第12話…突きつけられる事実
「いい加減、何とかならないのか」
「あの女、上っ面を隠すのが上手いのよ。いくら言いくるめようとしても、本音を明かそうとしないの」
「俺にも令嬢らしい建前いっぱいの態度で振る舞うぜ」
「本当に嫌いだわ、あの女」
「何の為にこんな学校まで来たんだかな。良い紳士ぶるのも全く疲れる」
「そろそろ決着付けましょうよ」
★ ★ ★
☆ ☆ ☆
翌日、エマ様が侯爵家から戻られた。
その様子は特に変わった雰囲気もなく、以前と同じようだ。
学舎で令嬢のどなたかが前に押される形で聞いた。婚約はどうなさったのか、と。
婚約者のいる者同士のスキャンダルは無関係な者にとって密だ、知りたくてたまらないのだろう。
すると顔色を変える事なく、エマ様は答えた。
「そのうち、わかるでしょう。発表を楽しみになさってね」
これは破棄確実だ、と大騒ぎ。
私がそこにいるのも構わずにネヴィル様とエマ様の噂話で盛り上がり、静けさが漂う暇もない。
この学校で私が見たのは、他人の不幸が持たらす喜びは何にも変えられない至上の快楽だと言う学友達の楽しそうな顔。
こんなにも人は無神経になれるのか、と心が冷めていく。だがきっと、そんな私の顔も無表情なのだろう。
「フロタリア様、少しよろしいですか?」
エマ様が声を潜めて私に話し掛けて来た。
その声はおそらく、誰の耳にも届いていない。
「大事な話がありますの。 誰にも内密で」
☆ ☆ ☆
やって来たのは貴賓室。
扉を開けた先の、壁に飾られた肖像画や風景画、多くの書物が並ぶ本棚、上位貴族に相応しい執務机、重厚感のあるソファー。
下位貴族の私には縁のない部屋だ。来た事もない。
なのに一歩足を踏み入れた途端……いや、部屋の匂いを嗅いだ途端、身体が無意識に震え出した。
「ごめんなさい。どこに耳や目があるか、わからないものですから」
エマ様がソファーを指し示し、私は向かい側に座った。
ジャクリンは今頃、先生と話をしているだろう。いつものように図書室に行くから大丈夫、と私が言うと安心して側を離れて行ったから。
エマ様の指示なのだ。誰も勘繰られずに、連れて来ないようにと。
だが、いくら地位が上のエマ様の指示に逆らえないからとはいえ、一人で来た事に後悔している。
「フロタリア様、どうなさいました?」
エマ様が心配そうに私の顔を覗き込む。
「い、いいえ……」
エマ様だけではない。コゼットも一緒。
その彼女が準備したお茶が差し出され、エマ様は一口含み、喉に流し込んだ。
私の目の前にあるお茶はまだ手付かずのまま。飲みたくない、怖い。
「フロタリア様は、この部屋にいらっしゃった事がおありですの?」
エマ様が聞く。
「私のような下位の者が来るべき場所ではありませんもの」
震える身体を押さえて必死に隠しながら、答える。
「来た事がないのに、どうしてそんなに真っ青なお顔をなさっているのでしょう?」
「わからないのです……。確かに来た覚えはないのに、身体が勝手に反応してしまって……」
「ご存知ですか、フロタリア様? 人間というのは都合の良い生き物でね、嫌な記憶を忘れて無かった事にしようとするものなのですよ」
「どういう、意味ですの?」
「フロタリア様は一度ここに来た事がおありのはずですわ」
いいえ、来た事はない。
貴賓室の場所すらわからなくて、人に聞いたのだから。
だが、どうしてこんなにも落ち着かないのだろう。怖くて、すぐにでも逃げてしまいたい。
「そうですわね。フロタリア様の記憶はないのですから」
「エマ様? 何をおっしゃって……」
「だからこそ、そんなにも身体が震えていらっしゃるのでしょう?」
「わかりません、何もわかりません」
「ここでフロタリア様の身に何が起きたのか、私は存じません。ですが、想像する事はできます」
やめて、やめて。言わないで。
点と点が繋がりそうになる、そんなの知りたくない。
「そのお茶をお飲みにならないのが証拠でしょう?」
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