38 神の語る真実 2
「この世界が、消える……?」
たった今、過去を受け入れて、未来に希望を持ったばかりなんだが。
「ええ。それが時を逆行する魔法の仕様です。
一つの世界に二つの歴史。この異常な状態は決して長くは続きません。
いずれ世界の自浄作用によって二つの歴史は統合され、再び一つの世界となります。
どちらかの歴史が、もう一方の歴史を塗り潰すという形で。
そして、その時に優先されるのは、
俺達は絶句した。
それが本当なら、俺達がどれだけ頑張ったところで意味はないって事じゃないのか?
例え俺達が死闘の果てに魔王を倒せたとしても、前の世界に上書きされて、全てが無になってしまうのだから。
だが、そんな俺達の絶望を覆すように、神様は更なる情報を口にする。
「しかし、何事にも例外というものはあります。
今から私が教えるのは、この改変された歴史が逆に正史を塗り潰し、
心して聞いてください」
絶望の後に伝えられた希望。
俺達は息を飲んで神様の言葉に耳を傾ける。
そして、神様は告げた。
ある意味、とてつもなくシンプルで、されど達成困難な解決法を。
「あなた達がしなければならない事はただ一つ。
できうる限り魔族による被害を抑えて魔王を討伐してください。
それこそ、正史の世界とは比べ物にならないくらい軽微な被害で魔王に圧勝するのです。
そうすれば、世界の生存本能とも言える力が、この歴史の存在価値を押し上げます。
そこへ私が制約の範囲内の力で手を加えれば、無理なくこの歴史を新しい正史として世界に刻む事ができるでしょう」
「…………」
それは何とも、言うは易し行うは難しの典型みたいな話だな。
俺は脳裏に、ついさっき戦った化け物の姿を思い浮かべる。
四天王の一角、ドラグバーン。
弱体化した状態で俺達全員と張り合ってみせた、正真正銘の怪物。
あれと同格の奴が、あと三体。
おまけに、英雄と同等の力を持つ魔族もわんさか。
手駒にされた魔物もゴロゴロ。
そして何より、それら全てを統べる、神をして歴代最悪と言わしめた全盛期の魔王。
これを相手に圧勝しろと?
とてつもなくキツイ戦いになりそうだ。
それこそ、今までの想定を遥かに超えて。
「……とても困難な道のりだとは理解しています。
何せ、敵は正史の世界で、あなた達全員が命と引き換えにしてようやく倒した怪物達なのですから。
ですが、どうかこの困難を切り開いてほしい。
数多の英雄達の屍と引き換えに僅かな延命を計るのが精一杯だった本来の歴史を変えてほしい。
それが無力な神からのお願いです」
「やります」
神様が最後まで言い切った瞬間、ステラはハッキリとした声で即答した。
迷いなく、躊躇なく、まるでそれが当たり前の事であるかのように。
「やりますよ。例え、それがどんな困難な事でも。だって、それを成し遂げた先にしか私達の幸せは無さそうですから」
堂々とした顔で宣言するステラは、まさに勇者の称号に相応しい貫禄を感じさせた。
努力を積み重ねて力を磨き、困難にぶち当たっても折れないという経験を経たステラは、確実に勇者として成長しているという事だろう。
そんなステラを見て、仕方ないなという気持ちを小さなため息に乗せて吐き出し、俺もまた神様に向かって宣言した。
「ステラがやるなら俺もやります。こいつを守り抜く事が俺の誓いだ。
今さら、どんな困難が襲って来たところで、それは変わらないですから」
「……二人とも、ありがとうございます」
そうして、神様は俺達に頭を下げた。
仮にも神を名乗る者が、人間風情に。
そこに、彼女の世界に対する確かな思いやりを見た気がした。
「ここまでの事をお願いしておいて、力を貸さない訳にはいきませんね。
もう一つの本題を果たしましょう。ステラ、聖剣を出してください」
「え? あ、はい」
言われるがままに、ステラは聖剣を鞘から抜いて差し出す。
神様は、聖剣の剣身に手をかざした。
すると、この周囲に溢れていた光の粒子が、次々と聖剣に吸い込まれていき、やがて聖剣自体が淡い光を纏い始める。
「へ?」
「聖剣に、この神樹に残っていた残存エネルギーの殆どを纏わせました。
その剣もまた制約によって、魔王を相手にした時以外で本来の力を発揮することはできませんが、
こうすれば封印状態でも、今注いだエネルギーが尽きるまでは、四天王クラスを相手にするのに不足のないくらいの力は出せるでしょう。
……この程度の支援が精一杯ですみません。
できる事ならあなた達の加護をもっと強化したり、アランに加護を授けたりもしたかったんですがね」
神様が申し訳なさそうな顔で項垂れる。
……加護と言えば、まだ聞いてない事があったな。
「そういえば、なんで勇者の加護を授けたのがステラだったんですか?
というか、加護を授ける相手の基準ってどうなってるんですか?」
ついでに、俺が長年疑問に思ってた事も聞いておく。
夢の中……じゃなくて前の世界の話だが、自分に加護があればと嘆いた回数は数え切れない。
それこそ、最強殺しの剣を思いつくまでは、己の無力さとこの世の理不尽さに堪えきれない怒りすら覚えてた程だ。
今だって、くれるなら加護でも何でも貰っておきたい。
ステラを守る為には、力はいくらあっても足りないのだから。
それが無理だと言うのなら、せめて理由くらいは聞かせてほしい。
「加護とは、私が制約に触れない範囲で人類を支援できる数少ない手段であり、その正体は神の力による超強力な強化魔法です。
しかし、私からすれば僅かな力とはいえ、神の力を浴びて受け入れるには、受け手側にもそれ相応の資質、強靭な魂と肉体が必要になってきます。
力を受け止める器である魂と、受け入れた力に耐えうる肉体がなければ、加護の力に耐えきれず、内側から爆発四散するでしょう」
え、何それ怖い。
「その二つをあわせ持って生まれて来るのが、大体千人に一人という訳です。
もちろん、より強力な聖戦士の加護を受け入れられる逸材は更に少なく、最上位の勇者の加護ともなれば世界に一人いるかどうか。
その一人が運悪くステラだったのですよ。
更に運の悪い事に、アランには加護を受け入れられるだけの資質がありませんでした。
あったらとっくに与えています。
というか、できる事なら全人類に与えています」
あー……そういう感じだったのか。
つまり、俺には才能がないと。
逆に、ステラは運悪く才能の塊だった訳だ。
話を聞いてみれば、こればっかりは本当に運としか言いようがないな……。
神様に対して心の奥で燻っていた「よくもステラを勇者にしやがったなこの野郎」という思いが、俺達はただただ運が悪かったんだなという、どうしようもない思いに変換されていく。
神様への怒りが完全に消えた。
「まあ、アランが加護を持っていなかった事も、今回に限って言えば、一概に運が悪かったとも言えないのですがね。
おかげで時を逆行する魔法に耐えられたのですから」
「ん? それはどういう……」
「もしも加護を持つ者の魂を過去へ送った場合、未来から送られた魂と過去の魂が融合し、その者が持つ加護の力は単純に二倍になってしまいます。
そうなれば肉体の方が耐えきれずに爆発四散です。
似たような理由で、既に加護を持っている者にそれ以上の干渉をすれば力の過剰注入でボンッてなりかねませんし、そういう意味では不幸中の幸いでしたね」
わ、笑えねぇ。
「……しかし、この程度の支援しかできない事が、本当に口惜しいですよ。
存分に力を振るえたのなら、あの忌々しい魔族どもをこの手で駆逐してやれるのに」
神様の声に、堪えきれない程の怒りが籠る。
燃え上がる憤怒と、ドロドロの怨嗟を孕んだ声。
下手したら復讐のみに囚われていた頃の俺と同じか、それ以上に魔族を恨んでいそうな程だ。
……魔族。
約百年に一度、魔界から襲来する人類の敵か。
「そもそも、魔族ってなんなんですか?」
気づけば、そんな事を問うていた。
小さい頃からただ敵だと教えられ、実際に故郷を襲撃して来て、一度は大事な幼馴染すら殺した憎い憎い存在。
加護の仕掛けという、神に聞かなければわからないような謎が解けたせいだろうか。
俺は唐突に、災害か何かのように思っていた奴らの正体を知りたくなった。
「奴らは一言で言えば、外来種の害虫です。
私が管理する世界の外からやって来ては、私の愛する世界を欲望のままに食い荒そうとする。
例えるなら、家を蝕む白蟻のような存在ですよ」
白蟻、か。
そういえば、ウチの村でも被害が発生した事があったな。
家を壊し、食料を荒らし、いくつもの家を路頭に迷わせかけた。
紛う事なき害虫だ。
「恐らくは、あなた達が『魔界』と呼ぶ奴らの世界の神が、他世界への侵攻をよしとするロクデナシなんでしょう。
神同士が戦う場合、己の管理領域にいる方が絶対有利ですから、代わりに自分の世界の住人を尖兵のように使っているのでしょうね。
その尖兵も、神と同じでロクデナシ揃いのようですが」
……確かに。
人間を餌としか思ってなかった、カマキリ魔族。
英雄達の死体を弄んで笑っていた、老婆魔族。
どっちも、とんでもないクソ野郎だった。
相対的にドラグバーンがマシに見えてしまう程に。
まあ、あいつもあいつで、自分の欲望の為に人様の命と平穏を奪おうとするロクデナシには違いないんだが。
「無論、私も魔界からの干渉を遮るように妨害してはいるのですが、何せずっと攻められているので、どうしても百年に一度くらいは守りの魔法が綻んでしまって……。
その僅かな綻びを貫く形で魔界の門は開き、魔族どもはこの世界にやって来るのです」
それが、魔界の門が百年に一度開く事の真相か。
……神様は本当にずっと俺達を守ってくれてたんだな。
今さらだけど、拝んどいた方がいいだろうか?
そんな事を思っていたら、神様の顔が更に忌々しそうに歪んだ。
「……そうやって繰り返されてきた魔族との戦争の歴史の中でも、今回の魔王は歴代最悪と断言できます。
正史の世界では人類の七割を殺戮し、新たな勇者の資質を持つ者が誕生する確率まで極小の領域に貶めた怪物。
暴虐の化身のようだった先代魔王も厄介でしたが、単騎で暴れまわるだけだった先代よりも、明確な戦略と悪意をもって配下を動かし、確実に人類を滅ぼそうとする当代魔王の脅威は筆舌に尽くしがたい。
それが先代魔王によって弱った所に襲来したのですから、これは人類史上最悪の厄災と言っても過言ではないでしょう。
世界にとって最大の異物にして病巣である魔王が生きている限り、危険を覚悟で時の魔法のような大規模な干渉を行うこともできませんし」
「けれど」と神様は続ける。
「あなた達ならば、この未曾有の厄災を打ち払えると信じています。あなた達二人が力を合わせれば、きっと」
神様がそう言った直後、俺達の後ろの方から光が溢れ、扉が開くような音が聞こえた。
「私の話はこれで終わりです。さあ、行ってください。あなた達の未来に幸多からん事を」
手を組み、祈るような仕草でそう言った後……神様の姿は、淡い光の粒子となって消えた。
……どうやら、これで本当に話は終わりのようだ。
なんだかんだで、得る物の多い会話だったな。
夢の真相、世界を変える方法、加護や魔族の正体。
知識だけじゃなく、聖剣の強化という明確な支援もしてくれた。
本当に、得る物は多かった。
「行くか」
「うん」
そんな神様がいた場所を離れ、俺達は元来た道を引き返す。
「大変な事になっちゃったわね」
「そうだな。あんな啖呵切った事、後悔してるか?」
「全然!」
「そうか」
強くなったな。
なら、これが本当に最後の最終確認だ。
「それでも俺はお前が勇者の責務に耐えられなくなったら逃げてもいいと思ってる。
世界が消えるまでの間だけでも平穏に暮らす。
そういうのも別に悪くはないだろう」
「アラン、それは……」
「わかってる。最後に一度言ってみただけだ。そんな生活にお前の幸せは無いんだと、さっきハッキリわかった」
俺は立ち止まり、ステラの目を強く見ながら言う。
「改めて言おう。俺は必ず最後までお前を守り抜く。
お前の隣で最後の最後まで支え続ける。お前を絶対に幸せにする。
だから、━━やってやろうぜ。
神様の言う通り、魔王に圧勝してやろう。
夢の世界ならぬ、正史の世界とやらで一度は倒した相手だ。
俺達ならやれる」
俺はステラに拳を突き出した。
ステラは前半の言葉で顔を赤くした後、ステラらしい勝ち気な笑みを浮かべながら、俺の拳に拳を合わせる。
また力加減を微妙にミスったみたいで痛かったが、今だけは強がって耐えた。
「ええ! せいぜい足引っ張らないでよね!」
「ふっ、誰に物を言ってるんだ? 未だに俺に勝ち越せない分際で」
「最近はずっと引き分けでしょうが! っていうか、あんたの剣はしぶと過ぎるのよ!」
「褒め言葉として受け取っておこう」
そんな会話をしながら歩みを再開する。
そして、出口である最初に潜った扉が見えてきた頃。
『あ、そういえば、二つ程言い忘れていた事がありました』
唐突に、神様の声が再び聞こえてきた。
……せっかく、あんな神秘的な立ち去り方したのに、今ので台無しだぞ。
しかも言い忘れとか、この神様もしや、結構おっちょこちょいなのでは?
「なんですか?」
『この神樹はまだ普通に生きているので、治癒魔法でもかけ続けていれば10年くらいで元に戻ると、エルフの皆に伝えてほしいのです』
「わかりました。というか、神樹もしぶといですね」
『まあ、この樹は人類の安全地帯を作ろうとして、広範囲をカバーできそうな色んな物に破魔の力を宿らせようとした時の唯一の成功作ですからね。
折られるのも、これが初めてではありませんし』
初めてじゃないのか。
まあ、とりあえず、エルトライトさん辺りが聞いたら狂喜しそうな朗報だな。
「二つ目は?」
『この神樹の特殊空間は、私が意識のみとはいえ世界に顕現する事ができる大変特殊な空間です。
なので、ここの時空は少し歪んでおり、外界とはほんの僅かに時の流れが違っています。
外界と比べて時の流れが早かったり遅かったりするので、出たら数日経っていたとかあるかもしれません。
それには気をつけてください』
「「それを早く言え(言いなさいよ)!」」
最後の最後に、俺達は思わず敬語を忘れてしまった。
盛大なツッコミを入れながら扉にダッシュする。
冗談じゃない。
ドラグバーンがいつ攻めてくるかわからない状況で、数日留守にするとか自殺行為だぞ!?
『心配しなくても、神樹の加護の残滓はまだ継続中ですよ。奴が攻めてくるのはもう少し先の筈で……あ』
なんだ、その最後の「あ」は!?
嫌な予感がする!
そうして扉までの僅かな距離を全力で走破した俺達は、外に出た瞬間絶句した。
里に巨大な結界が張られ、その結界の外側から強烈な魔法攻撃が加えられていたのだ。
魔法と結界がぶつかった轟音が辺りに響き渡る。
戦いは既に始まっていた。
そして、俺は思った。
心の底から思った。
あの神様、やっぱりおっちょこちょいじゃねぇかッ!
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