18 拳の英雄

「『斬払い』!」


 頭一つ分のブレスを何とか斬払いで霧散させ、毒の飛沫を肩に羽織った剣聖スケルトンの和服で防ぐ。

 もっと斬払いの精度が高ければ飛沫すら飛ばない程完璧に防げたんだが、できないものは仕方ない。

 これから磨くしかないだろう。


 そうしてブレスを迎撃した後、ブレスの飛んで来た軌道上を突っ切って前へ出る。

 そのまま迷宮の天井を突き破ってきたドラゴンゾンビの頭に飛び乗り、首を伝って老婆魔族の所を目指した。

 最初の目的地は、三つの首の付け根である胴体。

 そこから老婆魔族が合体してる首へと乗り移るのだ。


「ぬ!?」


 俺の狙いに気づいたらしい老婆魔族が杖を振り、ドラゴンゾンビに首を滅茶苦茶に振り回させて、俺を振り落とそうとしてくる。

 この手の長い首だの尻尾がしなる時は、大抵その根元が先に動くものだ。

 目を見開いてその予備動作を全て読み切り、首の動きに大して常に最適の受け身を取る事で前へ進んでいく。

 とんでもない集中力を必要とする作業。

 頭も体も疲労が半端じゃないが、もう少し、もう少しで胴体に……!


「させないよ!」


 だが、さすがにそう簡単には行かず、老婆魔族が対策を打ってきた。

 俺の進行ルート上、ドラゴンゾンビの首の付け根辺りにいくつもの魔法陣が現れる。

 その中から、さっきのゾンビ軍団が現れた。

 転移!?

 こういう事もできるのか!


「やたら魔力を使うからあんまりやりたくないんだけどねぇ……。でも、あんたを倒す為の必要経費だと思う事にするさね。やっちまいな!」


 老婆魔族の命令に従い、ゾンビ軍団の内、遠距離攻撃を持つ奴らが俺を叩き落とすべく、魔法や弓矢、投擲を使って攻め立ててくる。

 俺は最悪の足場を気にしながら全ての攻撃を歪曲や斬払いで防ぎ、時にはドラゴンゾンビの体を盾にしながら進み続けた。


「!?」


 しかし、あと一歩というところで、俺の前に我が父を彷彿とさせるような筋肉ダルマのゾンビが立ち塞がる。

 さっきまでのゾンビ軍団には居なかった奴だ。

 恐らく、今の魔法で新たに召喚したんだろう。


 そいつを見た瞬間、本能が全力で警鐘を鳴らし、背筋に悪寒が走った。


 一目でわかった。

 こいつは他のゾンビとは格が違うと。

 筋肉ゾンビが構えを取る。

 何かの徒手空拳の武術の構えだ。

 俺がその懐に飛び込むまでの僅かな時間で、筋肉ゾンビは目線、体捌き、予備動作などでいくつものフェイントを入れてから拳を突き出してきた。

 体重の乗った右ストレート。

 俺はそれを何とか見切り、無骨な手甲に包まれた拳を黒天丸で受け流して流刃を決めようとするも、筋肉ゾンビは冷静にもう片方の腕で俺の反撃を防ぎ、そのまま腕を横に薙いだ。


 凄まじい力で、俺はドラゴンゾンビの上から弾き飛ばされる。


「くっ!?」

「ひっひっひ! そいつはあたしの秘蔵コレクションの一体! 二百年前の拳の英雄『フィスト』だよ! 聖戦士にこそ及ばないが、英雄の中でも上位の力を誇る自慢の逸品さ!」


 ドラゴンゾンビから飛んで来る小ブレスの連打やゾンビ軍団の遠距離攻撃を捌きながら受け身を取り、自慢するような老婆魔族の言葉を頭の中で咀嚼した。

 拳の英雄フィスト。

 そんなに有名ではないが、しっかりと歴史に名を残している本物の英雄だ。

 『剛力の加護』を持ち、激戦で傷付いた当時の勇者とその仲間達を逃がす為に、単身で魔王軍の追っ手を食い止めて戦死したという立派な男。否、漢。

 そんな尊敬すべき漢の死体を利用し、あまつさえコレクション扱いする老婆魔族に強い怒りを覚える。


 しかし、怒りに燃える心とは裏腹に、頭の方はどこまでも冷たく冷静に現状を分析していた。

 この状況はヤバイ。

 ただでさえ鬼難易度のドラゴンゾンビに、過去の英雄という護衛がついてしまった。

 しかも、フィストは二百年前の人物だというのに、見たところ、その死体は欠片も腐っていない。

 多分、老婆魔族の魔法で腐敗を止めているんだろう。

 だとすると、朽ち果てていた剣聖スケルトンとは違って、フィストは全盛期に近い力を持っている可能性が高い。


 下手すれば剣聖スケルトンに匹敵しかねない強敵だ。

 ドラゴンゾンビと英雄フィスト、おまけにゾンビ軍団。

 こいつらを相手に果たして勝てるのか?

 ……いや、そんな事はもはや関係ない。

 ドラゴンゾンビの攻撃範囲の広さに加えて、迷宮にすら隠れられない現状を考えれば、逃げ道なんてとっくのとうになくなってる。

 退路はないのだ。

 やるしかない。

 勝つか、死ぬかだ。


「上等だ……!」


 俺は気合いを入れ直し、一切の躊躇を捨てて再びドラゴンゾンビに向かって行く。

 フィストの剛力で吹き飛ばされたせいで、距離は遠い。

 向こうの遠距離攻撃だけが一方的に届く距離。

 そのアドバンテージを敵が活かさない訳がなく、ゾンビ軍団の攻撃や、ドラゴンゾンビの小ブレスを躱しながら前へ前へと進む。

 あの極大ブレスが来ないのは幸運だ。

 あれだけはどう足掻いても避けるしか対処法がない。

 そして、この距離だと効果範囲から逃げ切れるかは微妙なライン。


 にも関わらず撃って来ないのは、恐らく激流加速を見せてるからだろうな。

 老婆魔族は年季の入った生粋の魔法使いだ。

 剣術への理解が深いとは思えない。

 そして、俺の技は剣術をはじめとした近接戦闘技術に精通した奴以外から見ると、まるで手品か魔法のように見えるらしい。

 激流加速のタネがわからず、いつでも発動できると思われてるなら、チャージに時間の掛かる極大ブレスじゃ逃げ切られると思うのも道理だ。

 あとは、激流加速なしだと基本的に俺はトロイから、普通の遠距離攻撃でもその内当たると思われてるのかもしれない。

 どっちにしてもありがたい。

 その意識の隙を容赦なく突かせてもらおう。


 俺は歪曲と斬払いを存分に使い、全ての攻撃を防いで捌いて受け流して、ドラゴンゾンビの足下にまで到達した。


「踏み潰しなぁ!」


 老婆魔族が叫び、ドラゴンゾンビがその巨大な足の一本を持ち上げる。

 そこから繰り出される、図体の割には素早い踏みつけ攻撃。

 あの質量に速さが合わさったこの攻撃の威力は計り知れない。

 だが、だからこそ都合がいい。


「ハッ!」


 俺は老婆魔族とドラゴンゾンビの三つの頭に闇の斬撃を放って目眩ましにし、ドラゴンゾンビが俺の動きを見て踏みつけの位置を変えられないように仕組む。

 その上でドラゴンゾンビの動きを読み切り、踏みつけの時、ギリギリ潰されない位置へと走り、飛び上がりながら僅か数センチ隣の空間を押し潰すドラゴンゾンビの足に黒天丸を合わせた。

 大質量の踏みつけを受け流し、空中で高速回転しながら刀をドラゴンゾンビの足の鱗に引っ掛け、それを踏み台にした激流加速で大きく上へと飛翔する。

 最大級の物理攻撃を受け流した事で、激流加速の速度もまた過去最高クラス。

 飛翔距離もやたら長い。

 おかげで、一発でドラゴンゾンビの背中に到達する事ができた。

 このチャンスを逃さず、一気にドラゴンゾンビの背中を駆ける。

 老婆魔族の合体してる頭に向けて一直線で。


「ッ!? 迎え撃つんだよ!」


 背中に乗った俺に気づいた老婆魔族の命令により、ゾンビ軍団がこっちに向かってきた。

 遠距離タイプが支援し、近接戦タイプが飛び出す。

 フィストは道を塞ぐように、老婆魔族の合体してる首の前から動かない。


「ハァ!」


 俺は真っ先に突っ込んで来た狼ゾンビを、黒天丸の一撃で縦真っ二つにした。

 本当なら激流加速で振り払いたいんだが、それで体を真っ二つにされた老婆魔族が警戒しない筈がなく、今回のゾンビ軍団は一塊の壁となって俺の行く手を阻んでる。

 しかも、攻撃ではなく俺を捕まえようって動きだ。

 その上で、こっちに向けてドラゴンゾンビの三つの首がブレスの照準を合わせている。

 ここに来ての極大ブレスだ。

 ゾンビ軍団を捨て駒の肉壁にして俺を足止めし、極大ブレスで諸共吹っ飛ばすつもりだろう。

 そんな事すれば足場になってるドラゴンゾンビ自身もタダじゃ済まないだろうに……そこまでしてでも確実に仕留めたいと思う程脅威に思われてるのか。

 光栄な事だ。


 だが、もちろん死んでやるつもりなんざない。

 その為に、狼ゾンビを流刃を使わずにぶった斬ったんだ。

 敵の攻撃を受け流すという流刃の行程を踏めばタイムロスになる。

 この数のゾンビ相手に一々使ってれば、より多くの時間を食ってブレスで昇天だ。

 だからこそ、黒月を使っての最速撃破。

 これでゾンビの壁を無理矢理穿つ。

 黒天丸の攻撃力がなければとてもできない所業だ。

 剣聖スケルトンには感謝しかない。


「四の太刀変型━━『重ね黒月』!」


 連続で放つ闇の斬撃をゾンビ軍団の隙に叩き込み、数体を塵に帰して、文字通り道を切り開いた。

 その直後、ドラゴンゾンビのブレスが放たれる。

 だが、極大ブレスというには弱い。

 中規模ブレスってところだ。

 完全な足止めは不可能と見て、チャージの途中でぶっ放したのか。

 これなら何とか斬払いで……!


「ぐぅ!?」


 中規模ブレスの綻びに刀を振り下ろし、霧散させる事を試みる。

 しかし、極大ブレスには劣るといっても、さっきの小ブレスや普通の魔法と比べればとんでもない威力である事に変わりはない。

 威力だけなら、剣聖スケルトンの放ったどんな攻撃よりも上だ。

 刀を持つ腕が悲鳴を上げる。

 直感で理解した。

 このままじゃもたないと。


「ッ! アァアアアアア!」


 俺は目を見開き、俺を消し飛ばそうとするブレスを睨み付けた。

 もっとよく見ろ。

 もっとよく感じ取れ。

 綻びの中でも更に弱い部分を見つけ出せ。

 そこを斬れるように、ミリ単位で正確に刀を操れ。

 技を進化させろ。

 今、ここで。


「斬ッ払いィイイ!」


 俺の執念が、逆境を打ち破る為にほんの少しだけ技を成長させ、その僅かな上乗せが力関係を逆転させて、ブレスを斬り払った。

 払い切れなかった飛沫が頬を掠め、顔が一部焼けるように痛むが関係ない。

 前進だ。

 魔法使いや弓使いのような後衛ゾンビ軍団に近づいて斬る。

 さすがに、後衛職相手にこの距離なら小細工抜きで普通に勝てる。

 前衛ゾンビ軍団は、今のブレスの余波を食らって全滅した。

 残る壁は、あと一つ。


「フィストォッッ! なんとしても止めるんだよぉ!」


 そうして最後の砦、拳の英雄フィストが襲い来る。

 あくまでも首の付け根から動かず、まずは牽制とばかりに何もない空中へ正拳突きを放った。

 剣聖スケルトンの斬撃と同じように、フィストの打撃も宙を飛び、俺を殺さんと迫り来る。

 俺はそれを歪曲であらぬ方向へ弾き飛ばした。

 フィストは拳を乱打してきたが、全て避けるか、歪曲と歪曲連鎖で受け流して距離を詰めて行く。

 そして遂に、互いの直接攻撃が届く間合いへと入った。


「行くぞ、英雄」

「…………」


 フィストは何も答えない。

 死体である彼が答える筈もない。

 それでも俺は宣戦布告を言葉にした。

 ステラと一緒に夢中になった英雄譚、その登場人物になるような人を相手にするなら言ってみたかったのだ。


 俺はこの人を超える。

 かつての憧れを超えて、その先へ。


「いざ……!」


 そうして俺は、強く刀を握り締めた。

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