第13話…繰り返す痛みの理由

「フロタリア様、貴方はお一人でここにやって来た。そして襲われたのでしょう?」

「エマ様、何をおっしゃっているのですか?」

「ごめんなさい。その場を見たわけではないから、あくまでも想像ですが」

「いいえ、私は来た事がございません。入学してからはネヴィル様やジャクリン達とずっと一緒でしたし、一人で行動するなと言われていたので」


 私の体調を、或いは噂の婚約者を取られた笑いの的であろう私を心配していたのだから、こんな風に一人で行動するなんてほとんどなかった。

 テーブルの上に目をやると、湯気を放つお茶のカップが寂しそうに置かれている。手に取って飲め、という声が聞こえてきそうだ。


「美味しいお茶ですよ。 フロタリア様」


 部屋の隅で私の様子を窺っていたコゼットが冷めた表情で言う。

 彼女は冷たく見えても、本当は優しい人。 何を考えているかわからない無表情な顔は、冷静に周りが見えているからだ。


「貴方がここで飲んだ薬入りのお茶とは違いますわ」


 エマ様の言葉の意味がわからない。

 さっきからいったい何を言っているのだろうか。


「私の知っている事を教えてさしあげましょう。フロタリア様はここで出されたお茶を飲んで意識朦朧となった。そこを何者かの手によって……」

「え……?」

「貴方は純潔を奪われた絶望から学校を飛び出した。そして橋の上から身を投げたのです」


 思わず、ソファーから立ち上がった。

 エマ様のその発言が私を急き立てる。貴方まで私を笑いの的になさるの?

 ありえない、そんな事。

 私はそんな真似をしていない。事実、私はここにいる。


「フロタリア様、私からも申し上げたい事があります」


 コゼットが私の身体をそっと落ち着かせるように座らせながら言う。だが、その言葉は行動とは正反対だ。


「フロタリア様は池に突き落とされて溺死しました。或いは刃物で命を落とした事も」

「いい加減にして! 私は生きているし、純潔も奪われてなどおりませんわ!」


 この不快な部屋に入った瞬間から吐き気を催す気持ち悪さはあった。

 理由はわからないし、二人から聞かされた物語にも同様に怒りを感じる。

 全てはネヴィル様の婚約者である私への嫌がらせ。そんなにまでして私を邪魔者扱いしたいのだ。

 エマ様はそんな卑怯な真似をする方ではないとずっと思っていたのに。彼女を見ていると、温かい気持ちになっていたのに。

 そんな私を嘲笑うエマ様の言葉に、裏切られたような悔しい気持ちが溢れていく。


「例えば、フロタリア様と同部屋のジャクリン。彼女の事は入学前からご存知ではありませんでしたか?」


 そうだ、ずっと不思議だった。

 初めて会って、知らないはずなのに名前を知っていて。だから初対面の気がしなかった。


「例えば、私……。懐かしいような、そんな気がした事はございませんでしたか?」

「どうして……」

「ねぇ、フロタリア様。皆が私とネヴィル様の噂話をしているのは知っています。フロタリア様とは意味は違いますが、私もネヴィル様を愛していますもの。お部屋へ伺ったり、時には二人きりになる事もございましたわ。ですが、皆の言うような関係になるわけがないのです」

「婚約者がいらっしゃるから?」

「それもあります。今は申せませんが……」

「エマ様はいったい誰なのですか? 私の身に何が起こっているとおっしゃるのですか?」


 エマ様は詳しくは何も教えてくれなかった。ただ一つだけを除いて。


「善人と悪人の違いは見た目だけでは見分けられません。そして悪意の中にも光はあるのですよ。その光がきっと貴方を導いてくれます」

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