最終話 終着点
『悪い、今は一緒にいられない。
でも卒業式までには絶対に帰るから、少しだけ待っててくれ』
暗闇の中、夕菜はそのメッセをじっと見つめていた。
オリジナルスタンピードが起こって一週間、これを最後におにぃからの連絡はない。
ただ夕菜はその生存を疑っているわけではなかった。
音信不通になるのはこれで二度目なのだ。あの時は二週間度ほど経ったらひょっこり返ってきた。今回もきっとそのうち返ってくるだろうと思ってーー
ーーテレビの前でピーピー震えてる人類のみなさん、聞こえますかー?
「っ」
脳裏にあの女狐の演説風景が浮かぶ。
私が世界を救ってやるからお前らはただ守ってろ、とかクソ上から目線で啖呵を切りやがったあのメスガキは今や全日本人の話題の中心だった。誰もかれもが彼女のことを気に掛けていて、救国の英雄なんて持ち上げているメディアもあるくらいだ。
勿論夕菜はその姿がちらつくたび殺意に支配されそうになって、でも同時に全く別の感情が湧き上がってくることに困惑していた。
全世界に向けて自分を信じろと言ったあの姿が、あいつらから私を助け出してくれた時のおにぃとダブって見えて仕方がない。
でもそれはありえない、あっちゃいけないことだった。
だってそれが、それだけが私とおにぃを特別に結び付けていた過去なのだ。
それがなくなってしまえば、私とおにぃは特別ではなくなってしまう。どこにもいるような、いつかは離れゆく普通の兄妹に戻ってしまう。
「いやだっ。どこにもいかないでよっ」
記憶に刻み込めるように、夕菜はおにぃの枕に強く顔を埋める。
おにぃがいた時は事あるごとにこうして布団に潜り込んで、その残り香を楽しんでいた。でも、もうその痕跡もほとんど残っていない。
その事実が今の二人の距離を暗示しているように思えて、夕菜は胸が苦しくなる。
ーーあ、そうだ。雑魚いお兄さんはこんなことも言ってましたね。
そろそろあなたもブラコンを卒業したらどうですか、と。
ーーあ、それとこうも言ってましたね。
流石にお兄さんのお下がりしか着ないのはどうかと思います、もっとおしゃれに気を使ったら、と。
クソ女に言われた言葉が思い起こされる。
夕菜とて分かっていた、おにぃに向ける感情が歪なものだと。
だからこそ自由にさせたくなかったのだ。他の女を知ったら、今の関係が異常なものだとバレてしまうから。おにぃの中から夕菜という存在が薄れてしまうから。
それなのに、たった一度きりのミスでこうもバラバラになってしまった。
行く先すら告げず家を空けるなんて、以前なら絶対にありえなかったのに。
「おにぃ、どこにいるの……?」
零れた疑問は虚空へと消えていく。
あの時から夕菜の頭から嫌な想像が消えなかった。
それすなわち、おにぃは今もあの女と一緒にいるのではないか、という想像が。
もしあの女が魔素を克服する手段を持っていて二人でずっとダンジョンの中にいられるなら、位置情報がおかしかったのも音信不通になるのも納得がいく。
つまり挑発していたとか誑かしていたわけではなく彼女は本当に良い奴で、だからこそおにぃは一緒にいることを選んだのだ。
勿論それは夕菜にとって受け入れがたい事実だった。
だって、それはおにぃが完全な自由意思で夕菜の元を離れた意味していて、でも今までの全ての事象がその結論を支持していてーー
……ああ、とうとうおにぃが離れちゃった。
私が特別じゃ、なくなっちゃったんだ。
胸を引き裂くような寂しさが、夕菜の心にしみわたっていった。
道の両脇に植えられた桜が満開に咲いていた。
ほらはら、はらはら。ピンク色の花びらが風に導かれて地面に落ちる。
桜色に彩られたその道を、夕菜は卒業証書を持って歩いていた。
オリジナルスタンピード発生から半年、人類は未だその領地を1ミリたりとも失ってはいなかった。その心に彼女がいたからかは分からない、それでも人類の胸には確かな希望があった。
夕菜が自宅の鍵を開け、ゆっくりと扉を開ける。
がらんとした玄関。その中に誰の姿もなくて――刹那、背後に何かが現れる。
「ただいま、です」
「おにぃっーー」
すごく懐かしい気配に勢いよく振り向く。
はたして、そこにいたのは白髪赤目の彼女だった。
しかもまるで自分の家に来たかのような挨拶をしてーー
「こんの、クソ女ああああああ。
そこまで許したつもりはありませんよっ」
人類が勝利したその日、何処かのアパートの一室で夕菜の大声が響き渡った。
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【あとがき】
ここまで約一か月。お付き合いいただき本当にありがとうございました!
『TS転生から始まる、最強美少女への道!』
これにて(後日談を数話残して)閉幕となります。如何だったでしょうか?
作者としては本作が初めてのコメディー作品でしたので、非常に四苦八苦しながら書き切った印象でした。
勘違いコメディーってなんだっけ? と思った方もいるかもしれません。ごめんなさい、作者の完全な実力不足ですね。
ただここまで途中で投げ出す、最初に思い描いたエンディングに辿り着けたのは間違いなく皆さんのおかげです。
残り少ない本作、最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。
さて後語りもここまでにしておきましょうかね。
詳しい感想は後日談も終わった頃に近況ノートか何かであげようと思っています。
一応Twitterもやっていますので、よろしくしていただけると嬉しいです(作者マイページから飛べます)。
それでは。またどこかでお会いできることを楽しみにしております。
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