94 『風』の四天王

「なん、だと……!?」


 六本の触手を斬り裂かれたフェザードが驚愕の表情を浮かべた。

 だが、それでも奴は即座に動いた。

 斬られた触手のうち、傷口に大きな影響を残さない水と土の魔剣を握っていた触手を即座に再生させ、千切れた触手と共に宙を舞っていたそれら魔剣を回収。

 同時に手に持った風刃によって火に焼かれた触手、光に焼かれた触手、雷に焼かれた触手、凍りついた触手の四本を切断。

 潰れた傷口を切り離して、残りの四本も再生させた。


 だが、そんなことをしてる間に、俺は暴風の足鎧による加速と共に踏み込んで、遂にフェザードの懐に入る。


「くっ!?」


 フェザードが神速を超えた速度で迎撃の剣を繰り出す。

 再生途中の触手も同時に振るってきた。


 見える。

 いや、わかる。

 刀を振り下ろすどころか、振り上げる前から、フェザードがどこにどうやって打ち込んでくるのかがわかる。

 どう動けばそれを退けられるのかも。


「一の太刀━━『流刃』」


 最適の体勢で刀が振り下ろされる位置に怨霊丸を合わせ、ガードしつつ斬撃の勢いに押されて回転。

 その回転力を完璧な効率で攻撃力に変え、黒天丸に乗せて放つ。


 フェザードの右側三本の触手を、黒炎の斬撃で焼き斬った。

 そのうちの一本に握られていた土の魔剣が吹き飛び、火傷によって再生を封じる。


「ッ!?」

「ハァ!!」


 更に残った回転力を最大効率で使い、回転を持続させたまま連続の流刃を使う。

 流刃、流車、流流、あらゆるバリエーションの流刃を連続で繰り出す。


 これ自体は最初の攻防でもやった動きだ。

 だが、あの時とは俺の目に見えている世界が違う。

 技のキレも、動きの効率も、全てが違う。

 流刃によってフェザードの力をほぼ100%自分のものとした俺の動きは勇者ステラにすら匹敵した。


 単純な攻撃力や速度でステラ並みだ。

 しかも、別に加護を得たとか、身体能力が跳ね上がったわけではなく、あくまでも慣れ親しんだ技の延長で得た力。

 だからこそ、本来ならこんな動きができるほど強い奴には合わないはずの他の必殺剣も十全に使える。


 弱者が強者を殺すための最強殺しの剣に、決して噛み合わないはずの疑似勇者強者の力がピタリとハマり、大きく昇華する。

 さっきは互角だったはずの近接戦闘。

 だが、今はフェザードの体にばかり傷が増え、俺の方には一太刀も入らない。

 戦況が、逆転した。


「この!」


 フェザードの攻撃。

 残った左側三本の触手を獣の爪のように振るい、それよりもほんの僅かに遅らせて刀を振るう。

 一番速い刀による攻撃をあえて遅らせることによって、完全なる四点同時攻撃を繰り出してきた。


「二の太刀変型━━」


 俺は高速回転で殆ど何も見えない視界の中、感覚に任せてフェザードの動きを読み切り、怨霊丸と黒天丸による歪曲で、触手の一本と刀の軌道を捻じ曲げた。

 触手がもう二本目の触手を打ち据え、刀が三本目の触手、最後の水の魔剣の握られていた触手を斬り飛ばす。


「『歪曲連鎖』!」

「ぐっ!?」


 これでフェザードは全ての攻撃手段を潰された。

 そこへ未だ継続中の流刃による追撃をかける。


「なんだ、これは……!?」


 フェザードは、刀を防御に使って受け流しに徹した。

 その隙に焼いたわけではない左側の触手が再生する。

 だが、もう全ての触手に魔剣は握られていない。

 拾う隙も与えない。

 そうなると、フェザードの攻撃力は大きく弱体化する。


「何故、こんな突然……!?」


 もちろん、魔剣を失った程度で崩れる奴じゃない。

 ただ触手を振るうだけでも、ブレイドより鋭い斬撃を繰り出してくるような奴だ。

 魔剣による特殊斬撃が無くなった分、受け流しの難易度は下がったが、それでも防御力が紙の俺からすると大して変わらない。


 しかし、俺は大して変わらなくても、もう一人にとって魔剣の有無は大きい。


「おおおおおおお!!!」

「チィッ!」


 さっきの攻防で強引に活路を切り開き、その反動で動けなくなっていたルベルトさんが、このタイミングで戦線復帰した。

 触手の焼き斬れている右側からフェザードに襲いかかる。


 奴の刀は正面の俺との打ち合いで手一杯。

 右側の触手の傷口を切り離す隙もなかった。

 故に、フェザードは左側の触手を無理矢理右側に伸ばしてルベルトさんに対処しようとしたが、

 そんな無理な動きで、しかも魔剣も持っていない触手に手こずるルベルトさんじゃない。


 ルベルトさんは三本の触手の攻撃をかき分けて、フェザード自身を斬りつける。

 防ぎ切れずに、フェザードの右腕が宙を舞った。


「くそっ……!?」


 この間合いで戦い続けるのは無理だと判断したのか、フェザードは左側の触手を翼モードに切り替え、片翼による羽ばたきと両足に力を込めた跳躍で距離を取ろうとした。

 逃さん!

 俺は腰を落とし、足に力が入った瞬間に黒天丸で両足を薙ぐ。

 それによって、フェザードは右腕に続き両足を失った。


「ぐぁ……!」


 だが、片翼の羽ばたきだけは間に合った。

 そっちを狙っていた怨霊丸による追撃は、翼の先端を僅かに削るだけに終わる。

 しかし、両足を失ったことでバランスを取ることもできず、片翼だけの羽ばたきによって体勢を大きく崩し、フェザードは不規則にクルクルと回転しながら離れていった。

 いくら距離を取ったところで、あれでは意味がない。


「終わりだ」


 体勢を立て直される前に、ここで終わらせるために俺とルベルトさんは空いたフェザードとの距離を詰める。

 ルベルトさんは剣聖の踏み込みで、俺は効率を限界まで高めたことでまだ残っている流刃の回転力を激流加速で推進力に変えて。

 最後の瞬間まで油断せずに、最強の四天王を殺しにいく。


 そして、これだけ追い詰めても気を緩めなかった俺達の判断は、正しかった。


「あああああああああああ!!!」


 フェザードが絶叫しながら足掻いた。

 翼をバラして触手モードに切り替え……


「なっ!?」


 三本の触手を失った右腕と両足に突き刺し、傷口から手足の形をした触手を生やして、黒い義手義足が出来上がる。

 どんな治療法だ!?

 いや、これもまたフェザードの工夫の一つなんだろう。


 最初の攻防の時から、あいつの体に付いた傷は回復しなかった。

 傷口を焼く黒天丸だけじゃなく、怨霊丸で付けた傷もだ。

 いくらでも再生するのは触手だけ。


 多分、あいつは種族的にはそんなに強い魔族じゃない。 

 素の身体能力もそう高くはなく、他の四天王が当たり前のように持っていた再生能力も持っていない。

 にも関わらず、四天王筆頭に登り詰めた奴だ。

 もう何をやってきても不思議じゃない。


 だからこそ、真に驚愕すべきはこの先だった。


 フェザードが刀を振るう。

 残った左腕と、強引に生やした触手の義手で刀を握りしめて。

 片翼の羽ばたきのせいで回転してしまった勢いを無駄にせず、回転に乗せて全力で振り抜く。

 その一撃は、━━今までのフェザードの攻撃の中で一番速かった。


「ッ!?」


 ここにきて更に速くなるだと!?

 だが、落ち着け。

 先読みはちゃんと機能している。

 全盛期の感覚を手に入れた今、この程度の驚愕が動きに影響を与えることもない。

 今の俺なら充分に対処できる。

 使うべき技は、五の太刀。


「『禍津返し』!」


 迫る横薙ぎの風刃に怨霊丸を振り下ろす。

 狙うのは斬払いの応用で見抜いた技の綻び。

 そこに刃を入れ、ただ霧散させるだけの斬払いと違って、綻びを斬られたことで歪んだ力の流れを操る。

 結果、風刃は大きくたわんだ後、前後がひっくり返ってフェザードに向かって跳ね返っていった。


 これが新しい禍津返し。

 いや、禍津返しの真の姿。

 今までのように流刃と歪曲の応用で回転に巻き込んで跳ね返す必要がない。

 従来よりも遥かに速く、遥かに強大な攻撃を返すことができる。

 さっき六つの斬撃を一度に返したのも、この動きの応用だ。


「ああああああああああああ!!!」


 だが、フェザードはこのカウンターをも跳ね除けた。

 返した斬撃より更に速い斬撃を繰り出して相殺したのだ。

 しかも、次の瞬間にはより速い斬撃が飛んでくる。

 段階的に加速していく斬撃。

 この三太刀目は、もう進化した禍津返しでも間に合わないほど速い。


「二の太刀━━『歪曲』!」


 返せないのなら受け流す。

 それで対処できた。

 フェザードの斬撃は軌道を歪められ、上に向かって逸れる。


「がぁあああああああああああああ!!!」


 だが、終わらない。

 止まらない。

 フェザードはガムシャラに刀を振り続け、その剣速はどんどん上がっていく。


 遠い。

 大して離れていないはずのフェザードとの距離が遠い。

 もしも、このペースで斬撃が速くなっていくのなら。

 ほんの踏み込み数歩で届くはずの距離で、ほんの数秒で詰められるはずの時間で、千を超える斬撃が飛んでくるだろう。


 どうなってる……!?

 なんで、こんな突然速くなった。

 まだ力を隠してたのか?

 いや、それはない。

 フェザードは今までも全力だった。

 触手モードみたいな隠し球が出てくるならともかく、この斬撃は戦闘開始からずっと使ってる、技とも言えない基本の動きだ。

 そんなところで手を抜かれていれば一瞬で気づいただろう。


 じゃあ、この急激なパワーアップをどう説明する?

 ……いや、簡単なことか。

 簡単なことなのだ。

 少し考えてみれば、すぐわかるほどに。


 ━━フェザードは、今この瞬間に強くなっているのだ。


 人を最も成長させるのは逆境だ。

 それは別に俺だけの特権じゃない。

 人だろうが、魔族だろうが、死にものぐるいで手を伸ばせば大きく成長する。


 そして、こういう時により伸び代が大きいのは、より努力してきた奴だ。

 雑念の入る余地のない極限状態に追い詰められた時、努力で強くなってきた奴ほど、どうすればより強くなれるのかが感覚でわかる。


 フェザードは間違いなく努力の鬼だ。

 そこらの魔族と変わらない程度の能力しか持たない身でありながら、研鑽と工夫によって四天王の頂点に君臨している。

 そんな奴が絶体絶命の窮地に、これ以上ないほどの逆境に追い詰められて、成長しないはずがなかった……!


「負けられない……! 私は魔王様をお守りする最後の砦……! 負けるわけには、いかんのだぁーーーーー!!!」


 己を鼓舞するように、己に言い聞かせるように、フェザードは喉が裂けんばかりの大声で咆哮し、更に剣速を上げた。

 限界を超えた動きに体の方が耐えられていないのか、一太刀振るう度にフェザードの左腕からは血が噴き出し、右腕の触手義手はブチブチと千切れる。


 それでも止まらない。

 七属性の斬撃の嵐よりも激しく、荒々しく、されどルベルトさんの天極剣以上に美しい風刃の乱舞が俺達を襲う。


「ぐぅ!?」

「ルベルトさん!?」


 それにやられて、ルベルトさんが被弾した。

 ルベルトさんの左腕が宙を舞う。

 無理もない……!

 俺の治療の時間を稼ぐため、活路を開くため、ルベルトさんは随分と無茶をした。

 この攻防が始まる前から、俺より遥かに多くの傷を負っていたのだ。

 俺はルベルトさんがそうしてくれたように、負傷したルベルトさんを守るために盾になれる位置へと動こうとして……


「止まるな!!」

「ッ!?」


 そんなルベルトさんの一喝によって、体は反射的に前を向いた。

 強制的に前を向かされた。

 今の言葉には、それだけの力があった。


「それでいい。老兵は若者の糧となって散る。それでいいのだ」


 ゆっくりに感じる時間の中、ルベルトさんが片腕で剣を構えた。

 防御を捨てた、相討ち覚悟の構え。

 だからこそ、ルベルトさんは今のフェザードにも負けない速度で、最後の一撃を繰り出した。


「『天極剣』ッッ!!」


 フェザードと同等の速度。

 そして、フェザードより遥かに勝る威力で繰り出された、飛翔する天極剣。

 それが風刃とぶつかり、食い破る。

 だが、激突によって威力も速度も削がれ、続く風刃で更に削がれ。

 数十の風刃を打ち消したところで、ルベルトさんの最後の一撃は消滅する。


 代償は大きい。

 防御を捨てたことによって、続けて飛んできた風刃に残った右腕を斬り飛ばされた。

 幸いにも体には当たらなかったが、体力の限界が訪れたのか、ルベルトさんは崩れ落ちる。


「行けぇーーーーー!!」


 倒れながらルベルトさんが叫ぶ。


「はい!!」


 その声に背中を押されるようにして、俺は前に進んだ。

 ルベルトさんの奮闘は決して無駄じゃない。

 数十発もの風刃を打ち消してくれた。

 なら当然、消えた攻撃を受け流す分の時間と技を、前に進むために使うことができる。


 そうして、俺は三度フェザードの懐へと辿り着いた。

 三度目の正直だ。

 さあ、決着をつけよう、フェザード。

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