37 神の語る真実

「神、様……?」

「はい。とはいえ、あなた方がイメージするような全知全能の存在ではありません。

 ただ、この星とそこに住まう知的生命の守護という役割を担っているだけの存在です。

 その為の力は持っていますが、それも制約によって大きく制限され、加護や聖剣といった力を人類に授けるのがやっとの無力な存在ですよ」


 思わずといった様子のステラの呟きに、自称神様の純白の少女は、聞いてない事まで律儀に教えてくれた。

 ……本当に神様なのか?

 いや、ステラが加護の塊とまで言ったんだ。

 信憑性はあるだろう。

 加護とは神に授けられた力だと聞いた事がある。

 だったら、その大本である神様が加護の塊に見えるのは、ある意味当然の話なのかもしれない。


 だとしたら、こいつはステラを勇者にした憎い相手の一人って事に…………いや、やめよう。

 ステラが隣にいる状況で、もしかしたら本当の神かもしれない存在を、最低でも加護の塊みたいな奴を、私怨で敵に回す訳にはいかない。

 元々、ステラが勇者に選ばれたのは運の悪すぎる事。

 それに文句をつけるのは、天に唾吐くも同然の無意味な行為だと思ってたんだ。

 それに、ステラを直接苦しめてるのは、あくまでも魔王。

 神は人類の味方で、無理矢理ステラを戦わせてると言うのなら、連行して行ったルベルトさん達も同罪だ。

 そして、俺はルベルトさんの事は恨んでない。

 よし、怒りは飲み込める。

 だけど、何故ステラを勇者に選んだのかは、後で絶対に問い詰めてやろう。


 少女の視線が俺に向く。

 聞きたい事があるなら遠慮せずに話せと言われてるような気がした。

 ……あなたは本当に神様なんですか、なんて聞いても意味はないな。

 結局、俺が納得できなければ、どんな話をされても無駄なのだから。

 だったら、とりあえず気になってる事を聞くのがいいか。

 勇者の加護については……俺が激昂して話が進まなくなる可能性があるから後回しだ。

 そうなると、今真っ先に問い質すべきなのは、


「俺の事を『救世主』と呼んだのは何故ですか?」

「言葉通りの意味ですよ。心当たりはある筈です。何せ、あなたは一度魔王を倒し、この世界を救った張本人なのですから」

「ッ!?」


 その言葉に、俺は過剰に反応した。

 ステラもだ。

 この少女の言っている事は、それだけ俺達の根幹に関わる。

 彼女の言う心当たりなんて一つしか思いつかない。

 それは、全ての始まりとなった……


「あんた、やっぱりあの夢の事を……!?」

「ああ、なるほど。あなたはあの出来事を夢として認識しているのですね。

 未来から送った魂と過去の魂が融合した結果でしょうか?

 それに私との会話の記憶も抜けている様子。

 やはり時に関する魔法は安全性に欠けますね」


 自称神様……いや、もう神様でいいか。

 神様はため息を吐くようにそう言うと、再度俺の目を真っ直ぐに見詰めながら告げた。


「あなたが夢として認識している出来事は、紛れもなく現実に起こった事ですよ。

 アラン、あなたはかつて加護という魔族に立ち向かう為の力もなしに、人類を滅ぼしかけ、世界を支配する寸前まで行った歴代最悪の魔王を倒しました。

 これは計り知れない程の快挙であり、私は報酬として、制約のギリギリを攻めてでも、あなたの願いを一つだけ叶えようと決意した。

 そして、魔王と相討ちになって命を落とし、魂だけとなったあなたに語りかけたのです」


 覚えていない。

 だが、思い出せないだけで、記憶の片隅に引っ掛かるような感覚があった。

 そして、俺が望む事などわかりきってる。


「あなたが私に望んだ願いは『ステラにもう一度会いたい』という事。

 今度こそ彼女を守りたい。隣で支えてやりたいと心の底から願っていました。

 愛されていますね、ステラ」

「うぅ……」


 滅茶苦茶優しい目で見られて、ステラは羞恥で俯いた。

 さっきまでの俺なら、頬にキス事件を思い出してこっちまで赤くなるところなんだろうが……それ以上に苦い思いに苛まれている今の俺には、そんな余裕はない。

 今までずっと、あの夢は最悪の予知夢か何かなんだと思ってた。

 だが、あの悪夢が夢じゃないのであれば、俺は本当に一度ステラを……


「そんなアランの願いを叶える為に、私は時の魔法を使ってアランの魂を過去へと送り込みました。

 本当はあなた達を生き返らせられればよかったのですが、大分前に消滅してしまったステラの魂を復元するのは、大海に解けた氷の痕跡を辿って成分を抽出し、もう一度固め直す程に困難。

 できなくはありませんが、ステラの魂の残滓を回収する過程でどんな影響が出るかわかりませんし、制約の範疇を大きく逸脱してしまいます。

 結果、私にはこの方法しかあなたの望みを叶える手段を思いつかなかったのです。

 ……世界を救ってくれたあなたに、こんな最悪の時代をもう一度送らせるというのは痛恨の極みでしたが」


 いや、それは全然構わない。

 どんな形であれ、もう一度ステラに会えて、今度はちゃんと隣で支えられてるというのは事実だ。

 こんなチャンスを与えてくれた事に関しては感謝しかない。


「あのー……さっきからちょくちょく話に出てくる『制約』ってなんなんですか?」


 ステラが神様に率直な質問をぶつける。

 それは俺も気になっていた。


「うーん、説明が難しいのですが……そうですね。例えるのなら、私にとって世界とは粘土細工のような物なのです」

「ね、粘土細工?」

「はい。その気になれば好きに弄れますが、下手をすると取り返しのつかない変化を生じさせてしまうし、最悪うっかり握り潰して壊してしまう可能性すらある。

 故に、私は世界を歪める可能性のある大きな干渉を自ら封じました。これが私の『制約』という訳です」

「は、はぁ……」


 ステラがわかったようなわかってないような間抜けな声を漏らした。

 俺もスケールが違い過ぎて、上手く実感できない。


「あれ? でもそうなると、時間を巻き戻すなんて滅茶苦茶な魔法、諸に制約に引っ掛かるんじゃ?」

「ええ、その通りです。時間を巻き戻すなんて、粘土細工全体を捏ねて、少し前と全く同じ形を再現しようとするようなもの。

 最も危険な行いの一つです。

 それに時を戻してしまえば、せっかく救われた世界もなかった事になってしまう。

 だからこそ私は、

「時間を巻き戻した訳じゃない……?」


 その言葉を聞いて、心臓が嫌な音を立てた。

 

「そう。そして、それを説明する事こそが、私がこうしてあなた達を呼び寄せた最たる理由の一つなのです」


 神様の目が真剣さを増す。

 対して俺は、まさか、そんなという思いが襲来し、呼吸が荒くなって、嫌な汗が出てきた。

 俺の見た悪夢は夢じゃなかった。

 時間が巻き戻った訳でもないらしい。

 なら、前の世界はどうなったんだ?

 いや、世界なんてどうでもいい。

 前の世界のステラは、どうなったんだ……?


「私がした事は、死して肉体から切り離され、消滅を待つばかりだったアランの魂を摘まんで、過去の世界へと投げ入れただけなのです。

 結果、そこを起点にして世界線は分岐し、現在この世界には二つの歴史が存在するようになりました。

 一つはアランが魔王を倒して救われた『正史の世界』。

 もう一つは、あなた達が今を生きる『改変された過去の世界』」

「んん?」


 ステラが首を傾げる。

 俺もよくわからない。


「これも説明が難しいのですが……例えるなら、川の流れのようなものですかね。

 川の流れと同じように、時間という概念の中にも『時の流れ』というものが存在すると考えてください。

 私は川の先端にあったアランの魂という名の石を拾い上げ、上流へと投げました。

 すると、その石は川を一部塞き止めて全体の流れを変え、新たに支流を生み出した。

 その支流こそがあなた達の生きる『改変された過去の世界』であり、既に水が流れた後で変えようのない本流が『正史の世界』という感じです。

 上手く説明できている自信はないのですけど……」


 いや、なんとなく少しは理解できた。

 特に、俺にとって重要な部分については。


「既に水が流れた後で変えようのない本流、か」


 つまりは、そういう事なのだろう。

 俺は全てをやり直してステラを救えている訳ではなく、前の世界、正史の世界とやらのステラには何の罪滅ぼしもしてやれないまま、のうのうと今を生きているという事だ。

 深い深い悔恨と絶望が胸を焦がす。

 食い縛った奥歯が砕ける音がした。


「……ステラ?」


 そんな俺の頬に、ステラはそっと手を添えた。

 そこから暖かい魔力が流れ込み、砕けて血を流した俺の奥歯を治癒する。

 

「なんで……」

「わかるわよ。アランが辛い顔してる事くらい」


 そのまま、ステラは俺の頭を撫でてくる。

 ……さっきと立場が逆転した気分だ。


「アランは、その正史の世界とかいう方の私を助けられなかった事を後悔してるの?」

「……そうだ。俺が無責任に放った一言のせいで、お前は一人で勇者として旅立って死んだ。

 なのに俺は、お前が死ぬまでお前が苦しんでる事にすら気づかず、追いかけようともしなかった。最低の男だ……」

「えいっ!」

「……何すんだ」


 いきなり、ステラは俺の頬を両手で思いっきり挟んで寄せて、変顔を作られた。

 いや、本当に何すんだ。


「それ普通だからね! 勇者とか聖戦士と普通の人の違いを考えれば普通だから! アランは何も悪くないわ!」

「でも……」

「でもじゃないの! むしろ、それで責任感じて復讐の旅に出た挙げ句、

 ホントに魔王倒して、神様にご褒美で過去に戻してもらって、

 戻った先でもこれだけ私の為に戦ってくれるとか、アランが私の事好き過ぎるだけよ!」

「悪いか」

「うぇ!? そ、そこで素直に肯定するの……!?」


 やさぐれた勢いで本心を口にしてみれば、一瞬ステラの動きが止まった。

 しかし、すぐに再起動して話し出す。


「と、とにかく! 正史の世界の私だって、絶対にアランの事恨んだりしないわ!

 だって、正史だろうと過去だろうと、私は私だもの!

 私が大切な幼馴染を恨む訳ない!」

「だが……」

「だがじゃないの! ……もしどうしてもアランが罪滅ぼしとかしたいって言うなら、助けられなかった私の分まで今の私を助けて。

 幸せになれなかった私の分まで今の私を幸せにして。

 そして、アラン自身も幸せになって。

 死んじゃった私への罪滅ぼしなら、きっとそれが一番だから。

 きっと、それが一番喜ぶから」


 ステラは大真面目な顔でそんな事を言う。

 助けられなかったステラの分まで、今のステラを助ける。

 幸せになれなかったステラの分まで、今のステラを幸せにする。

 そして、俺自身が幸せになる。

 それで、いいのか?

 それで本当に、死んでしまったステラに報いる事ができるのか?


「……本当にそうだと思うか?」

「本人が言うんだから間違いないわよ!」

「……そうか」


 俺は涙を流しながら、やっと少し笑えた顔でステラを抱き締めた。

 ステラの体がビクッと震えたが、そのまま受け入れてくれる。


「ありがとな、ステラ」


 情けない俺を慰めてくれたステラに、俺は精一杯のお礼を言った。


「これくらい当たり前よ。アランが私を支えてくれるように、私だってアランを支えてあげたいんだから」

「……そうか。ありがとう。もう大丈夫だ」

「うん」


 なんとか精神を落ち着かせてステラから離れ、神様の方に向き直った。

 俺の醜態を見せつけられた形になった神様は不機嫌そうになる事もなく、慈しみの目で俺達を見ている。

 普通に恥ずかしい。


「なんというか、本当に愛し合っているのですね、あなた達は。それは素晴らしい事です」

「違いますから! そういうんじゃないですから! ……今はまだ」

「そんなあなた達に、これ以上の苦難を与えたくはないのですが……ここまで来た以上は、伝えない訳にもいきませんね」


 ステラの言葉を思いっきり無視しながら、何か最後に小声でボソッと呟いてた言葉に被せるように、神様は話を続けた。

 なんとも不穏な気配のする話を。

 そして、案の定、


「今から私の言う事こそが本題です。……結論から言いましょう。

 今のままでは、この改変された過去の世界は消滅します。

 近い将来、正史の世界に上書きされる事によって」


 神様の放った言葉は、とんでもない爆弾発言だった。

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