第2話…コゼット
本来なら家庭教師だけでじゅうぶんなのだとお父様には言われた。どうしても行きたければ花嫁学校に行け、とも。
それでもやはり、ネヴィル様と同じ学校に行きたくて我が儘を通した。
そこはトリスタノルン王国内でも唯一の共学校として古い歴史を持つ。
そもそもネヴィル様がそこを選んだのは、男子ばかりの窮屈さに飽き飽きしていたからだという。共学校なら、学舎や寮は別だとしても食堂やラウンジは自由。
そんな空間で各地から来た良家の子女達との勉学や娯楽は楽しいと、時々届く便りには書いてあった。
私は最初、ネヴィル様から話を聞いた時、不安しか感じなかった。
使用人を連れて行けないから身の回りの事は全て自分でしなければならない。侍女がいない寮でどうやって生活するのかを想像すると、そこに行きたいとはとても思えなかったのだ。
ところがネヴィル様は、そんな生活が楽しいと言う。自由でもあるし、心身の鍛練でもある。この生活と経験がきっと今後に生きるはずだと信じ、不安な様子は微塵も感じられなかった。
便りには学友の方達との日々や共学ならではの時間の過ごし方が書いてある。
婚約者のいる令嬢はまず他の殿方と二人きりで親密にはならないし、必ず誰かが側で付き従う。それは学校と言えども貴族社会。身分が上なら下の身分がその者の世話をする。
つまりは結局、学校でも構図は何も変わらないのだ。
そんな中、やはり規則を破り、はみ出す者はいるという。
例えば、婚約者のいる令嬢と殿方が二人きりで密会したり、その気のない令嬢を手込めにしようと画策する連中等がその例。
そんな所にいて、ネヴィル様は本当に大丈夫なのかとさらに心配で不安になった。
ところがネヴィル様の便りに、こう書いてあったのだ。
『フロタリアも来るといい。そして俺の側にいて監視でもすれば楽しい学校生活の意味もわかるだろう』
本音を言えば、楽しい学校生活なんてどうでもいい。ただ、ネヴィル様と日々を過ごしたい。さらに言えば他の令嬢を近づけたくない。彼はいつもスマートで優しくて、魅力溢れる方。どんな綺麗な令嬢が現れて心を奪われるかわからない。
そう思ったら、その不安の方が勝ってしまったのだ。
☆ ☆ ☆
痛い、痛い、助けて。動けない。
まるで重りに括られて海に投げ出されたような苦しさが迫って来る。
身体中を打ち付けられ、痛くてたまらない。
泣き叫びたいのに首を絞められて声が出ない。
誰か助けて。
どこかで男女の笑い声が聞こえる。
あれは誰? 知っている気がする。
友達ではなかったの?
どうして?
☆ ☆ ☆
入学してまもなくの頃だった。
実家では見た事のない魘される夢を見始めたのだ。
それは悪夢というにはあまりにピッタリで、何度も同部屋のコゼットに起こされた。
そのコゼットが部屋を替わると聞かされたのは、昨日の昼食後。ラウンジでの歓談の時の事だ。
「貴方との同部屋はとても楽しかったというのに寂しくなるわ」
「フロタリア様、仕方ありません」
「それはわかっているのよ。それでもね、入学して半年が経過したというのに部屋を替われだなんて……」
「エマ・ハミルトン様は上級生ですもの。逆らうなんてできません」
「確か、侯爵家の方だったわね」
「私の親がエマ様のお父様に昔とてもお世話になったらしいのです」
「たまには私の所にも遊びに来て頂ける?」
「えぇ、もちろんですわ」
そう多くはない荷物を両手に抱えて、無表情のままのコゼットは冷めた顔で部屋を出て行った。
寮生活において、対等な二人部屋ではないと知ったのは彼女が貴族ではない事だ。
そして私の世話をするのが同部屋の人間なのは、まさにどこの世界でも同じらしい地位の差だ。もしも同部屋の人間が私より上の貴族であったなら、私が世話をする立場になっていただろう。
コゼットとは同部屋で、気が合う同級生という間柄ではなかったのに何かと世話を焼いてくれた。それはやはり仕方のない事で、それでも私にはコゼットが大切な友人に思えたのだ。彼女は私と違って髪が長くはないセミロングで、後ろで束ねた編み込みの髪型がとても似合っている。
それにしても入学から半年で部屋の交換というのは不思議な気がする。
こんな事が、よくあるのだろうか。
エマ様と同部屋だった方はここではない別の部屋へと移り、別の部屋だった方がこの部屋へと移って来るらしい。
どうしてこんな面倒な事を?
二人部屋のこの部屋で暫く物思いに耽っていた頃、ドアをノックする音が聞こえた。
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