63 戦後

 あの後、ステラがようやく泣き止んだ頃に、レストの死によって操られた人達が沈黙した事で、なんとか合流を果たしたリンとエル婆にも事の顛末を話した。

 エル婆はただ一言「そうか……」とだけ言って沈痛な顔をし、リンは思わずといった様子で口元を押さえて涙を流した。

 だが、歴戦のエル婆はともかく、リンもまた強気に前を向き、今できる事である負傷者の治療に当たり始める。

 それは泣き止んだステラも同じで、


「じゃあ、私は街の人達の治療をして来るわ」

「なら、俺も一緒に……」

「ううん。大丈夫。アランは戦い通しだったんだから、休んでて」


 といった感じで、一人で街に駆け出して行ってしまった。

 追い掛けようかと若干迷ったが、


「アー坊、今は一人にしてやれ。

 ステラはレス坊の死に様も、獣王の小僧の蛮行も直接見たのじゃろう?

 その心中はワシらよりも複雑な思いが渦巻いとる筈じゃ。

 少しは一人でその思いを整理する時間も必要じゃよ」


 そんなエル婆の助言に従い、ここは静観する事にした。

 俺とあいつは対等な幼馴染であり、相棒だ。

 一方的に守る関係ではなく、互いに守り守られる関係。

 なら、俺がいつもベッタリ張り付いて過保護に守るってのは違うだろう。

 それじゃ、カマキリ魔族に一人で挑んだ時と変わらない。

 ステラを尊重するなら、今は一人にしてやるべき時って事だ。


 しかし、この状況でただ休んでるだけっていうのは落ち着かないな。

 確かに多少疲れてはいるが、この程度、迷宮に一ヶ月以上籠っていた頃に比べればどうという事はない。


 ステラは街の人達の治療に行き、エル婆もステラ一人では手の回らない場所のフォローに行き、リンは兵士達の治療に取り掛かっている。

 ルベルトさんは、この隙に街を襲撃される事を警戒して見張り台に登った。

 気絶中のブレイドと、マジで限界のドッグさんを除いて、全員が何かしらしている。

 しかも、俺達以外は街全体がダウンしているのだ。

 これで一人だけ堂々とのんびりできる程、俺は大物じゃない。


 俺に何かできる事……とりあえず、俺達の中で一番戦闘力の劣るリンの護衛でもしておくか。

 丁度、一番近い所に居るしな。


 という訳で、リンの元へ向かって歩く。

 リンは、気絶した加護持ちの二人、斧使いの女と中年魔法使いに治癒魔法を掛けていた。


「どんな感じだ?」

「……酷い、としか言い様がありません。

 加護の力と魔族の力が反発してるみたいで、見た目以上に体の中がボロボロです。

 これは確実に寿命が削られてしまっていますよ」


 やはり、とでも言うべきか。

 確証はなかったが、なんとなくそんな気はしていた。

 何せ、加護とはあれだけ魔族を滅茶苦茶に嫌悪していた神様の力だ。

 そんな力と魔族の力の相性が最悪なのは火を見るよりも明らか。


 それを無理矢理合わせて使えば、必ず大きなリスクが伴うだろうなとは思っていた。

 腹立たしいのは、そのリスクを背負うのが操った魔族ではなく、操られた人達の方だという事だ。


「治せるか?」

「魔族の力を除去して体を治すだけならなんとか。でも、既に削られてしまった寿命に関しては……」

「そうか」


 この二人ですらそこまで深刻な状態って事は、より深く魔族の力に侵食されていたレストを救うのは、やはり難しかったって事だろうか。

 だから、あいつは自分で自分を……。

 苦々しい思いが湧いてくる。

 くそっ。


「大丈夫ですか?」

「……ああ、大丈夫だ。俺はレストとの付き合いが浅かったからな。その分、お前らよりはダメージが少ない筈だ。

 むしろ、お前の方こそ大丈夫か?」

「ええ、私は大丈夫です。これでも迷宮のある街で治癒術師をしていましたからね。

 職業柄、仲良くなった人が帰って来ないという事にはそこそこ慣れてます。

 それに、私はアランくん達と違って、レストくんの死の瞬間を直接目の当たりにした訳ではありませんし」


 そう語るリンに、無理に強がっている様子はなかった。

 悲しそうにはしているが、折れそうな弱さは感じない。

 なんだかんだで、こいつも強いな。


「……私としては、ブレイド様が一番心配です。今回の件で一番心に傷を負ったのはブレイド様でしょうから」

「……まあ、そうだろうな」


 ブレイドは言うまでもなく、レストとの関係が俺達の中で一番深かった。

 実の家族なんだから当然だ。

 しかも、あんな剥き出しの憎悪を実の弟に叩きつけられ、両腕切り飛ばされてボコボコにされ、気絶してる内に全てが終わってた上に、結局弟は救えなかったとなれば……精神攻撃のフルコンボと言っても過言ではない。

 真面目に心が折れても仕方ないと思えるレベル。

 ブレイドが目を覚ました時どうなるのか、どうすればいいのか。

 深刻な問題だ。


「聖女様の癒しの力で、心の傷もどうにかできないか?」

「無茶言わないでください。

 ……でも、そうですね。ブレイド様が傷付いているなら、私は全力で助けますよ。

 だって、あの人は私の恩人で、私にとっての最高の英雄ですから」


 強い意志の宿った目で、そう宣言するリン。

 そういえば、リンの故郷である街はブレイドの活躍で救われたんだったな。

 あそこは俺にとっても色々と思い出深い街だし、なんならブレイドの活躍で仕留めたという魔族は俺が取り逃がした奴だから、よく覚えてる。

 その時の感謝もあって、リンはブレイドに対する想いが人一倍強いんだろう。


 ブレイドの事はリンに任せとけばなんとかなる。

 ふと、そんな予感がした。

 少なくとも、知り合って数ヶ月の俺や、若干ブレイドに苦手意識を持ってたらしいステラがあれこれ言うよりは良いだろう。

 もちろん、俺もフォローをしない訳じゃないが、基本はリンに任せといた方が上手くいく。

 どうにも、そんな気がするのだ。



 その後、リンは聖女の力を大いに振るい、魔族の力に冒された英雄二人の治療を完了。

 目を覚ますまで数日はかかるだろうとの事だったが、命に別状はないとの事だ。

 それを聞いて、休息と回復薬だけで完治してみせた逞しいドッグさんは歓喜。

 何度もリンに対して礼を言っていた。


 その他、操られていた兵士達の治療も完了。

 こっちは加護による反発がなかった分、英雄二人よりは軽症らしい。

 体力のある職業軍人だし、少し休めば仕事に戻れるそうだ。


 そして、ステラとエル婆が担当していた街の人達の治療も完了。

 彼らは与えられていた魔族の力が兵士達よりも更に薄い。

 おかげで、大事に至った人はあまりいなかったようだ。

 死者は、獣王が暴れた一角にいた人達だけ。

 レストは本当に誰も殺していなかった。

 だが、獣王が殺した分だけでも、エルフの里での戦死者以上の人数が死んでる。

 なんとも、やりきれない。


 その夜、今度は宿泊場所として提供された街長の屋敷で、俺は改めてステラと向き合った。






 ◆◆◆






「ミルクでも飲む?」

「ああ、貰う」


 ステラは落ち着いた様子で馬車から持って来たんだろうポットにミルクと蜂蜜を入れ、それを自前の火魔法で温める。

 少しして温め終わったミルクを二つのコップに注ぎ、一つを俺に差し出して、自分はもう一つのコップを持って俺の隣に座った。

 それからしばらく、二人とも無言でミルクを啜る。

 だが、無言でも気まずさは感じなかった。

 ステラの様子が大分落ち着いていて、崩れそうな脆さを感じなかったからだろう。


「……さっき、街の人達を治療しに行ってた時ね」


 やがて、ステラはポツポツと話し始める。

 時間を置いて、自分の中で整理したのであろう考えを。


「最初にあの痴漢が暴れたっぽい場所に行ったんだけど、酷かったわ。

 街並みが完全に破壊されてて、人がいっぱい死んでて、生き残った人も皆怯えてた。

 きっと、怖くなってこの街を離れる人もいっぱいいると思う」


 コップを握るステラの手に力が入る。

 壊れてないからまだ冷静な方なんだろうが、それでもステラの嘆きは伝わってくる。


「後悔してるか? 獣王をあのまま行かせた事」

「……わかんない。あの時はただ、レストくんが命と引き換えにしてでも終わらせた戦いを続けたくなかった。

 あれ以上、この街の人達を巻き込んで戦いたくなかった。レストくんの頑張りを無駄にしたくなかった。けど今は……」


 ステラの顔が複雑そうに歪む。

 時間をかけて整理しても、そう簡単には消化できない程、今回の件は重い。


「……やっぱり、わかんない。

 とりあえずぶん殴ってやりたいけど、それはルベルトさんがやってくれた。

 それでも全然許せない。法で裁こうにも、あの痴漢のやった事はギリギリ法に抵触してないから裁けない。

 だからって人を殺すのはダメだし、やったところで獣人族と揉めて人類同士で仲間割れになるだけ。

 ホント、どうしたらいいかわかんないわよ……」


 ……そこまで考えてなかった。

 あの時、俺の中にあったのは、このクソ野郎ぶっ殺してやるって単純な思考だけだ。

 勇者教育のせいなのか、ステラが俺なんぞよりよっぽど思慮深くなってやがる。

 だが、そのせいでシンプルに考えられなくなって苦悩している。

 ままならないもんだ。


「苦いな」

「いや、甘いに決まってるでしょ。蜂蜜入ってるんだから」

「ミルクの話じゃねぇよ」


 なんでそうなる。


「苦いのは今回の戦いの後味だ。

 レストを救えなかった。仇も取ってやれなかった。街は壊されて人は沢山死んだ。

 ミルクなんかじゃ誤魔化せない程苦くて苦くて堪らない。

 これが『敗北の味』だ。だけどな……」


 俺は隣に座るステラの目を真っ直ぐ見詰めながら、告げる。


「━━俺達は戦争をやってるんだ。

 戦争なんだから快勝ばっかりで進める訳がない。

 負ける時は負ける。守れなかった奴は死ぬ。当たり前だ。当たり前の事なんだよ。

 戦争が辛くて苦しいのは」


 前の世界で戦い続けてた時なんかは、むしろ辛くて苦しくない時の方が珍しかった。

 いつもいつも、止めどなく湧き出てくる後悔の念と復讐心に追い立てられるようにして刃を振るった。

 あの世界で戦っていた俺以外の奴だって似たようなもんだ。

 勇者が倒れ、英雄達もその多くが死に絶え、人類滅亡が現実味を帯びてきた世界での戦争なんて地獄と変わらない。

 旅の途中、立ち寄った街で見てきたのは、数え切れない程の悲劇の山。


 あの時程ではないにしろ、戦争が悲劇を生むのは今の時代だって変わらない。

 ほぼ完全勝利だったドラグバーンとの戦いですら、死者は出てるんだ。

 今この瞬間だって、最前線や各地に散らばった魔族や魔物との戦いで死んでる奴はいるだろう。

 死者が出れば、残された者達は悲劇に泣く。

 今回は、その悲劇の一つが俺達に振りかかったに過ぎない。


「戦い続けるって事は、この苦しみに立ち向かい続けるって事だ。

 耐えられないならやめちまえ。心の折れた奴が戦場に立っても、味方の足を引っ張るだけだ」


 まあ、とはいえ。

 俺はため息を吐きながら続きを口にした。


「ちょっと前までなら、ここで逃げてもいいんだぞって言ってたところなんだがな」

「今回は言わないの?」

「言わねぇよ。だって、お前折れてねぇだろ」


 そう。

 今のステラからは悲しみや苦悩は感じても、折れそうな弱さはまるで感じなかったからだ。

 こいつは強い。強くなった。

 だったら、逃げろなんて言えないし言わない。

 神様に啖呵切った時に、こいつの覚悟は認めている。


「折れてないならそれでいい。

 嫌な事は俺相手にでも愚痴って吐き出して前を向け。

 俺も何かあったらお前相手に愚痴って吐き出す。

 それからまた前に進んで行けばいいだろ」

「……ええ、そうね。じゃあ、今夜は朝まで付き合ってもらうから。そしたら、明日は私がリンの愚痴でも聞くわ」

「そうしてやれ。あいつはこれからブレイドの事で苦労しそうだからな」


 そうして、俺は朝までステラの話を聞き続けた。

 レストとの思い出話、痴漢野郎への恨み言、黒幕の魔族絶対ぶっ殺してやる宣言。

 ステラはたまに堪えきれなくなったように泣いて、途中から酒まで用意したりしながら話し続けた。

 そして、飲んでる内に最終的に俺の方が先に潰れ、気づいたらステラと同じベッドで寝てた。

 とりあえず、ステラは立ち直ったとだけ言っておこう。

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