32 『火』の四天王

「『爆炎の拳バーンナックル』!」


 ドラグバーンが拳に炎を纏わせて、ステラに殴りかかった。

 ステラはそれを剣を斜めに構えて受け流しながら前へ踏み込み、またしてもすれ違い様の斬撃を脇腹に叩き込む。

 俺を見て覚えたという受け流しと、勇者としての攻撃力を組み合わせた、完成度の高い動きだ。

 寸分違わず同じ場所を斬っているのも、防御力の高い敵を相手にする時の戦略の一つとして正しい。


 しかし、それでもドラグバーンに与えたダメージは、かすり傷の域を出なかった。


「ハッハッハ! 良い動きだ!」


 ステラを称えながらドラグバーンが振り向き、またしても炎を纏った拳を振り上げる。

 だが、ステラが二回ドラグバーンの脇を通り過ぎたという事は、元は同じ位置にいた俺の方へ戻って来たという事だ。

 俺はステラと入れ替わるように前へ出る。

 ドラグバーンは咄嗟に攻撃対象を飛び出してきた俺へと変更し、俺はその拳を黒天丸で受けた。

 そのまま、拳の勢いを受け流しながら体を右回転。

 敵の攻撃力を己の回転力に変え、更にその力を刃に乗せて、鋭い斬撃の力へと変換して斬り返す。

 俺の基本技。


「一の太刀━━『流刃』!」

「ぬおぅ!?」


 狙いはステラが斬った場所。

 左脇腹の傷。

 狙いは完璧。

 にも関わらず……俺の刃がドラグバーンの体を抉る事はなかった。


「ッ!?」


 硬すぎる!?

 ステラの攻撃で鱗は砕けてたのに、その下の肉を斬る事すらできなかった。

 まさか流刃が全く効かないとは……!

 攻撃力も防御力も圧倒的。

 これが四天王か。

 なるほど、化け物だ。


「むむ!? 加護を持たぬ脆弱な雑兵の身でありながら、またしても俺の攻撃を防いだ上に反撃までしてくるとは!?」


 ただし、驚愕したのは俺だけじゃなかったらしく、ドラグバーンもまた、加護も持たない、一見雑魚に見える俺の動きに目を見開いていた。


「なんとも奇っ怪な! だが認めよう奇っ怪な剣士よ! 貴様もまた俺の敵足り得る強者であると!」


 だが、こいつは俺を見下す事も、油断する事もなかった。

 ステラが追撃に飛翔する光の斬撃を放つ。

 ドラグバーンはそれを腕を交差させて防ぎ、そのまま力を溜めるような動作に入る。

 何かの構えだと認識した直後、一瞬にして膨大な熱がドラグバーンの中に発生した。

 それを前に、俺とステラはアイコンタクトを交わす。

 当然、ドラグバーンはそんな事などお構い無しに、交差していた腕と共に、体内の熱エネルギーを全方位に向けて解き放った。


「『爆炎解放バーンアウト』!」


 ドラグバーンを中心に、大爆発を起こしたような炎が広がっていく。

 それに対しての俺達の対応は、ステラを後ろへ、俺が前へ。

 俺がステラの盾となって攻撃を防ぐ。


「三の太刀━━『斬払い』!」


 そして、炎の裂け目を押し広げる事で、広範囲攻撃を霧散させる為の技、斬払いを放ち、俺達を焼き尽くそうとしていた炎を裂いてステラを守った。


「ありがと!」

「気にするな!」


 よし、連携は上手くいっている。

 俺の剣術は、思った以上に連携に向いているのだ。

 一撃でも食らえば死ぬからこそ鍛え上げた、先読みと絶対防御の技術。

 今まではその力を己を守る事のみに使い、カウンターへの繋ぎとしてしか使ってこなかった。


 だが、この剣術の真価はそうじゃない。

 俺の剣の真価は、仲間と共にあってこそ発揮される。


「ハッハー!」


 いつの間にかドラグバーンが上空へ移動していた。

 さっきの炎は目眩まし。

 どうやら、本命はこっちのようだ。


「『炎星大爆裂拳メテオパンチ』!」


 翼をはためかせ、拳を構えたドラグバーンが高速で落ちてくる。

 あの怪力に、自重と翼によって加速した落下速度を加えた一撃。

 その破壊力は、まさに隕石のよう。

 直撃すればステラですら死にかねないだろう。

 だが!


「『反天』!」

「ぬぉう!?」


 それを俺はあえて真っ向から迎え撃った。

 強い攻撃力は、強い衝撃を生む。

 そうなれば反天の餌食だ。

 発生する衝撃が大きければ、反天の威力も上がるのだから。

 ドラグバーン自身の力と黒天丸の激突によって生まれた極大の衝撃は、強靭な鱗を貫通して体の内部へと浸透し、骨の一番脆い部分を砕いた。

 しかし、手応えでわかる。

 これは骨にヒビを入れただけの、かすり傷だ。


「くっ!?」


 攻撃の勢いが止まらない。

 反天には衝撃破壊の副次効果として、敵内部に浸透した衝撃が攻撃の勢いとぶつかって相殺してくれる効果がある。

 本来なら、それで攻撃は止まる。

 だが、この化け物の攻撃は止まらず、ほんの一瞬だけ弱めて塞き止める事が精一杯だった。


 俺はその一瞬で反天から歪曲へと技を繋げ、ドラグバーンの拳を受け流す。

 威力を弱めたにも関わらず、ドラグバーンの拳は大地に深々と突き刺さり、巨大なクレーターを作り出した。

 地面を吹き飛ばした時の衝撃波と、拳から弾けて拡散した炎が辺り一帯を蹂躙する。

 俺は更に技を繋げて、後ろに下がりながら斬払いを使い、なんとか無事に生還を果たした。

 咄嗟だったせいで歪曲と斬払いは完璧ではなく、さすがに無傷とはいかなかったが。


 それでも散らし損ねた衝撃と炎は、大体剣聖シズカの羽織と鎧が防いでくれた。

 ちょっと歪曲の失敗で腕を痛めて、露出してた顔に火傷を負って、羽織と鎧の上から全身を打ち据えられただけだ。

 治癒魔法を使えばすぐに治る。


「『治癒ヒーリング』!」


 とか思ってたら、俺が何かするまでもなく傷が治った。

 今のはステラの無詠唱治癒魔法。

 その道専門で鍛えてるリンに比べれば劣るって事で滅多に使わないが、こういう時には便利だ。


「助かる!」

「どういたしまして!」


 そんな言葉を交わしながら、ステラと前後の位置をスイッチ。

 今度はステラが前に出る。


「魔導の理の一角を司る光の精霊よ。神の御力の一端たる聖光の力よ。光と光掛け合わせ、極光と成りて我が剣に宿れ。━━『聖なる剣ホーリースラッシュ』!」


 そして、完全詠唱によって本来の力を発揮した光の斬撃を、大技の直後で硬直していたドラグバーンに叩き込んだ。

 それは斬撃ではなく、剣によって打ち出された光の奔流だった。

 光が、ドラグバーンを飲み込んでいく。

 聖なる光が魔を滅していく。


「ぬぉおおおおおおおおおお!!!」


 ドラグバーンは絶叫を上げながら、またも腕を交差させ、正面から光の奔流に耐えようとした。

 そこら辺の魔族なら、一秒と持たずにこの世から消滅させられるだろう極光に身を焼かれながら、ドラグバーンは耐える。耐える。ひたすらに耐える。

 そして……耐えきった。


「……クックック」


 ドラグバーンが不敵に笑う。

 しかし、奴は断じて無傷ではない。

 真紅の鱗は光に焼かれて溶解し、あるいは衝撃で砕け、体の内側にまでダメージは通っている筈だ。

 行ける。

 倒せる。

 奴は決して無敵じゃない。

 流刃が効かないからなんだ。

 反天でかすり傷しか付けられないからなんだ。

 それは、が負ける理由にはならない。


 確かに、俺一人であれば敗色濃厚だっただろう。

 しかし、俺の剣の真価は仲間と共にあってこそ発揮される。

 ステラと再会し、勇者パーティーとしての戦い方を模索する内に気づいた事だ。


 一撃でも食らえば死ぬからこそ、鍛え上げた先読みと絶対防御の太刀。

 今まではそれを自分を守る事のみに使い、カウンターへの繋ぎとしてしか使っていなかった。

 だけど、この剣術の最も有効な使い方はそうじゃない。

 先読みは戦場全体の流れを読み、仲間の動きに合わせる為に。

 絶対防御は、仲間の盾となって守る為に。

 自分以外が敵を倒し得る力を持っているのであれば、無理にカウンターを狙う必要もない。

 今までは頼りに頼りきっていた唯一の攻撃手段だったが、これからは、あくまでも手札の一つとして使う事ができる。


 元は、夢の中の俺が復讐の鬼と化した孤独の中で、ただただ仇を討つ為だけに編み出した剣技。

 たった独りで魔王を殺した、最強殺しの剣。

 その本質が仲間と共に、守るべきだった幼馴染と一緒にある事で真の力を発揮するものだったというのは、いったい、どんな皮肉なんだろうな。

 それが巡り巡って今の俺に受け継がれ、共に戦おうという約束のもとに振るわれて真価を発揮するというのも因果な話だ。

 

 その因果に、今は感謝しよう。

 おかげで俺は、十全にステラを守る事ができる。

 

「ハーッハッハッハッハ!」


 ドラグバーンが笑い声を上げた。

 あれだけの傷を負っても、致命傷にはまだまだ程遠いらしい化け物が笑っている。


「よもや、よもや俺の体にここまでの傷を……! 素晴らしい! 素晴らしいぞッ! 久方ぶりの楽しい戦いになりそうだ! それでこそ魔王の命令に背いてまで飛び出して来た甲斐があったッッ!」


 狂喜。

 そう言うのが相応しい凶相が、ドラグバーンの顔には浮かんでいた。

 竜顔の表情なんぞ普通ならわからないが、今のこいつは実にわかりやすい。


「随分と戦いが好きなんだな」

「何をわかりきった事を!」


 ちょっとした時間稼ぎついでに口を開いてみれば、ドラグバーンは律儀に答えを返してきた。


「思うがままに戦い! 蹴散らし! 踏み潰す事で目的を果たす! 欲しいものを手に入れる! それが魔族! それこそが魔族よ!」


 まるで常識を語るかのように、ドラグバーンは言葉を重ねる。


「そして俺は戦いが好きだ! だから戦う! 雑魚を潰してもつまらん! だから強敵を求める! それだけだ! それ以外に理由などいらん!」


 なるほど、実に魔族らしい理由だ。

 それ以上語る事はないと言わんばかりに、ドラグバーンは更なる攻撃態勢に入る。

 鋭い牙を生やした口を開き、その中に圧縮された炎の塊が生まれた。

 ブレスか。


 だが、ここで時間稼ぎ完了だ。


「『破壊剣』!」

「ぬ!?」


 ドラグバーンの背後から巨漢の『剣聖』ブレイドが襲いかかり、その巨剣でガードに使われた腕に傷を負わせた。

 ステラの攻撃の時にも盾に使って、特に大きく損傷した腕になら、あいつの攻撃でも通るらしい。

 それでも骨にすら届いてなさそうだが。


「硬ッ!?」

「『熱竜砲ドラゴフレア』!」

「うお!?」


 ドラグバーンは反撃にブレスを吐き出し、業火でブレイドを焼き尽くそうとする。

 しかし、ブレイドの目の前に現れた一枚の結界が、少しの時間ブレスを防ぎ、その隙にブレイドは結界を蹴ってブレスの範囲外にまで逃げた。

 同時に、ドラグバーンの足下が泥沼へと変わる。


「むむ!?」

「『落雷サンダーボルト』!」

「ぐぉおおお!?」


 泥沼に足を取られたドラグバーンに、魔法の雷が降り注ぐ。

 魔法が飛んできた方を見れば、杖を構えたエル婆とリンの姿が。

 やっと来たか。


「遅いぞ!」

「すまんのう。残りの竜どもが特攻して来たんじゃ。じゃが、それももう片付いた」


 エル婆の言う通り、俺達がドラグバーンを抑えていた僅かな時間で、残りの竜は全滅していた。

 これで奴は一人だ。

 少なくともこの場にはもう、ドラグバーンを助けてくれる奴はいない。

 まあ、あの性格を思えば望むところなんだろうが。


「ハーッハッハッハッハ!」


 案の定、ドラグバーンはまたしても愉快そうに笑った。


「この強さ! 貴様ら聖戦士だな! 勇者と奇っ怪な剣士だけでなく、更に聖戦士が三人も! 実に昂る! 高揚する! 燃え滾るッ!」


 ドラグバーンは興奮したまま全身から炎を放ち、足下の泥沼を消し飛ばした。

 ……なんだ、この感覚は?

 さっきより火力が上がってる。

 ドラグバーンから感じる威圧感が、強くなってる?


「ッ!?」


 そう感じた瞬間、ドラグバーンの体に目に見える変化が起きた。

 傷が治っていく。

 そう早いペースではないが、ブレイドが斬った腕の傷も、エル婆の雷撃に焼かれた肉も、ステラの大技で負った大ダメージも、目に見える速度で回復していく。


「ふむ! ようやく、あの奇っ怪な樹の残滓も薄くなってきたか! これで少しは本気が出せそうだ!」

「なん、だと……!?」


 嘘だろ……!

 あいつ、あれでも弱体化してたのか!?

 その言葉が真実であると示すように、ドラグバーンが動き出した。

 さっきよりも一段階速い速度で。


「では、参る!」


 魔王軍四天王の一人、『火』の四天王ドラグバーン。

 その底は、未だに見えない……!

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