17 屍竜

 戦いが始まってから最初に大きく動いたのはドラゴンゾンビだった。

 巨大な三つの口を開け、その中に膨大な魔力が収束していく。

 これはアレだ。

 ドラゴンの代名詞……


「ブレスか!」

「ご名答!」


 そう認識した瞬間、俺はブレスの死角になるだろう場所へ向けて走った。

 狙いはドラゴンゾンビの後ろだ。

 足の間を潜って背後へ抜ける!

 しかし、それを邪魔するようにゾンビ軍団が迫って来た。

 しかも、素早いゾンビが俺の逃げ道を塞ぐような立ち回りをする。

 老婆魔族の采配だろう。

 このままだと味方のゾンビ諸共ブレスで吹き飛ばす事になるが、お構い無しという訳だ。


「どけ!」


 俺は無理矢理にでも活路を開くべく前に出た。

 道を塞ぐゾンビが壁を作って邪魔をしてくる。

 俺はそれを上から飛び越えるべく、思いっきりジャンプ。

 空中の俺を叩き落とそうとした攻撃を激流加速で推進力に変え、まんまとブレスの死角まで逃げ切る事に成功した。 

 

 俺が走り抜けた直後、ドラゴンゾンビのブレスが放たれる。

 三つの頭から同時に放たれたブレスは、混ざり合い、とんでもない威力となって地表を蹂躙した。

 さっきまで俺の居た地面がベッコリと凹んでクレーターが作り出される。

 なんて威力……。

 これは斬払いで霧散させるのも、歪曲で軌道をねじ曲げるのも無理だな。

 もっと熟練すればできるようになるだろうが、現時点だと頭一つ分のブレスがギリギリ対応限界ってところか。

 二つ以上の頭が同時に放ってきたら無理だ。

 避けるしかない。

 だが、どうやら避けるのも簡単じゃないらしい。


「ぐぅ……!?」


 足に激痛を感じて、痛みの元に視線を向ける。

 右足のふくらはぎ辺りの服が溶け、その下の肌や肉までぐずぐずに溶けていた。

 これは今のブレスの余波によるダメージだ。

 あれはただのブレスではなく、毒竜らしく毒液を濁流のように発射した攻撃だった。

 完全に避けたにも関わらず、ここまで飛んで来た毒液の飛沫だけで、決して小さくないダメージを受けたのだ。

 幸い、足のダメージは骨にまで達していない為、痛みを無視すれば歩行は可能だが、機動力は確実に低下している。

 回復する時間が欲しい。


「開けや開け。小さな小さな魔界の門の切れ端よ。我の手駒を導きたまえ。━━『召喚コール』!」


 だが、それを許さないとばかりに、老婆魔族が新たな魔法を使った。

 ドラゴンゾンビが現れた時と似た魔法陣がいくつか現れ、そこからブレスで消し飛んだゾンビの代わりのゾンビが現れる。

 召喚魔法。

 人類には扱えない、限定的に空間をも操る魔族の秘技。

 厄介な。


 それでも、思ったより召喚されたゾンビの数が少ないのは幸いだ。

 新たに召喚されたゾンビは10体。

 俺の足止めに参加せず、ブレスの巻き添えを食らわなかったゾンビが10体。

 合わせて20体。

 少ないとは言えないが、対処できない数じゃない。


「チッ。体を修復しながらじゃこれが限界かね。それにストックがやたらと減ってる。フランケだね。まったく、召喚数は必要に応じてって教えただろうに……」


 老婆魔族は嘆くように呟きながら、残った左手で真っ二つになった杖を振るい、ゾンビを操って俺に差し向けてくる。

 ドラゴンゾンビが背後の俺に向けて、横薙ぎに尾を振るおうとする。

 動きは遅いが、大きさと重さが桁違いだ。


 俺は尾の攻撃が加速し始める前に距離を詰め、黒天丸を思いっきり鱗に突き刺した。

 全体重を乗せた刺突で鱗の隙間を狙ってもかすり傷しか付けられなかったが、それでも刃先を竜の尾に食い込ませる事はできた。


 ドラゴンゾンビはそんな俺に頓着せず、命令通りに尾による薙ぎ払いを続行する。

 俺は杭のように食い込んだ黒天丸を握って支えにし、振るわれる尾に張り付く事で正面衝突を避け、ダメージを最小限に抑えた。

 そして、尾が狙いの位置にまで来たら刃先を引き抜き、振るわれた勢いのままに射出されて距離を稼ぐ。

 安全性と乗り心地が最悪の馬車に乗った時のような気持ち悪さに襲われるが、おかげでドラゴンゾンビから大きく距離を取り、ゾンビ軍団すらも飛び越えて、狙いの位置に吹っ飛ばされる事ができた。


 激流加速の要領で受け身を取り、無事な左足を使って、この勢いを維持したまま目的地へと駆ける。

 その目的地とは……亡者の洞窟入り口。

 ドラゴンゾンビの巨体で狭い洞窟の中へは入れない。

 回復の時間を稼ぐには絶好の場所だ。


「ぬ!? そう来たかい!」


 俺の狙いに気づいたらしい老婆魔族が指示を出し、ゾンビ軍団が俺を追ってくる。

 だが、今の最高に加速した俺を捕らえられる程のゾンビはいない。

 それは老婆魔族もわかってるらしく、本命はドラゴンゾンビが口を開く事によって発射された再びのブレスだ。

 さっきみたいな高出力ブレスじゃない。

 あれは地味に発射までに時間がかかるからか、今回選択されたのは小さな毒の水玉を連射してくるタイプのブレスだった。

 俺の逃げ場を奪うように、面を制圧するように大量の毒玉が降り注ぐ。

 だが、これくらいなら防げる!


「『歪曲連鎖』!」


 俺は直撃しそうだった何発かの毒玉を歪曲で逸らして別の毒玉にぶつける。

 それによって毒玉が弾け、大量の飛沫が雨のように降り注いできたが、問題ない。

 傘代わり、というよりレインコートの代わりは持っている。


「ハッ!」


 俺は片手をマジックバッグに突っ込み、そこからある物を取り出す。

 それはマジックアイテムと化した、ボロボロの黒い和服だ。

 剣聖スケルトンの身を守り続けていた装備。

 その頑丈さと厄介さは身を持って体験している。

 布故に打撃には弱いが、この手の攻撃には滅法強い筈だ。


 和服を盾に毒の雨を防ぐ。

 予想通り、和服は毒の雨など物ともせずに耐えてくれた。

 さすが大昔の剣聖の装備。

 マジックアイテムである事を差し引いても素材が良いんだろう。

 経年劣化でボロボロとはいえ、和服としての原型を余裕で保っているのがいい証拠だ。


 そして、おかげ様でゴールである。

 俺は亡者の洞窟入り口まで走り抜けた。


「チッ!」


 老婆魔族のデカイ舌打ちの音を聞きながら、迷宮の中に一時避難する。

 魔族二人が暴れたおかげで、魔物も冒険者もいなくなった迷宮の上層に。

 ゾンビ軍団が追いかけて来ている為、いくつか通路を曲がった先の比較的見つかりづらい場所に潜む。


 そうして、ようやく治癒魔法を使う事ができた。

 しかし、俺の下級の治癒魔法だけじゃ治し切れない。

 マジックバッグから回復薬を取り出して患部に振り掛ける。

 それで何とか治ったと言えるレベルになった。

 傷は残ってるが、痛みさえ無視すれば行動に支障のないレベルだ。

 たかが飛沫を浴びただけでこれとは、どんだけ強い毒なのやら。

 とりあえず、これ以上の被弾を少しでも避ける為に、和服を解いて羽織のように肩にかけておいた。

 サイズも合わないし、かなり不恰好な事になったが、ないよりは遥かにマシだろう。


「ふぅ……」


 これで、どうにか最低限の態勢は整った。

 落ち着いたところで対策を考えよう。

 まず、あのドラゴンゾンビを倒すのはかなり厳しい。

 相性がこれでもかという程に最悪だ。

 あの巨体と頑強さが相手だと、最大のダメージソースである流刃を使ってもかすり傷しか付けられない。

 しかも、ドラゴンゾンビの基本的な攻撃方法がブレスという遠距離攻撃である以上、流刃を使うチャンスすらほぼないと見ていいだろう。

 歪曲と斬払いはそのブレスを防ぐのに役立つとはいえ、それも完全とは言えず、おまけに攻撃技じゃないからダメージを与えられない。


 こういう敵は五の太刀か六の太刀、もしくは黒月で眼球辺りの急所を一突きにする事で仕留めるのがセオリーなんだが、それも無理だろうな。

 五の太刀と六の太刀は現状使えないし、黒月で眼球を貫いて脳まで破壊できたとしても、相手はゾンビだ。

 それじゃ止まらない。

 体を真っ二つにするくらいのダメージを与えない限り。


「……ダメだな、こりゃ」


 結論、ドラゴンゾンビ討伐は不可能だ。

 己の無力さが憎い。

 だが、ドラゴンゾンビが倒せないからと言って、この勝負を諦めるつもりは毛頭ない。

 ドラゴンゾンビがダメなら、それを操ってる老婆魔族を直接叩けばいいのだ。

 奴こそがこの戦いにおける最大の急所である事は間違いない。

 術者が死ねばゾンビも滅びる……かどうかはわからないが、少なくとも状況が好転する事は間違いない筈。

 ドラゴンゾンビの巨体をよじ登り、頭の上に合体してる老婆魔族をぶった斬る。

 これも簡単じゃないだろうが、やるしかないな。


「!」


 そうして覚悟を決めた時、複数の足音が近づいてくるのがわかった。

 ゾンビ軍団が追い付いてきたか。

 当然だが、こいつらも邪魔だ。

 不意討ちで少しでも数を減らすとしよう。


 そう判断して死角からゾンビ軍団に襲いかかり、何体かを真っ二つにして塵に帰した瞬間……


「見ぃつけたぁ!」


 そんな気色の悪い声と共に、凄まじい轟音を立てながら洞窟の天井が崩落した。

 危険を感じて咄嗟に後ろに下がった事で被害を免れた俺が見たのは、天井を貫いてきたドラゴンゾンビの頭の一つ。

 マジか。

 こいつ、一部とはいえ迷宮を破壊して侵入して来やがった!


 ドラゴンゾンビの口の中に魔力が集う。

 ブレスが来る!

 しかも、この逃げ場のない狭い通路の中で!


「くっ!」


 とんだ奇襲に驚愕しつつ、俺は何とか迎撃を試みる。

 戦いは、有無を言わさず第二ラウンドに突入した。

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