秘めやかに愛を聴く 〜懐かしい恋文を届けたら旦那様と結ばれました〜
宇月朋花
第1話 梅津早月その1
生涯をかけた恋。
それはいったいどんなものだろう。
恋焦がれる、という経験をこれまでの人生でしてこなかった燈子には、想像することしかできない。
胸が焼け付くように痛むのだろうか。
それとも、途方に暮れてしまいそうなほど、甘く蕩けるのだろうか。
物語のなかでしか知らない情熱的な恋は、きっと自分には一生縁がないのだ。
あの時まで、そう、思っていた。
・・・・・・・・・
「と、燈子ちゃん、ちょっと!」
時短勤務の先輩司書である
即座に顔を顰めて酷く慌てた様子の彼女をねめつける。
落ち着いた雰囲気の彼女がこんな風に慌てるのは珍しいが、彼女の身体を考えるとまずは要件を尋ねるより先に言っておかねばならないことがある。
「未弥さん、走ったらだめですってば!」
先日めでたく二人目の妊娠が分かったばかりの未弥を、職員全員でサポートしようと決めたばかりだ。
一人目の妊娠中にうっかり階段で足を踏み外して、本人以上に職員たちを慌てさせた経歴の持ち主だと聞いているから猶更気になってしまう。
そのうえ、一人目の経験から、すぐ近くの西園寺メディカルセンターに勤めるエンジニアの夫が、しょっちゅう図書館に様子を見に来るのだ。
くれぐれもよろしくお願いします、と直々に頼まれているせいもあって、彼女が産休に入るまでは是が非でも全力で見守らなくてはならない。
「走ってない。これは走ってるに入らないから」
「みーやーさーんー」
燈子が、学生時代に取得した司書資格を活かして、祖母の入居している老人ホームの近くにある図書館での勤務を始めた時、一から仕事を教えてくれたのが彼女だった。
ちょうど一人目の育休明けで戻ったばかりの彼女は、慣れない業務に四苦八苦する燈子を優しくサポートしてくれた、頼もしい先輩でもある。
が、打ち解けてみると意外と大雑把なところもあって、未弥の数倍几帳面な夫の
「それより、今ね、ロビーのところで、すんごいイケメンに声掛けられたんだけど・・・燈子ちゃんを呼んでほしいって・・・一度も図書館でお見かけした事が無い人だったから、念の為確認をしようと思って」
片田舎の地方都市にしてはかなり大規模な図書館は、その蔵書量の多さから地元住民はもちろんのこと、隣町からも人が訪れることで知られている。
この辺りに住む人間ならだれもが一度は訪れたことのある図書館で、当然長年ここ司書をしていると、定期的に訪れる利用者の顔と名前は覚えてしまう。
古参の未弥が記憶していないこの辺りに住むイケメンなんているわけがないのだ。
繫華街からもほど遠い長閑な町は、若者にとってはとにかく刺激も出会いも足りない。
誰でも出入り可能な図書館は地域住民の交流の場でもあるのだが、数年に一度司書に懸想してストーカーまがいの行為を行う利用者が現れることがあるらしく、用心した未弥が彼をここまで案内せずに、先に燈子に尋ねてきたのもそのためだった。
「イケメン・・・?」
「ほら、この間のおばあちゃんの四十九日とかで顔合わせた親戚に心当たりないの?」
「ええーっと・・・・・・・・・」
94歳の大往生でこの世を去った祖母の法要は終わったばかり。
すでに両親は亡くなっており、法事を仕切ったのは燈子だったが、集まってくれた親族はほとんどが初対面で、年嵩の男女ばかりだった。
あの日会った若者なんて法事の会場のスタッフくらいのものである。
「あら、記憶にないってことは、ナンパかな?燈子ちゃんのフルネームとここで司書してるってことは知ってたんだけど。今日はもう帰ってますって言ってこようか」
そのほうが安全だよね、と踵を返そうとした未弥の腕をむんずと掴む。
一人だけ、思い当たる人物がいたのだ。
「・・・・・・こ、心当たりあります!」
心当たりはあるけれど、もう会う予定は無かった。
未弥が燈子の不在を告げれば、何となく彼はまたここに足を運ぶような気がしたのだ。
自意識過剰と言われても仕方ないが、直感がそう告げてくる。
あの日、偶然出会った彼とは連絡先の交換もしていなかった。
する必要はないと思ったからだ。
燈子は確かに、
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秘めやかに愛を聴く 〜懐かしい恋文を届けたら旦那様と結ばれました〜 宇月朋花 @tomokauduki
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