40 エルフの里の決戦、開幕

「あ!? ステラさん! アランくん! やっと帰って来たんですね!」


 神樹の扉から飛び出した俺達に声をかけてきたのは、険しい顔で杖を握り締めているリンだった。

 周囲には、同じく杖を構える数人のエルフがいる。

 どうやら、俺達を待つ為に、ここから結界を維持していたみたいだ。


「リン! これ今どうなってるの!?」

「敵襲です! 10分くらい前に始まりました! 攻撃は東西南北の四方向からの遠距離魔法攻撃! 威力からして多分、上位竜のブレスです!」


 上位竜……!

 四方からブレスを撃ってるって事は、少なくともあと四体は残ってたって事か。

 どんだけいたんだ。

 そうポンポン湧いてきていいような雑魚じゃない筈なんだがな。


「既に東と西と南には、エルネスタ様、エルトライト様、ブレイド様の三人が部隊を率いて向かいました! 北は結界の境界部分に迎撃部隊が待機中! もしお二人が戻って来たら、部隊を引き連れて北の竜を討伐してほしいというのがエルネスタ様からの伝言です!」

「わかったわ!」

「行って来る!」

「あ! ちょっと待ってください!」


 リンが慌てて止めてきたので、俺達はずっこけそうになりながら、何とか停止した。

 なんだ?

 この緊急時に、まだ伝えたい事でもあるのか?


「敵の狙いは恐らく私達の分断です! 四方に散った部隊のどれか、もしくは本丸である里の前にドラグバーンが現れる可能性が高いそうです! なので、ドラグバーンと遭遇した部隊は、合図として空に向けて派手な魔法を打ち上げる事になってます! 目の前の敵を迅速に片付け、合図が見えた場所に全員集合! それが今回の作戦です!」

「なるほどね。了解したわ!」


 作戦内容を聞き終え、今度こそステラは北に向けて走った。

 俺も足鎧が発生させる暴風に乗って、何とかステラの俊足に食らいつく。

 それでも本気を出せばステラの方がぶっちぎりで速いのだが、この状況で俺を置いていくような真似をする訳もなく、俺達は並走して戦場に向かう。

 そんな中、俺は敵の行動に妙な違和感を感じていた。


 分断作戦。

 なるほど確かに、俺達に対して仕掛けるなら有効だ。

 前回はパーティー全員でかかる事で、ようやく弱体化状態のドラグバーンと張り合えていた。

 だから、分断して各個撃破する。

 上位竜をあんな使い方されたら、どうしても聖戦士以上の戦力で迎撃に向かうしかない。

 ずっと撃たれ続けてる訳にもいかないし、結界の維持に戦力を割かれてる状態で、ドラグバーンに襲来されたら目も当てられないからな。

 とても有効な作戦だ。

 だが、果たしてあのドラグバーンがこんな小賢しい事するだろうか?

 あいつなら、むしろ、喜んで俺達全軍を真っ向から相手にしそうなもんだ。


 何か、あいつの思惑とも違う事が起きてるんじゃないかという気がしてならない。

 まさか、他の四天王が合流した?

 いや、それにしては早すぎる。

 エルフは斥候部隊も優秀だ。

 そんな凶悪な奴が近くにいたら見逃さない。

 じゃあ、奴に入れ知恵してる奴がいる?

 戦闘狂のドラグバーンなら、そんな意見突っぱねると思うがな。


「着いたわよ! 結界の境界部分!」


 考え事をしてる内に、第一の目的地に着いてしまった。

 チッ、考えるには時間が足りない。

 そもそも、俺風情があれこれ考えたところで、どうにもならないか。

 こういうのはエル婆にでも任せて、俺は目の前の敵とステラの事だけ考えてりゃいい。


「勇者様! お出でになられましたか!」

「あなたがここの隊長さん?」

「ハッ! エルフ軍第四軍軍団長、バルザック・ボルトと申します! 不肖の身ながら『雷の加護』と英雄の称号を賜っております!」


 俺達を待っていた防衛部隊の隊長は、人族で言えば中年程の容姿をしたエルフだった。

 エルフは歳の取り方にも個人差があるせいでわかりにくいが、この人からは見た目通り、歳を重ねた歴戦の戦士の風格を感じる。

 なんか凄そうな肩書きから考えても、数百年は生きてる大ベテランと見た。

 エル婆の話だと、数百年を生きた加護持ちの熟練エルフは、聖戦士の領域に片足突っ込む程の強さを誇るという。

 頼もしい。


「指揮は任せます! 私そういうの得意じゃないので!」

「了解しました! では、元族長の指示通り、勇者様方には北の上位竜討伐をお願い致します! 我々も微力ながら全力でサポートさせて頂きます! それでは、総員出撃!」

「「「ハッ!」」」


 バルザックさんの指揮により、一糸乱れぬ錬度のエルフ達が結界を乗り越えて進撃していく。

 俺が暴風の足鎧を使ってるのと同じように、全員が風の魔法を無詠唱で使い、凄まじい機動力で敵の元に急ぐ。

 俺の知ってる魔法使いの動きじゃない。

 エルフ強すぎだろ。

 俺も負けないように、先頭を走るステラについて行った。


 進行方向からは何度もブレスが放たれている。

 かつてドラゴンゾンビが放った極大ブレスに匹敵する威力だ。

 属性は風。

 それが十数秒に一度のペースで発射され、里を守る結界に防がれている。

 竜の群れを蹂躙する勇者パーティーの活躍や、ドラグバーンの超絶ブレスを見た後だと色々麻痺してくるが、普通に考えて、とんでもない光景だ。

 そこら辺の街なら、このブレス一発だけで落ちてるだろう。

 それを何発も、しかも四方から食らい続けて小揺るぎもしてないのは、ひとえにエルフの強さとリンの力だな。

 里全体を覆い尽くして尚、あれ程の強度を保つ結界なんて恐れ入る。

 無数のエルフと聖女が協力して作った結界は伊達じゃないって事だ。

 あれなら安心して後ろを任せられる。


「見えたわ!」


 走り続ける内に、前方に巨大な影が見えてきた。

 深緑の鱗を持った上位竜。

 ブレスの属性からして、種類は恐らく風竜。

 上位竜にしては小柄で、全長は10メートル程だ。

 その代わりに、なんとも身軽そうなシャープな体型をしていた。


「キュラララララララララララ!!!」


 俺達を認識した瞬間、風竜は咆哮を上げながら空に飛び上がった。

 そして、全速力で後退していく。

 …………は?


「逃げた?」

「キュラァアアーーー!!!」


 風竜は、逃げながらブレスの照準を俺達に合わせた。

 ステラとエルフ達が迎撃態勢に入る。

 妥当な判断だが、多分それじゃダメだ。


「俺が防ぐ! 皆は攻撃と逃亡阻止を!」


 そう叫んで、俺は足鎧の暴風に乗り、竜と仲間達の間に陣取った。

 ここで一番ダメなのは、風竜に距離を稼がれて、他の部隊から引き離される事。

 そうなったら最悪、ドラグバーンが現れても合流できなくなる。

 あの風竜、魔物のくせに俺より頭良さそうな動きしやがって。


 だが、そう簡単に思い通りにできると思うな。


「魔導の理の一角を司る光の精霊よ。神の御力の一端たる聖光の力よ。光と光掛け合わせ、眩い三日月の刃となりて我が剣に宿れ」

「! 魔導の理の一角を司る雷の精霊よ。そのかいな張り巡らせ、電磁の網で敵を捕らえたまえ」


 俺の行動に真っ先にステラが合わせ、それを見てバルザックさん達も魔法の詠唱を始める。

 数人のエルフは、万が一俺が失敗した時の為に、結界魔法の詠唱をしていた。

 正しい判断だ。


 そして、風竜のブレスが放たれる。

 充分に溜めた極大ブレスが。

 上位竜の極大ブレス……昔は避けるしかなかったな。

 懐かしい。

 だが、今はもう違う。

 斬るべき綻びがしっかりと見える。

 どうすれば、この荒れ狂う竜の息吹きを防げるのか、ハッキリとわかる。

 それを実行できるだけの能力は手に入れた。

 ならば、後は刃を振るうだけだ。


「三の太刀━━『斬払い』!」


 風のブレスの中に生じた綻び、複雑に折り重なる風の隙間、断点とも呼べる部分を黒天丸が切り裂き、それを押し広げる事によって、風を真っ二つに裂いた。

 左右に別たれた風が、俺達の横を抜けて行く。

 こっちの被弾はなし。

 ならば、今度はこっちが攻撃する番だ。


「『電磁網エレキネット』!」

「キュラ!?」


 バルザックさんの放った魔法、雷の網が風竜を捕らえ、その動きを一瞬止める。

 他のエルフ達の魔法もまた捕縛系が多く、風竜の動きを大きく制限していく。

 そうして動きが完全に止まった風竜に向けて、満を持して勇者による本命の一撃が放たれた。


「『月光の刃ムーンスラスト』!」


 繰り出されるは、三日月のような形をした光の斬撃。

 ドラグバーンにダメージを与えた光の奔流、あれを三日月状の刃に凝縮した技だ。

 効果範囲こそ狭いが、威力はこっちの方が高い上に、射程距離も充分。

 しかも、神様によって強化された聖剣での一撃。

 それが、風竜に直撃した。


「キュラァアア!?」


 四天王にすら通じた攻撃よりも更に強い技を食らったんだ。

 いくら上位竜と言えどひと溜まりもなく、風竜は体を上下に真っ二つにされて地上へ落下する。


「キュ……ラァ……」


 そして、風竜はすぐに生命を維持できずに絶命した。

 ……何故だろうな。

 その最後の鳴き声には、魔物らしからぬ悲痛な想いが籠っていたように感じた。

 風竜の死体から流れ出る、魔界生物特有の青い血がもの悲しく見える。

 俺がそんな事を思ってしまったのは、多分……


 予想通りに現れたこいつが、予想と違って悲しげなオーラを纏っていたからだろう。


「!?」


 突如、空から高速で何かが落ちてきた。

 その何かが着地した衝撃で膨大な土煙が巻き上げられ、それが晴れた時には、風竜の亡骸の傍に佇む影が一つ。


「騒々しいと思って起きてみれば……まさか、こんな事になっていたとはな」

「「「ッ!?」」」


 現れたドラグバーンの姿を見て、全員の警戒レベルが最大にまで上昇した。

 しかし、ドラグバーンはそんな俺達ではなく、事切れた風竜に視線を向ける。

 そして、おもむろに風竜の口から溢れた青い血を拭った。


「……やはりか。あの卑怯者め。余計な事をしおって」


 ドラグバーンの全身から炎が立ち上る。

 まるで、奴の怒りがそのまま具現化したかのような火炎の渦。

 卑怯者……?

 なんの事だ?


 俺達が困惑している間に、ドラグバーンは風竜の亡骸に手をかざし、その炎で風竜を包んだ。


「せめて、俺の炎で弔ってやろう。汚されたその身を残さぬように、灰となって安らかに眠れ。……今まで世話になったな」


 ドラグバーンの炎が風竜の亡骸を焼き尽くす。

 俺達は、ただそれを黙って見ていた。

 奴が隙を見せなかったからでもあるが、怒れる四天王の前で不用意に動ける者は誰もいなかった。


「さて」


 ドラグバーンが俺達に向き直る。

 その目に、以前は感じなかった怒りと悲しみの感情を滲ませ。

 しかし、その感情を俺達に向ける事はなく。

 火の四天王は、驚く程静かな面持ちで俺達を見た。


「どこぞの性悪のせいで気分が悪い。この状況も不本意だ。俺はお前達の全戦力を相手に、堂々と正面から挑んでやろうとしていたというのに。まさかこの程度の戦力しか引き連れていない勇者と遭遇してしまうとは思わなかった」


 「だが」と、ドラグバーンは続ける。


「望まぬ事だったとはいえ、可愛い同胞がせっかく命と引き換えにしてまで作った状況だ。無下にする訳にもいかん。それに、これは殺し合いである。敵が万全の態勢を整えるまでわざわざ待ってやるというのは違うだろう」


 そう言って、━━ドラグバーンは闘志を爆発させた。


「始めるとしよう。望んだ形とは少し違うが、再戦の時だ。今度こそ、どちらかが死に絶えるまで存分に戦うとしようぞ」


 その気迫に、多くの戦士達が呑まれる。

 間近で四天王の怒りを見てしまったというのも大きい。

 自分に向けられたものではないとはいえ、怪物の放つ殺気に当てられたんだ。

 純粋な闘志をぶつけられるよりも、精神的にはくる・・

 それは勇者ですら例外ではなく、僅かにだが、ステラの体は恐怖によって震えた。


 俺は、そんなステラの背中をドンッと思いっきり叩いた。

 膝を抱えていたこいつを励ました時と同じように。

 俺の気持ちも、ステラの覚悟も、あの時から何も変わっていないのだ。

 だからこそ、掛ける言葉はあの時と同じでいい。

 それで伝わる。


「大丈夫だ。俺がついてる」


 その一言で、ステラの震えは完全に止まった。

 恐怖に呑まれず前を向き。

 勇者の名に相応しい凛々しい顔で。

 俺と勝ち星を競う時のような、ステラらしい勝ち気な笑顔で。

 『勇者』ステラは、『火』の四天王ドラグバーンを見据えた。


「ほう。雰囲気が変わった。まるで別人。今の貴様の方が余程強そうだ」


 ドラグバーンも、そんなステラの変化を感じたのか、


「ならば、今一度名乗ろうではないか! 俺は魔王軍四天王の一人! 『火』の四天王ドラグバーン! この俺に立ち向かう勇者よ! 名を名乗るがいい!」


 まるで決闘に臨む騎士のように、高らかに名乗りを上げた。

 ステラもまた、それに名乗りを返す。


「だったら、覚えておきなさい! 私は『勇者』ステラ! 最高の相棒に支えられた最強の勇者! あんたを倒す者の名よ!」

「ハーハッハッハッハ! その威勢、大いに結構!」


 二人の気迫がぶつかり合い、火花を散らす。

 俺はいつでも戦いを始められるように神経を研ぎ澄まし、エルフ達もステラの勇姿を見てようやく恐怖を振り払ったのか、予定通り一人が空に向かって合図の魔法を放った。

 ドラグバーンはそれに一切頓着せず、俺達を見据えて構えを取る。


「では、参るぞ!」


 炎を纏った拳を振り上げ、ドラグバーンが突撃を開始した。

 こうして、俺達とドラグバーンの二度目の戦いが始まる。

 どちらかが命尽きるまで終わらない、正真正銘の死闘の幕が、今上がった。

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