第4話…裏切りのその先へ

「またあの二人、一緒だったよ」

「最近特にだな」

「婚約でもするだろうか?」

「それはないだろう。二人とも婚約者がいるのだからな」

「彼女は侯爵家だろ?」

「その婚約者は公爵家だ」

「わざわざ格下の男と一緒になる物好きはいない」

「ただのよくある遊びか」

「だが、あの女はお高い」

「そのお高い女があいつの部屋を何度も訪れるのだから安いのではないか?」

「あいつの婚約者はこの学校にいるのだろう?」

「あぁ、確か男爵令嬢だ」

「そういえば、つまらない女だから飽きたとか話してたらしいな」

「だとしたら、格上の女をあいつが手離すはずがない。捨てられるとしたら、その婚約者の方だろう」


 噂話はどこでも同じ。

 内容はいつでも、どこの令嬢とどこの誰がとか、あの男は奥方の他に何人もの愛人がいるとか、そんなスキャンダラスなものばかり。

 食堂でもラウンジでも密やかに交わされるのはあの二人の関係。

 だから人が少ないだろう中庭へと移ったのに、ここでもそんな会話が飛び交う。

 その会話の中心人物が無関係なら興味は持たないが、やはりそうはさせてくれない。

 後方から聞こえて来たのは、ネヴィル様の同級生らしき殿方数人の立ち話だった。


 涙も出て来ない、感情も定かではない、何も浮かばない。ネヴィル様を追って来たのに、私は何を見たのだろうか。

 噂の真相は時に残酷だ。真実と嘘が同化して何をも見えなくする。

 そして嘘が真実になり、真実が嘘へと形を変えるのだ。

 私にはどちらもわからない。

 確かなのは二人が親密らしいという事だけ。


「フロタリア様……そろそろ寮へ戻りましょう」


 ジャクリンが耐えられずに私を促す。

 噂話に、というより私が動かない事にだ。


「えぇ、そうね……」


 ネヴィル様の顔を間近で見なくなってどれくらい経つだろうか。話をしなくなってどれくらい経つだろうか。

 噂が真実だとは思いたくないのに、嘘だとも思えない。


「ねぇ、ジャクリン。私、どんな顔をしているかしら」


 寮へと戻りながら聞いた。

 私は男爵令嬢だ。例え、どんな裏切りを受けたとしても令嬢らしく振る舞わなければ。


「とても、お綺麗ですよ。いえ、本当に」


 ジャクリンが嫌味を言う人でないのはわかっている。

 知らない人が聞けば、きっと口元に手を当てて白い目を寄越すだろう。平民出身のくせに何と無礼な、と。

 それでも労ろうと考えた末の言葉なのだ。何も言い返す気にはなれなかった。



☆ ☆ ☆



 どうしても寝つけない。

 夜中に彷徨く趣味はないし、そんな下世話な真似は令嬢に相応しい振る舞いではない、と実家で散々教育されて来た。

 だから少しだけ夜風に当たれば、気持ちが落ち着いて寝られそうな気がしたのだ。

 同部屋のジャクリンは熟睡していたし、ここなら女一人の私でも危険ではないだろう。


 寮の部屋をバルコニーから出て、噴水のある池の方へとしばらく歩くと、夜空にはたくさんの星。


「ネヴィル様の邸で、こっそり二人で星を見た事があったわ。とてもキラキラして綺麗で、星の名前もわからない私にネヴィル様は丁寧に教えて下さった」


 あの時は二人、手を繋いで楽しかった。

 ネヴィル様の手から伝わる温もりが包容されているようで、嬉しくもあったのに。

 それが今ではネヴィル様を想いながら、一人。

 外の庭はバルコニーの周囲が平面なのに対し、池に近づくにつれて下り坂へと変化する。その池をさらに過ぎた先には休憩できるテラスがある。

 そこで星を眺めてから、戻る事にしよう。


 下り坂まで来た時、ふと後方から人影が近づく気配がする。


「ジャクリン? ごめんなさい、勝手に外に出て……」


 夜が全てを覆い隠すのだと初めて知った。 罪も嫉妬も羨望も何もかもを黒く染めてしまうのだと。


 立ち止まり、振り返ろうとしたその時だった。気配に背中を強く押されて、踏み止まる事ができない。

 私は寝間着の上にガウンを着ていたが、その裾に足を取られて転倒し、転がりながら下り坂を駆け抜けて行く。

 どうにも叫び声を上げる間もなかった。

 女というのは弱いもの、特に令嬢なんて身を守る術を知らない。

 身体を打ちつけながら、身体は池へと吸い込まれて行った。

 もがきながら、耳に届くのは遠くから男女の楽しそうな笑い声。


「邪魔なのよ」

「悪いな、フロタリア」


 どこかで聞いた事のある、耳馴染みのある声。そして私は池の底へと落ちて行った。

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