守り抜いて、ハッピーエンドを掴み取る。

 それがルベルトさんへの恩返しだ。


「ルベルトさん……ありがとうございました!!」

「礼などいらんさ。……ブレイドに、あとは任せたと、伝えてくれ」

「はい!」


 最後に心の底からの感謝を告げて、遺言を預かって、俺は前を向いた。

 ボロボロの体を引きずってステラのところを目指す。


 くそっ!

 右腕と左足が動かない。

 他の場所もボロボロだ。

 逆に傷付いてない場所を探す方が難しい。


 だが、こんな満身創痍の状態でも、かつての全盛期に至った今の力があれば、ステラの助けになれるはず。

 途中で治癒術師を見つけるか、回復薬を分けてもらえればなお良い。

 希望はある。

 だから、這ってでも進め!


「ッ……!」


 しかし、そんな心が出す命令に、体は付いてきてくれなかった。

 フェザードの残したダメージが思った以上に酷い。

 俺はふらりと倒れそうになり……途中で誰かに支えられた。


「大丈夫、ではなさそうだな、小僧」

「ドッグさん……」


 そこにいたのは、『剣の英雄』ドッグ・バイトさんだった。

 そういえば、フェザードと遭遇した時にこの人もいた。

 吹き飛ばされて股間を強打して気絶した後、どこかへ飛んでいったんだった。


 どうやら無事だったらしい。

 若干内股になってるものの、大きな傷は見当たらない。

 良かった。


「恥ずべきことに、たった今気絶から回復した。

 気絶している間にこんなことになっているとは……!」


 ドッグさんは悔しそうに歯を食いしばる。

 その視線がルベルトさんの方を向き、今度は泣きそうな顔になった。

 大好きな飼い主を失った犬みたいな反応だ。

 それだけドッグさんもルベルトさんを尊敬していたんだろう。


「ドッグ」

「ハッ!」

「彼を、頼む」

「了解!」


 二人の最期の会話は、そんなごく短いやり取りだった。

 だが、それだけで充分だった。

 戦いに生きる騎士として、こうなる覚悟も決めていたんだろう。

 ルベルトさんは安心したように力を抜き、ドッグさんは涙と鼻水で酷いことになってる顔で前を向いて、俺を背負って走り出した。

 ルベルトさんの姿が、どんどん遠くなっていく。


「振り返るな、小僧!」

「!」


 思わずルベルトさんの方を見てしまっていた俺を、ドッグさんが酷い涙声で一喝した。


「ルベルト様は己の使命を全うされた! ならば、俺達もやるべきことをやらねばならない!

 貴様のやるべきことは少しでも体を休め、少しでも回復した状態で勇者様に助太刀することだ!

 振り返っている暇などありはしない!」


 そうして、ドッグさんは腰のバッグに手を突っ込み、そこから何本もの回復薬を取り出して俺の左手に握らせた。


「飲め! その後はできるだけ体を動かすな! 後ろを向くために首を捻る体力すら惜しめ!

 それがルベルト様への何よりの手向けだ!」

「……了解」


 俺は短くそれだけ言って、回復薬を飲み干した。

 他の言葉は口にせず、その分の体力を呼吸を整えることに使う。

 ドッグさんの言う通り、それこそがルベルトさんの望むことだろうと思えた。


「獲物発見〜!」

「そんなお荷物抱えてどこ行くんだー!」


 前方に敵。

 魔族が二体だ。

 肥満体の豚みたいな魔族と、上半身が槍を持った人間で、下半身が蛇の魔族。

 どちらもドッグさんと同等程度の力を持ってるだろう。


「邪魔だ! どけぇーーー!!」


 その二体の魔族に、ドッグさんは果敢に挑みかかった。

 俺を背負った状態で、内股の状態で、自分と同格の敵二体を前に一歩も引かない。

 豚魔族の突進を避け、蛇魔族の槍を捌く。

 背中の俺に振動がくることすらできるだけ避けるように、ドッグさんは細心の注意を払った立ち回りで魔族二体を相手取る。


「ドッグさん……」

「静かにしていろ! お前がこれ以上消耗したら、どのみち我らの負けだ!」

「くっ……!」


 悔しい気持ちを無理矢理に飲み込む。

 ドッグさんの言ってることは正しい。

 回復薬で多少はマシになったとはいえ、右腕と左足の傷は深く、まだ動かない。

 体力だって殆ど空だ。


 気力で動くにしても、あと一戦が限度だ。

 その一戦は魔王との戦いのために取っておかなければならない。

 ここはドッグさんに任せるしかない……!


「おおおおおおお!!」

「なっ!? てめっ……ぐぎゃ!?」


 ドッグさんが蛇魔族の槍を左手で掴んで受け止め、右手で頭を叩き割って倒した。

 代償に刃を掴んだドッグさんの左手は血塗れになり、体勢も崩して豚魔族の拳を股間に食らってしまう。

 潰れてる場所に更なる追い打ちだと!?

 いったい、どれほどの激痛なのか想像もつかない……!


「はうっ!? うぉおおおおおおお!!」

「ぶひっ!?」


 だが、ドッグさんは拳を股間に食らいながらも根性で踏ん張り、逆襲の右手一本突きで豚魔族の眼球から脳天を貫いた。

 豚魔族が痙攣しながら崩れ落ちる。

 ドッグさんの勝利だ。


「ハァ……ハァ……うぐっ!?」


 しかし、勝ったとはいえドッグさんはボロボロ。

 すぐに回復薬を取り出して飲んだが、回復薬で全快するようなダメージじゃない。


 それでも、ドッグさんは足を止めなかった。

 ボロボロの体で前へ進んだ。

 魔族と遭遇する度に、俺を庇って傷を負いながら前進する。


 口は出せなかった。

 ドッグさんの覚悟に水は差せなかった。

 俺にできるのは、その覚悟に報いることだけ。

 言われた通り安静にして、魔王戦に向けて力を温存することだけだ。


「くそっ……!」


 だが、運命は俺達の敵だった。

 進む先に大量の魔族が現れる。

 数は二十と少し。

 近くに何人かの戦士達の死体が転がっていた。

 彼らと相対するために、普段は群れない魔族がこれだけの数で纏まってたんだろう。


 しかも、最悪なことに、その中の一体は高位魔族だ。

 額から二本の角を生やした、筋骨隆々の黒い体を持った鬼のような見た目の魔族。

 四天王にこそ遠く及ばないが、使役するゾンビまで含めた老婆魔族と同格くらいはありそうだ。


 普通の魔族よりも、かなり強い。

 ドッグさんからすれば明確な格上。


「小僧、もう走れるくらいには回復したな?」


 そんな連中を前にしても、ドッグさんは微塵の動揺すらしなかった。


「俺が奴らを一匹残らず引きつける。その間に、お前は走り抜けて先へ行け」


 ドッグさんは、己が捨て駒になることを覚悟していた。

 俺の体力を温存するためだけに、命を捨てる覚悟をしていた。


「それは……」

「口答えするな。お前の体力は全て勇者様をお助けすることに使え」


 静かで、なのに強い言葉で説き伏せられ、何も言えなくなる。


「さあ、最後の仕事を全うするとしよう。

 『剣の英雄』ドッグ・バイト! 参る!」


 俺を背中から下ろし、圧倒的な戦力差があるからかニヤニヤと笑っていやがる魔族どもに、ドッグさんは人生最後の戦いを挑みにいった。

 その覚悟を無駄にするわけにはいかない。

 俺は残った右足の暴風の足鎧を起動し、ドッグさんが切り開こうとしてる血路を潜り抜けようとして……


「『全属性の裁きジャッジ・ザ・エレメント』!」


 魔族どもの横から飛んできた大魔法を見て、動きを止めた。

 旅の中で何度も何度も助けられた、七色の魔力の混ざった極大の光が魔族どもを飲み込む。

 それによって、奴らは仲間を盾にした高位の鬼魔族以外が全滅。

 鬼魔族もまた重傷を負った。


「き、貴様ぁーーーーーー!!」


 鬼魔族が激昂しながら魔法の飛んできた方向を睨む。

 そこにいたのは、慣れ親しんだ幼い見た目の大賢者……ではなかった。

 俺の知る大賢者と同じ銀の髪をした美丈夫。

 エルフの現族長、エルトライト・ユグドラシルさんだった。


「とう!」


 エルトライトさんに加えて、更にもう一人知った顔が現れる。

 世界最高の職人によって作られた魔鎚『ミョルニル』を担いだ妙齢の女性。

 ドワーフの族長の孫、『鎚聖』イミナさん。


「『轟鎚』!」

「ぐはぁあああああ!?」


 聖戦士であるイミナさんの一撃によって、唯一生き残っていた鬼魔族もまた叩き潰された。

 覚悟が空回りしたドッグさんが、何とも言えない顔で戻ってくる。

 そんなドッグさんと一緒に、二人もまた俺の方へ駆け寄ってきた。


「アランくん、ドッグ殿、無事で良かった」

「これ無事なんすかねぇ!? 二人ともボロボロじゃないっすか!?」


 イミナさんはアワアワと慌て、逆に冷静なエルトライトさんは俺達二人に治癒魔法をかけてくれた。


「……酷い怪我です。ドッグ殿はともかく、アランくんの治療に関しては、ある程度回復させるだけでも本職ではない私だと時間がかかります」

「アランがこんなにやられるとか、どんな化け物と当たったんすか!?」


 イミナさんが叫ぶ。

 どんな化け物、か。


「最後の四天王に遅れを取りました。奴は、間違いなく最強の四天王でした」

「最強の四天王……。アラン、よく頑張ったっすね」


 イミナさんに頭を撫でられた。

 母さんを思い出すような、子供への優しさに満ちた手つきだ。


「よっしゃ! ここから先はアタシが露払いするっす!

 ドッグさんはアランを背負って、エルトライトさんは治療を頼むっすよ!」

「わ、わかった!」

「それが良いでしょうね」


 三人はテキパキと動いてくれた。

 ドッグさんが再び俺を背負って走り出し、エルトライトさんが並走しながら俺に治癒魔法をかけ続け、イミナさんが前に出て魔族との戦いを引き受けてくれる。

 ここに来て安定感が一気に増した。


「……三人とも、ありがとうございます。滅茶苦茶心強いです」

「なんの! ウチの里を守ってくれた恩返しっすよ!」

「私も同じく。恩人であり、仲間であるあなたを助けるのに理由はいりません」

「勘違いするなよ! 俺はルベルト様の遺志を受け継いだだけだからな!」


 三者三様の返事。

 だが、全員が俺を助けてくれる恩人であることは変わらない。


 ……フェザード。

 俺とお前に差があったとするなら、やっぱり仲間の差だ。

 俺達の間に、差はそれくらいしかなかった。

 そして、こればっかりはお前の努力じゃどうにもならない差だったんだろう。


 魔族にまともな奴は殆どいない。

 仲間を思いやるような奴なんてまずいない。

 俺はお前より恵まれていた。

 ただ、それだけだったんだ。


 己の幸運を噛みしめながら、

 同時に強敵のいたであろう境遇に言い知れぬ悲しみを覚えながら、

 俺は三人に支えられて先へ進んだ。


 勇者と魔王の戦いの気配はもう近い。

 待ってろよ、ステラ。

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